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異世界フィッシング ~釣具召喚チートで異世界を釣る~  作者: マキザキ
2章:ダンジョン・アングラー 大陸中央迷宮変
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第2話:アルフォンシーノのベイエリア キーバスのテクトロ




 部屋に戻ると、先輩はベッドに倒れ込んでいた。

 ああいうチヤホヤされるのが苦手なのだろう。

 枕に埋められた表情は見えないが、耳が真っ赤だ。


 しかし二つ名持ち冒険者の大舞台というだけあって、都の人々の過熱ぶりはデイスのそれを超越している。

 元の世界のスポーツ界で言うなら、ブラジルにおけるサッカー世界大会ブラジル代表選手団みたいな存在なのだろう。



「雄一さん、まだ夕飯まで時間ありまスし、先輩も今日はもう閉店モードみたいっスから、今のうちに釣りに行ってきたらどうっスか?」



 そうミコトが言うので、ここは一つ、お言葉に甘えさせてもらうことにした。




////////////////




 借部屋から徒飛行10分くらいのところにある港。

 思えば、まともな港見たのはバーナクル以来だな……。

 中世ファンタジー感のある、石垣型の作りをしていたバーナクルのそれとは異なり、ここはコンクリート製の近代的な防波堤だ。

 沖合には沖堤も見える。


 なんか、すごい懐かしい……。

 横浜のベイエリアってこんな感じだったなぁ。

 行き交う船はまあ……時代相応って感じだが。


 俺はいくつかある堤防のうち、船が係留されていない、大型船の着岸、荷下ろし用と思しき岸壁へと向かった。

 せっかくのベイエリアだ。

 やりたい釣りがある。



「釣具召喚!」



 俺は9ftのシーバスロッドにフロロカーボン15lb巻きのレバーブレーキ付きスピニングリール、そしてバイブレーションプラグを召喚する。

 仕掛けはシンプルに、ショックリーダー無しの直結だ。

 引っ張り強度はあるが擦れに弱いPEラインは、港湾の釣り歩きでは時としてラインブレイクによるバラシを招く。

 このフロロカーボン直結こそが、出来る釣り人のベイスタイルだと俺は勝手に考えている。


 だがしかし、よりしなやかでライントラブルが少なく、その伸縮性の高さからバイト弾きやバラシを防ぎやすいという点でナイロンを選ぶ人も多い。

 さらに言うと、擦らなきゃPEが最強だろうが!派もいる。

 これは釣り仲間の間でもしょっちゅう意見が割れて喧嘩になるデリケートな話題だった。

 まあ、糸の種類が未だ数少ないこの世界とは無縁の戦いだ。


 まあこの平和な世界もあと数百年すれば、糸や竿の素材、リールの機構で戦争が起きる悲しい時代になるのだろう。

 その時代を見届けられないであろうことが残念だ。

 本当に残念だ。

 全くもって残念だ。


 そんな下らないことを考えながら、俺はバイブレーションプラグを足元に落とし、10mほど糸を送りながら、岸壁に沿って歩き始めた。

 手元に「ヴヴヴヴヴヴヴ……」という、バイブレーションプラグ特有の振動が伝わってくる。


 その名もテクテクトローリング。

 所謂「テクトロ」というやつだ。

 岸壁に身を寄せ、岸壁を利用してエサを追い詰めて捕食する性質を持った魚を狙う釣法である。


 長大な岸壁を歩きながら探るのに、これほど適した釣りはない。

 元の世界でも一世を風靡し、専用を謳うルアーまで多数出た釣法だ。

 俺が死んだ頃にはもうブームは過ぎていたものの、定番としてすっかり定着していた。


 この釣法が抱える最大の欠点は、その日最初にやった人だけが良い思いを出来るという、一番手争い要素だが、この世界ではどこでも俺が一番手である。

 無論、ターゲットはバイブレーションプラグなど見るのは初めてのウブな魚ばかり。

 100mと歩かぬうちに、ファーストバイトがやってきた。


 ゴゴン!という衝撃と、ロッドがグイっと気持ちよく曲がる感触!

 この感じ! 懐かしい!

 穂先をフッと鋭く前へ突き出し、アワセを入れる。

 途端に魚は、アワセの力と逆方向へと走り始めた!


 グイングインと首を振るファイトを、ロッドとラインのしなり、伸びを生かしていなす。

 引きからして、サイズは大したことなさそうだ。

 レバーブレーキを使うまでもない。


 ファイトが収まったところで強くリールを巻き、海面に上がってきた魚体を、その泳力を利用して抜き上げる。

 堤防の上でビタビタと跳ねるのは、元の世界のスズキによく似た魚、「キバスズキ」だ。

 シーバスならぬ、キーバスとでも言おうか。


 下顎に牙状の歯を持つのが特徴で、うっかりバス持ちなどしようものなら、手は血まみれだろう。

 フィッシュグリップで持ち上げ、メジャーに当てると、40㎝しかなかった。

 まあ、テクトロのアベレージサイズだな。


 食べておいしい魚だが、まだまだテクトロを続けたいのでリリースしておく。

 肩に重いクーラーボックスをかけて行うような釣りではないのだ。


 魚が元気に潜っていったのを確認し、俺はさらに歩き続ける。

 潮通しのいいこの港は、キバスズキのいい住処のようで、100~200m歩くごとに一匹くらいの感覚で釣れてくる。

 しかし、悉くアンダー50㎝……。

 楽しい釣りだが、サイズアップ出来ないのはなかなかに歯がゆいな……。



「うおっと!? 危ねぇ!?」



 夢中になっていたので気付かなかったが、俺は岸壁の末端まで踏破してしまったらしい。

 危うく海に落ちるところだった……。

 見上げればもう日はすっかり傾き、夕暮れ時が迫っている。

 そろそろ帰らないと、ミコトが心配するな……。

 復路はすこし早歩きで行こう!


 俺は回れ右して、ラインを5mほど切ってスナップを結びなおし、ルアーをタイトなローリングタイプのバイブレーションプラグにチェンジすると、垂らすラインを20mほどに延長し、やや早歩きでもと来た道を戻り始めた。

 行きは派手な振動系、帰りはナチュラルなローリング系で使い分け、探る深度や歩く速度を変えるのがテクトロの鉄則である。


 ただ、流石に一度釣りまくっただけあって、帰りはサッパリアタリがない。

 これがテクトロが早い者勝ちたる所以だ。

 岸壁を横一文字に探りつくすため、その岸壁に潜む魚の殆どを一発でスレさせてしまうのである。


 あまり見込みもなさそうだし、もう切り上げて帰ろうかな……。

 と、思った矢先、少し先の岸壁際で「ザワッ!」と白い泡が湧きたった。

 うお! アレはナブラ!


 駆け出したい気持ちを抑え、俺は冷静に歩き続ける。

 ここで駆けこんでは、せっかく活性の上がった魚を驚かせてしまう。

 あくまでも冷静に、魚に警戒心を抱かせないようにするんだ……。


 俺はラインを10mほど巻き、体を陸側に少しスライドさせた。

 水面に俺の身体が極力映らないようにしつつ、トレースするタナを上げたのだ。

 上に意識が向いている魚の視界にルアーを通すイメージで、先ほど沸き立っていたアタリに差し掛かる。


 ルアーが割り込んできて驚いたのだろう。

 さらにもう一度、「ザワッ!」とベイトフィッシュの跳ねる音が聞こえた。

 ここだ!


 俺は歩く速度を落とす。

 引かれる力が弱くなったルアーは、沈もうとする力が強くなり、進行方向へとカーブフォールを始める。

 そのアクションを弱った魚がヨロヨロと射程圏内に突っ込んできたものと錯覚した魚が、勢いよく食いついてきた。



「よっしゃ! デカい!!」



 こういう、下層でジッとチャンスを待っている個体は、大型のものが多い。

 まさにその大物を狙い撃ちできたというわけだ。

 レバーブレーキを作動させ、ラインを送る量を調節しながら、ファーストランを耐える。

 引きは強いが、決して無茶苦茶なサイズでもない。

 余裕を持ってファイトしよう。


 そう思っていたが、ここで相手が予想外の動きを見せる。

 足元……即ち俺から見て岸壁の壁目がけ、勢いよく突っ込み始めたのだ。

 この動き……! まさか!


 そう気づいた時にはもう遅かった。

 ラインは俺の足元直下目がけて斜めに入り、そのまま引いても引いても動かなくなってしまったのだ。

 やられた! 岸壁の穴に逃げ込まれたっぽい!!


 だが、ここであえなくラインブレイクなど、東京、横浜、大阪の三大シーバスベイサイドを釣破した釣り人のプライドが許さない。

 この勝負、あえて真っ向から受け止めて見せよう!


 俺は腕を大きく前へ伸ばし、魚が突っ込んだ方向とは真逆の力で対抗する。

 恐らくラインは傷だらけだろうが、先ほど一回お手入れしたし、擦れに強いフロロカーボンのこと、ちょっとやそっとでラインブレイクには至らない。

 多分!


 5分……10分……。

 微動だにしない攻防が続いた。

 先に動いたのは……。

 相手だ!


 とうとう根負けしたのか、それとも体力が回復したのか、魚は岸壁から離れ、再び海底目がけて突っ走った。

 ラインの傷を考慮して、やや優しめのファイトを心がけつつ、今度は1センチもラインを送り込まない。


 竿のしなりを最大限に生かし、粘り、粘り、粘りまくる。

 やがて、魚の動きがやや怠慢になったところで、俺は一気に勝負に出た。

 リールを強く巻き、首振りで対抗する魚を無理やり浮かせにかかったのだ。



「切れるなよ……! 切れるなよ……!」



 最早祈りだ。

 俺の想いが通じたのか、海面に黒ずんだキーバスの魚体がボコッと現れる。

 反転の機会を与えず、俺はタモ網を召喚して、それを取り込んだ。



「90……いや……! 87! 3㎝足りなかったか―!」



 釣り上げたキーバスは、ランカーサイズながら、僅かに90の大台を超えていない。

 背中の濃緑色が非常に濃く、腹の銀色も黒っぽいコイツは、居付きの大物らしい。

 吐き出したベイトはイワシやコウナゴを思わせるスリムな小魚だった。

 図らずもマッチザベイトだったということか……。


 居付きの個体は美味しくないし、ある意味この岸壁の主みたいなものなので、丁寧にリリースさせてもらった。



「今度は90アップで釣れて来いよなー!」



 と、傍迷惑な約束を口走りながら、である。


 その後、ちょいキャストで40アップを3匹釣り、俺は家路についた。

 家のすぐ傍でシーバスならぬキーバスが釣れるベイエリアがあるとは……。

 この長期任務、なかなか充実したものに出来そうだ。


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