第4話:決意を新たに
「ううぇえええ!! ミコト―――! 先輩―――! めっちゃ怖かったです―――!!」
急襲を受けかけた俺は極力平静を装いながら風呂から上がり、二人と合流し、家に戻り、そして、爆発した。
突然俺に抱き着かれ、初めは面食らっていた二人だが、俺の口ぶりからただ事ではないと察したのか、恐怖に慄きながら激しくバイブレーションする25歳児を、ミコトと先輩は優しく宥めてくれた。
いや、だってマジで怖かったんだもん!!
「んで、暗黒大陸からの渡来者かどうか聞かれて殺されかけたってかい?」
「はい……。あの感知スキルのピーク音は間違いなく殺しに来てましたよ。もうめっちゃ怖くて怖くて……」
「法王様が言ってた悪いてんせ……暗黒大陸からの渡来者っスかね?」
「あの様子じゃ多分……ね。どうしよ―――! もっと強いスキル貰っておくべきだったか!? いやでも俺そんな強い奴らと戦いたくないんだけど!?」
もう2年も前になるが、俺が天界の窓口で見せてもらったスキルリスト。
即死魔法だの無敵の肉体だの、魔力無尽蔵だのと、出鱈目なスキルが無数に並んでいたのを今更になって思い出す。
しかも受付の天使お姉さんはそういうスキルが人気だとか言ってたような……。
え、じゃあなんですか?
俺達がこの先戦うかもしれない連中にはそういうのを持った奴らがいると?
「終わった……」
一通り騒いだ後、俺は無力感と絶望感とミコトの太腿のプニプニ感に苛まれつつ、真っ白に燃え尽きた。
ダメだこりゃ……。
俺とミコトは無残にも殺されて、シャウト先輩は悪徳転生者の慰み者だ……。
俺もうデイス帰る―――!
「勝手に人を慰み者にすんじゃねぇ!!」
「むびびびび―――!!」
あまりの落胆に、心の声が口をついて出ていたのか、先輩のビリビリアイアンクロ―が俺の顔面に炸裂した。
ちょ! タンマ!! 息が出来ない!!
俺は咄嗟に氷魔法を発動し、掴みかかる先輩の腕を一瞬凍てつかせた。
「痛てぇ!!」という声と共に顔面のロックが外れ、風呂上がり特有の新鮮な柔肌の匂いが鼻に吹き込んでくる。
た……助かった……。
「ったく……。ちょっと殺されかけたくらいでビビんなよ。アタシなんてちょっとデカい盗賊団潰した後1年半くらい毎日残党に襲われたぜ? 来たら返り討ちにするくらいでいいんだよ」
先輩は腕を覆った薄氷を放電でパチパチと剥がしながら、シレっと凄いことを言う。
ミコトは「凄いっス! カッコいいっス!」などと感心しているが……。
「それとも何だ?」
突然先輩が俺の顔の横にドスっと座り、顔を掴み上げてきた。
いでででで!!
「お前らが帰ったらアタシは一人でそのクソ強い連中に挑むことになるんだが、お前はアタシがそいつらにメタメタに蹂躙されても助けてくれねえのか?」
う……。
それを言われると……。
インフィートの地下ダンジョンで、俺を庇って半魚人魔物達にズタズタにされていく先輩の姿が脳裏をよぎる。
先輩をあんな目には遭わせたくは……ない。
「助けてくれねぇのか?」
「う……」
「守ってくれねぇのか?」
「うぅ……」
「アタシのこと……支えてくれねぇのか?」っス!」
頭上から降り注ぐ、熱い視線×2。
ヤバい敵への恐れが多分にあるのは否めないが、しかし……この熱視線に応えないのは男として、それ以前に人として、さらにそれ以前に釣り人として駄目だろう。
「すみません先輩……」
俺の答えに、先輩の目が見開かれるのが分かる。
失望か、悲しみか……。
ミコトは凄い形相でこちらを見ていた。
「ここまで来て急にヘタレてすみませんでした。俺! 先輩と一緒に頑張ります!」
「っス! そうっス!!」
完全に言葉の出だしを誤ったと気づき、俺は慌てて言葉を紡いだ。
ミコトも顔を怒り、驚き、安堵へと3段変化させてそれに追従してくる。
見開かれた先輩の目が元に戻り、同時にキッと鋭くなった。
「てめぇ! 紛らわしい答え方すんじゃねーよ!」
叫びながら、俺の頭を小脇で締め上げて来る先輩。
ただ、痛くはなかった。
「あれ、先輩泣いてないっスか?」
「泣いてねーよ! てめえもこうだ!」
「キャーっス!」
ミコトをも逆側の小脇に抱え込み、俺と一緒に振り回す先輩。
一通り3人で騒いだ後、倒れ込んだ先輩の両腕に腕枕をされるような形で俺達は解放された。
「はぁ……はぁ……ははは……。今のはマジでビビったぜ、このバカども」
「えへへ……。先輩が頼りにしてくれてるなんて光栄っス」
「精一杯先輩のこと支えますよ、これからも」
「おう。期待してるぜ。正直アタシも暗黒大陸の実力者連中相手に一人じゃ少し不安が……ってお前らなんか……近いぞ……」
今度は俺達の番。
とばかりに、俺とミコトは先輩の顔にそれぞれの顔を近づけていく。
「大事な人っスもん」
「全力で守ってみせますよ」
「3人一緒に助け合っていくっス」
「一つ屋根の下身を寄せ合ってな」
等と、囁きながら……。
「うあわわわ……! やっ! やめろバカ!」
動揺する先輩の耳元にそっと唇を寄せ。
「シャウト先輩……」っス………」
と吐息と共に呟いた瞬間、先輩の身体が小さな悲鳴と共にビクンと跳ね、同時に「バチッ!」という音が鳴り、俺の視界が真っ白に染まった。
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「先輩酷いっスよ~」
「新居一瞬で傷物にしちゃうもんなぁ……」
「うっせぇバカ夫婦が! 今度同じことしたらマジでぶっ殺すぞ!」
翌朝、横になった人型の黒ずみが3つ付いた事故物件のリビングに、顔を真っ赤にした先輩の罵声が響く。
「ったくよぉ……。もう昼前だぜ寝坊助ども……」などと呟きながらも、朝食をテーブルに並べてくれる先輩。
つい先ほどまで俺とミコトは体の前面だけ裸という斬新な半裸スタイルで気絶していたのだから無理もない。
怒りながらも毛布をかぶせてくれていたあたりが、シャウト先輩が俺達のボスたる所以である。
「今日はどうするっスか? ガスも通ったみたいでスし、お家でのんびりっスか?」
「……そうだな」
ムスッとした顔でパンを頬張る先輩。
ちょっとやり過ぎたかも……。
「んじゃあ俺はちょっと釣りに……」
転生者に狙われる危険性があるが、俺は新規の釣り場開拓欲をコントロールできない……。
いざとなったらテレポートで逃げられる距離でちょっと釣り場探索して来ようと思い、窓から飛び立とうとすると、腕を先輩に掴まれ、引き留められた。
「待てよ」
「は……はい……」
「アタシも連れてけ」
「それじゃ私も行くっス―――!」
アルフォンシーノでの二度目の釣りは、思わぬファミリーフィッシングと相成った。