第12話:約束
「まあ、これだけ経験すりゃ、最低限ウチの荷物持ちくらいはできらぁ」
そう言って、愛ちゃんの前にブックリと膨らんだ報酬袋を投げる先輩。
ゴブリンの群れ潰しは割と報酬が良いのもあるが、俺とミコトの分も上乗せされている。
まあ、俺達が無理言ってパーティーに入れた以上、これくらいの負担はせねばなるまい。
「ありがとうございます! これで家財道具揃えます!」
報酬袋をパンパンと叩きながら、愛ちゃんが嬉しそうに笑う。
ちょっと引っ込み思案だけど嫌味っ気がなくて、愛嬌があるので、彼女を見ていると不思議と癒される。
なんかレフィーナやビビらとはまた違う、可愛い妹が出来たような気分だ。
痛い痛い! ミコト脇腹つねらないで!
ただ、我が家のヤキモチ焼き天使も、愛ちゃんのことは気に入っているようで、彼女に都ギルド名物スイーツであるアイスクリームのスイートポテトムース掛けを食べさせて微笑んでいる。
俺以外の人にミコトが“あーん”させるなんて相当レアだ……。
なんか俺が嫉妬しそうだぞ。
「さてと、今夜はもう遅いし、風呂屋でも行ってさっさと寝ようぜ。顔合わせも明後日だしな」
先輩が手を叩いて立ち上がり、残っていたぶどう酒をグイっと飲み干す。
俺達も食べ終えた皿を片付け、食器返却口へ持って行った。
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「明後日からは私も……先輩と一緒のパーティーメンバーかぁ。なんだかワクワクしてきました!」
風呂屋で牛乳を飲みながらにっこりと笑う愛ちゃん。
よかった。
この世界を楽しむモードにスイッチできたらしい。
いつまでも元の世界への未練を残してても、良いことないしね。
「ところで先輩って……明日予定ありますか……?」
「ん? 特にはないけど」
「その……ちょっと一緒に、街の散策とか……していただけませんか? まだ一人で歩くの心細くて……」
「ああ、別に構わないよ」
背後に迫る聖なるヤキモチオーラを一旦スルーしながら、俺は彼女の家の住所をメモする。
なんだ、割と近くじゃないか。
「よかった! 明日楽しみに待ってます!」
そう言ってコトワリさんと共に帰って行く愛ちゃん。
俺もちょっと街歩きしたいとは思ってたので、楽しみだな。
「ミコトも来る?」
と、振り向くと、ミコトが顔をフグのように膨らませていた。
「私というものがありながら……年下の子とデートの約束っスか……。プー!」と、顔を背ける。
い……いや、そういうわけじゃ……。
「おうおう、パーティー内で惚れた腫れたはやめてくれよ? オメー浮気性だからなぁ……」
シャウト先輩がニヤニヤと茶化してくる。
いや! 浮気じゃないですって!
ミコトはそんな先輩の後ろにトテトテと回り込み、ぎゅっと腰に抱き着いて見せてくる。
「明日はシャウト先輩とお買い物行ってくるっス! もう私シャウト先輩の女になるっス~。プー!」
「お? そうか? 悪いな雄一。ミコトは今日からアタシのもんだ」
「うわー! 先輩に寝取られたー!」
そんな会話をしながら、帰路を歩いていると、ふと、ミコトが俺の袖をクイクイと引っ張ってきた。
見ると、ミコトが頬を膨らませながら、分かれ道の先を指さしている。
……。
なるほど……。
「先輩、ちょっと俺達今夜は外泊してきます」
「んあ? あ! ああ……! ったく……。オメーら何かにつけてよぉ……。好きにしろ……!」
先輩はそう言うと、顔を赤くしながらスタスタと歩いて行った。
いやはや、下世話なお話すみませんね……。
先輩の後ろ姿に軽く会釈をし、俺はミコトが指差す先、無駄に明るく妖艶に光る街の一角へと歩き出した。
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「別に私、怒ってはないっスよ?」
腕の中で丸まるミコトが呟く。
「嘘つけ~。さっきまで浮気ものっス! とか言って圧し掛かってきたくせに」
「怒ってるとは違うんスよねぇ……。なんていうか……。焦り……なんスかね?」
「焦り?」
「だって私達、子供作れないじゃいっスか? 雄一さんと子作りできる人が仲良くしてると、もしかしてその人とつき合った方が雄一さん将来幸せになれるんじゃ……って思っちゃう時があるんスよ。でも私はそれが嫌なんス。私の雄一さんでいてほしいんス」
なんか結構シリアスなこと言いだしたぞこの天使。
「何言ってんだよ。俺はミコトとずっと一緒にいるのが幸せだよ」
「でも私達、一緒に年を重ねることもできないんスよ? 雄一さんモテるっスから……。謎の焦燥感に襲われるんスよ」
まあ、これまであんまり意識してこなかったけど、ミコトは年を取らない。
俺が爺さんになっても、今の姿のままだ。
……。
普通、焦るの俺の方じゃね……?
「雄一さん、一つ、私のワガママなお願いを聞いて貰えないっスか?」
ミコトがクルリとこちらを向き、俺の目をじっと見てくる。
「雄一さんには、この世界で偉大な功績上げてほしいっス……。そういう人は、次の転生にオプションつけてもらえるんス。そしてまた……私を雄一さんのお傍に連れて行ってほしいっス……」
そう言って、俺の胸にギュッと顔を埋めてくるミコト。
人生計画よりもさらに先、転生計画まで考えてたのか君は。
まあでも、いつか別れが来ると思うと、確かに俺も辛いものがあるなぁ……。
俺が死んで、別の人に転生したら記憶もすべて失って、その人としての人生を歩むわけだけど、ミコトは“使命”を終えるまでは半永久的に生き物を作り続けるわけだからな……。
俺も「ミコトのおかげで良い人生だった」とか言いながら目を閉じ……とかできる気もしないし……。
「ミコトと別れたくないよぉ……」とか年甲斐もなく泣き喚きそうだし……。
「雄一さん。私とずっと一緒にいてほしいっス」
甘える子猫のように、体を摺り寄せてくるミコトを抱きしめ、俺は彼女の耳元でそっと答えた。