第5話:アルフォンシーノ堤防のファミリーフィッシング
時は昼過ぎ。
この街の冒険者チヤホヤタイムだが、港の隅の方ともなれば人目は殆ど無い。
どうやら木材を荷下ろしする岸壁のようで、今日の搬入が終わったのか、船も人もまばらだ。
すぐ傍の倉庫の見張り番おじさんに声をかけ、このあたりで釣りをしていいか確認する。
昼食後の一服をしていたおじさんは、眠そうな顔で「ああ、設備に触れなきゃ何も問題はないよ」と許可をくれた。
よく見れば、既に竿を出している人影がチラホラ見える。
一応釣りスポットなんだなここ。
「ふぁ~。海風が気持ちいいっスねぇ~。お! 岸壁側面に結構な貝類と海藻の付着があるっスねぇ。ちっちゃい魚影もチラホラ……」
ミコトが偏光グラスをかけ、海を見降ろしている。
昨日の岸壁とは違い、ここは少し古いようだ。
所々に欠け、崩れが見受けられる。
あくまでも個人的な考えだが、岸壁、堤防はある程度古い方が魚の生息には適していると思う。
古ければ古いほど、海藻類、貝類の付着が多くなり、岸壁壁面は抉れ、穴が開く。
そして海底には崩れた壁面の破片が積もる。
さらに、流れてきた数多の石、砂、木などのストラクチャーが複雑な海底地形を形作っていく。
そのような、変化に富んだ地形に魚は居付くのだ。
「んで? ここで何すりゃいいんだ?」
俺が召喚した偏光グラスをかけ、折り畳み椅子に腰かけながら先輩が言う。
なんか海外セレブのバカンスみたいですよ先輩。
とりあえず、3人分の堤防用コンパクトロッドと、ナイロン4号が巻かれた2000番のリールを召喚し、胴つき3本針のスタンダードな仕掛けを整えた。
エサは昨日市場で買った小エビだ。
既に釣りに慣れているミコトは、俺からそのセットを受け取ると、そそくさと岸壁の側面を攻め始めた。
そしてすぐにメバル型の魚を釣り上げ、一通り観察した後、クーラーボックスにそれを入れ、また釣りを再開する。
もうすっかり釣りガールだね君。
ミコトは放っておいても大丈夫そうなので、俺は先輩の接待に集中するとしよう。
「えーっと、先輩釣りしたことはあります?」
「あるにはあるぜ。これでも森の出身だからな。あ、だけどお前らが使ってるようなクルクル回るヤツは扱ったことねぇぞ」
「ああ、リールっすね。まあ、これは慣れたら簡単なもんですよ」
そう言いながら、俺はとりあえず先輩に仕掛けのセットを手渡す。
うん。
早速上下逆に持ってる……。
先輩に正しい持ち方を教え、リールの操作も軽く説明する。
胴つき仕掛けを用いた縦の釣りなら、ベイルを起こす、戻す、ハンドルを回す以外の操作は不要だ。
注意点も、仕掛けを竿の穂先まで巻き込まないように気を付けるくらいのモノだろう。
「かぁ~……。この釣り針クソちいせぇなぁ……」などと言いながらも、先輩はエビを釣り針に刺している。
確かに、この世界のそれに比べ、元の世界の釣り針は遥かに頑丈にできている。
それは即ちより細く、小さくできるということで、魚に与える違和感もずっと軽微なのだ。
「おう、今仕掛け落とすぜ……えっと……この針金みたいな部分を倒して……うおっ!? こ……これでいいんだよな!?」
先輩は俺の説明した通り、ベイルを起こしてラインをフリーにし、仕掛けを海中へと送り込んだ。
シャーっと出て行くラインに少し驚いた様子だが、操作は間違っていない。
ていうかおっかなびっくりの先輩可愛いな……。
「これでいいのかって聞いてんだよ!!」
釣り竿をギュッと握りしめて固まる先輩の様子を微笑ましく見守っていた俺の脛に、先輩の後ろ蹴りが飛んできた。
痛てぇ!?
き……器用に蹴りますね先輩……。
「ああ、それもう海底に仕掛けが付いてるんで、ベイルを戻してラインを張ってください」
「お……おう。コレを元の位置に戻すんだな? あとは糸がダレないように張って、ここを軽く巻きゃいいんだな?」
恐る恐る糸ふけを取り、ハンドルを回してリールを巻く先輩。
すると、その竿の穂先がコクンと震え、そのままグイっと曲がった。
お、食ってる。
「おおおおおおオイ!! これ! これかかってるぜ! どうすんだ!?」
「軽く竿をしゃくりあげてアワセを入れてからハンドルを巻いてください! ゆっくりでいいので!」
「おおおおおおう……。こうだな? こうだな?」
そう言いながら、へっぴり腰でリールを巻く先輩。
すっごい新鮮! 可愛い! どうしよう!
ビクビクしながらリールを巻くこと数秒。
海面に先ほどミコトが釣り上げていた小ぶりな魚が浮かんできた。
慌てふためく先輩に指示を出し、ゆっくりと抜き上げさせる。
やがて、メバルによく似た魚体が、岸壁に横たわった。
「よし! 先輩流石です! 一匹ゲットですよ!」
「おおおおお……おう。こりゃ……想像以上に疲れるぜオイ……」
「そりゃ、そんなへっぴり腰で釣りしてたら誰でも疲れますって! 次は椅子に座ってリラックスして釣ってみてくださいよ」
「へ……へっぴり……!?」
先輩はようやく、腰を大きく後ろにつき出して硬直した自分の姿勢に気付いたらしい。
顔を赤くしてぴょこんと直立姿勢に戻った。
「てめぇ今のはさっさと忘れろよ!?」とか言って俺の頬を摘まんでくるが、駄目だ、勝手に頬が緩んじゃう……。
「ったく……」
と、先輩は椅子にドカッと腰かけて釣りを再開した。
ここの魚はあまりスレていないようで、簡単に釣れてくれてありがたい……。
釣れない初心者との釣りは、俺の知る地獄トップ3に入るからな……。
うわぁ。
先輩魚が掛った途端また中腰でお尻突き出してる……。
ああいう所ズルいよなぁ……。
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程なくして、メバル的な魚で小型クーラーはいっぱいになった。
大体20匹くらい釣ったかな?
「バーナクルのアカシマメバルに似てるっスけど、背中が緑っぽくて、お腹が白いっスね。殆どメバルじゃないっすかこの子?」
「だなぁ。収斂進化って言うのかは知らないけど、俺の故郷にいた種と殆ど変わらない魚もいるんだなぁ」
実際、外観や大きさ、生息水域が異なるだけで、元の世界のそれと大差のない魚は結構いる。
セグロハヤとかユムグリとか、ボニートゴイなんかまさにそれだ。
特にこの大陸中央の湾ともなれば、シーサーペントやら海龍やらの数も少ないだろうし、ファンタジー感溢れる魚はそれほど多くないかもしれないな。
少し残念だが、見方を変えれば馴染み深い魚と出会えるわけで、これはこれで楽しめそうだ。
「ふぃ~……腰が痛てぇぜ……。やっぱアタシはこういうの向いてねぇかもなぁ」
先輩が腰をゴキゴキと鳴らしながら椅子から立ち上がってきた。
そりゃ、あの後あれだけ腰引いて釣ってりゃねぇ……。
「そういえば、先輩は今日どういう風の吹き回しだったんですか? 普段は勝手に行けって言うのに」
「そりゃお前……。やべぇ奴がお前のこと狙ってるかもしれないんだろ? アタシが守ってやらなきゃ駄目だろうがよ」
「え!? そういう理由だったんですか!?」
俺がそう言うと、先輩は顔に手を当て、「オメーそこまで能天気だとは思わなかったわ……」と呆れてしまった。
も……申し訳ないです……。
テレポートで逃げればいいとか思ってました……。
「まあ、能天気なコイツは欺けても、アタシは欺けねぇぞ。なあ!!」
突然先輩が大声を上げたかと思うと、背後に積まれていた端材の山の後ろを指さした。
直後、「いびーーーー!!」と、どこかで聞いたことがある声と、「きゃああああ!?」という悲鳴が辺りに響いた。
「ゆ……ユウイチさん今の……」
「あ、ミコトもそう思った?」
先輩が指をクイっと曲げると、端材置き場の影から、いつぞやの官憲天使が転がり出てきた。
そして「は……離してくれないか! こ……この拘束リング痺っ……しびびびびび――――!!」と叫ぶコトワリさんの後ろから、泣きそうな顔の女の子が走り出て来る。
その子はシャウト先輩とコトワリさんを交互に見た後、べそをかきながら叫んだ。
「や……矢崎さんやめてください! 私も……私も転生者です!」