第1話:二つ名持ちの宿命
「家財道具搬入ヨシ! 衣類整頓ヨシ! 味噌樽設置ヨシ! んじゃ俺はひと釣り行ってきますんで……」
「んじゃ。じゃねーよ!! 買い出し手伝え!!」
「しびび―――!!」
持って来たものを部屋の収納スペースに押し込み、空から見えたあの湾へ向かおうとしたところを、先輩のビリビリラリアットで止められてしまった。
まあ、ミコトと二人旅の時みたくはいかないか……。
「結構良いお部屋っスね! ちょっと狭いっスけど」
ミコトが奥の部屋から顔を出した。
都のギルド本部が俺達に宛がった滞在場所は、所謂3LDKのアパートだった。
建ってから間がないようで、設備は美麗。
ガスを用いた給湯機が供えられ、風呂付き、トイレは水洗。
オイルヒーターも標準装備だ。
何とキッチンは原始的ながらガスコンロと薪コンロのハイブリッド!
こりゃ、なかなかに住み心地が良さそうじゃないか。
新しいためか、それとも家賃が高額なためか、住民はまだまばらだ。
……別に嫌と言うわけじゃないが。
3人一つ屋根の下で暮らせってかい。
「悪いが、お前らの収入程度じゃ都で二部屋なんか借りれねえぞ」
そう言いながら、先輩が少しばつの悪そうな顔で頬を掻く。
「そのなんだ……そういう時は宿屋街行くか、最悪アタシがしばらく家空けるからよ……」などと、頬を赤らめながら言う先輩。
いや、そんなこと言われたら逆にやりづらいっす……。
「何のお話してるんスか? ……むーん?」
トコトコと歩み寄ってきたミコトに、思わず赤面した顔を背ける先輩。
何か妙な雰囲気を察したのか、俺の尻をギュムと抓ってくる嫉妬天使。
いや、ミコトさん誤解ですよ?
「さっきここまで来る途中に、屋台街あったっスよね? そろそろお昼でスし、ご飯がてら街を散策したいっス!」
「ほら。嫁もそう言ってるぜ? この釣りバカ野郎」
「……へい」
まあ、まだまだ時間はたっぷりある。
ここはお二人の機嫌を取っておこう。
俺はそう判断し、今日の荷物持ちとしての覚悟を決めた。
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「特務戦力顔合わせは来週なんでしょ? えらくゆったりした日程ですね」
「多分その間に都に慣れとけってこったろ。結構なお心遣いだぜ」
「つまり、この先何日かはのんびり都観光できるってことっスよね! 楽しみっス!」
大通りに面したレストランのテラスで、俺達は遅い昼食をとる。
近所の生鮮屋台街で数日分の食料を確保したり、服屋を見て回ったりしていたら、あっという間に昼過ぎだ。
……肩が痛い。
「やっぱ人通り多いっスねぇ。デイスも結構人多かったっスけど、都は段違いっス」
「アタシはあんまゴチャゴチャしてるとこは好きじゃねぇんだがな……。あとは苦手な連中も割と見かけるしよ……」
「苦手な連中?」
「まあ、色々あんだよ」
そう言って空をぼんやりと眺める先輩。
休日モードで髪を下ろしているためか、その横顔だけ見てると儚げな金髪美少女みたいだな。
目つき悪いけど。怖いけど。
まあこの様子だと、あんまり詮索しない方が良さそうだ。
「見て! 瞬撃・シュン様よ!」
突然、通りで黄色い声が上がったと思うと、賑やかだった大通りがひと際騒がしくなった。
何だ何だ?
「瞬撃……。都のギルドの二つ名持ち冒険者だな。確かお前らより若いぜあいつ」
先輩は特に意に介すこともなく、山盛りの白パンを齧っている。
それほど珍しい光景でもないようだ。
まあ、規模は違えど俺も一時あんな感じの待遇だったときあったしな……。
仲間なのか、付き添いなのか、それともただのファンの集いかは知らないが、ゾロゾロと引き連れて通りを行進する瞬撃どの。
なんか……名前の響きだけ聞くと同郷の人っぽいんだけど……。
どうせこの先顔を合わせることもあるだろうが、何となく気になったので、俺は軽く飛行スキルを使い、人ごみの向こうを見やる。
うーん……。
確かに顔は日本人っぽいが……。
この世界ああいう感じの顔の人普通にいるからなぁ……。
俺が目を凝らして観察していると、ふと、そのシュンくんと目が合った。
あ、どうも。
すると、突然、彼は目を見開き、俺からプイと目を逸らすと、歩く速度を速めてスタスタと去って行ってしまった。
どした?
「あーん! シュン様お待ちになってー!」
という誰かの声を最後に、通りは段々と元の様子に戻っていった。
切り替えの早い街のようだ。
こういうとこは都会らしい。
「どうっスか? てんせ……暗黒大陸の人っぽかったっスか?」
何となく俺の行動の理由を察したらしいミコトが、少し声のトーンを落として聞いてくる。
本人はさほど興味はないようで、今の騒ぎの間に、彼女の皿は空になっていた。
あと、俺の皿の肉が数枚減ってるように見えるんだが……。
「チラッと見えただけ。なんかすぐどっか行っちゃったよ」
「そうっスか」
「もう食うなよ!!」
相槌を打つ動作のままに、スーッと俺の皿目がけて滑り込ませてきたミコトのフォークを、俺は堅パンで迎撃した。
「そういえば、シャウト先輩も二つ名持ちっスけど、あんな感じにはならないんスか?」
俺の皿の肉を攫うのを諦めたミコトが、ボソッとそんなことを言った。
これがいけなかった。
先輩が「バカ! お前……!」と言うより先に。
「二つ名持ち……?」
「誰!?」
「おいあの金髪の目つき怖い人って……」
と、レストランの内外でざわつきが広まりだす。
ああ……先輩がわざわざ髪下ろして着替えてたのってそういう……。
「うあああ。ら…雷刃・シャウトが男女を連れて飯を食っている!!」
という誰かの叫び声を皮切りに、黄色い声がドッと押し寄せてきた。
「だから都は好きじゃねえんだよ―――!!」
そう言いながら、先輩はウェイトレスに伝票とお金を投げつけるように渡し、「釣りはいらねぇぞ!」と叫ぶと、足に電撃を纏わせて凄い勢いで跳び上がり、街の家々の間を忍者のように駆け、瞬く間に去って行ってしまった。
「ちょっと!? 待ってくださいよ―――!!」
「皆さんお騒がせしたっス―――!」
俺達も大急ぎで料理を口内にねじ込み、先輩を追って空へ舞い上がる。
ただ、先輩がこうやって多くの人にチヤホヤされるのを見るのは、結構気分がいいものだった。