第10話:特訓2日目の夜
「先輩……今日はありがとうございました。無様もいいところでしたけど……私ちょっと自信が持てました」
満点の星空の下、焚火を挟んで向かい側に座る愛ちゃんが自虐的な、しかし確かな喜びを湛えた笑みを浮かべる。
例によって、彼女の狩猟は夜まで続いた。
攻撃しては逃げ、攻撃しては逃げで、討伐したら回復、という極めて慎重な戦法を用いたためである。
まあ、初心者の内はそれが正しいだろう。
上空を飛び交う飛行クジラ定期便の終便が終わってしまったので、今夜もビバークだ。
肉食獣の潜むエリアなので、交代で見張りを立て、焚火を絶やさないようにする。
今の時間は俺と愛ちゃんが見張り番だ。
多くの肉食獣は火を恐れないが、闇に紛れての襲撃は不可能だと認識させ、獣との不用意な接近を妨げる効果はある。
火は怖くなくとも、人に対しては少なからず警戒心を抱くものなのだ。
「雄一先輩は、ここにきてどれくらいなんですか?」
愛ちゃんがお茶を飲みながら尋ねてくる。
「ああ、もうかれこれ3年目だなぁ。色々あったよ……」
「凄い……私、こんな調子じゃ一人で3年も生きてられないです……」
「まあ、一人じゃなかったから生き延びれたというか……。ミコトがずっと傍に居てくれたし、いろんな人たちに支えてもらえたからね」
「いろんな人……シャウト先輩やコトワリさんみたいな人ですか?」
「先輩達もだけど、同じ日にギルド入りした奴らや、家の近所の村の人たち、あとは街の首長さんや後輩君達だね……。農作物分けてもらったり、ギルドの依頼斡旋してもらったり、難しいクエストの手伝いしてもらったりしたな~」
「私……出来る気がしないです……。人付き合いが苦手で……」
「まあ、しばらくは俺達が窓口になってあげるからさ」
「ありがとうございます……。先輩に出会えて本当によかったです!」
実際この子、俺以外の人に積極的に話しかけようとしない。
俺はミコト以外に頼れる人が誰もいなかったから、必然的にいろんな人に頼らざるを得なかったんだけど、この子は初っ端から俺に出会えた……いや、出会ってしまったとでも言うべきか……?
今更突き放すわけにもいかないが、俺への依存度があんまり高くなるとよろしくない。
俺だってずっと彼女の傍に居るわけにはいかないのだ。
シャウト先輩くらい個として強ければ、人付き合いが乏しくても食っていける。
だが、愛ちゃんにそれが出来るか……?
「先輩? どうしたんですか?」
火を見ながら愛ちゃんの今後に関して自問自答していると、愛ちゃんが覗き込んできた。
……今は言うまい。
駆け出しの頃から不安を煽るようなことばかり言っても仕方がない。
今はこの世界の楽しみ方を教えた方がいいだろうしね。
「いや。ちょっと火を見てただけだよ。いやぁ~火は神聖な気分になるなぁ……」
「ふふっ……。生まれ変われるかもしれないですか?」
「お? 分かる? アレの新作が見れなかったのは現世への心残りだなぁ……。俺が死んでから、元の世界で何かあった?」
「先輩が亡くなられたのは津波災害の年ですから……。その後スマホの電波が新しくなったり、世界的なウィルスパンデミックが起きたり……あ、あと南太平洋に割と大きい隕石落ちてハワイとニュージーランド沈みました」
「結構凄いことになってるな!? 元の世界に居ても俺生き残れてないかもしれない……」
「まあ、それでもやっぱりテクノロジーがある分、この世界よりは暮らしやすいですよ……。何より電気が……」
「それはあるよな~……。転生者が色々技術持って来てたりもするみたいだけど、この世界が電化するのはまだ数百年後だろうしね」
「電気を絶って自給自足生活やってる人がテレビで特集されてるの見た時は、奇特な趣味の人もいるんだなぁって思ってましたけど、まさかそんな環境に放り込まれるとは思いもよらなかったですよね」
「夜ってこんなに出来ること無かったんだって思うよな」
「スマホも動画サイトもゲームも無いと、もう本読むか寝るかくらいしかないですもんね」
同郷だけあって、元の世界トークには花が咲く。
夜半過ぎからの見張り番だったが、気が付くともう東の空が白み始めていた。
かれこれ3時間余り話し込んでいたようだ。
最後に、この世界では出自を「東方の暗黒大陸からの渡来者」と言うように教え、次の見張り番のコトワリさんとミコトを起こし、二人の語らいは終わりを告げた。