第14話:クエスト ~へリング高地の異変を調査せよ~ 前編
「ユウイチ! 待ってたぜ!」
準備を整えてギルド本部へ向かうと、昨日の熱量冷めやらぬ男が飛びかかってきた。
勢いよく肩を組まれ、バランスを崩した俺はエドワーズ諸共ひっくり返った。
「オレとコモモが助っ人で同行することになったからな。頑張ろうぜ!」
「耳元で叫ぶな! うるせぇ! あと暑苦しい!」
朝からテンションの高いエドワーズを振り払い、立ち上がって埃を叩き落す。
今回のクエストに参加できるのは4人までとの事らしく、コンディションがいいエドワーズとコモモが来てくれることになったそうだ。
受付で冒険者カードを提出し、依頼書に複写を取ってもらうと、しばらくここで待機するように言われた。
シャウト先輩から話があるらしい。
ちょっと会うの気まずいんだけどなぁ……。
「おら! 若人ども! 今回のクエストに関して補足説明がある! そこに座れ!」
長い時間待つこともなく、後ろから軽快な足音と共にシャウト先輩がやって来た。
別のクエストを受けているのか、今日は随分と重装備である。
「あ、おはようございます……」と声をかけてみると、一瞬こちらに目を向けてくれたが、その後すぐにプイと明後日の方を向いてしまった。
うわぁ……やっぱり怒らせちゃってる……。
「チッ……。いいかお前ら。この“へリング高地”は狂暴な獣、小柄ながら凶悪な魔物が数種類生息している危険度B地域だ。だが、ここ最近そいつらが平原に下り、暴れている」
「まあここまでは依頼書に書いてあるわな」と、先輩は紙を捲る。
「最寄りの港街、バーナクルからの情報によると、数か月前から高地の方角の夜空が怪しく光る現象が確認されているらしい。恐らく獣や魔物どもの移動と何か関りがあるだろう。お前らには現地の生物、景観、土壌の調査の他、この怪現象も調べてもらいてぇ」
空が光る現象……。
普通に怖いな……。
日本にいた頃、そういう怪奇現象系の番組を度々目にしていたが、どうも苦手で、ついついチャンネルを変えてしまっていた。
実際には殆どがヤラセ、作り物だったのだろうが……。
しかしここは異世界。
何が起きるか分からない。
そんな世界に住んでいた先輩達も知らない現象となると……かなり怖い……。
「地震の予兆かもしれないっスね……。雲の形や地鳴り、地割れの有無を確認しておきましょう」
ミコトが手帳にメモを取っている。
知識豊富な彼女はこういう時頼りになる。
誕生から俺に連れ出されるまでの間、様々な分野に手を付けては諦めを繰り返してきた自称“広く浅い天使”は伊達ではない。
これ誇れる称号なのだろうか……。
「へリング高地の向こうにはモーレイ山もある。火山性地震か……それとも大噴火の前触れかもしれないな」
俺とミコトの会話をポカンとした顔で聞いているエドワーズ達。
シャウト先輩は「ほう……」と少し嬉しそうな表情を浮かべていた。
が、俺が目を合わせるとプイとそっぽを向いた。
うう……。なんか寂しい……。
その後、ギルドが用意した宿、高地へのアクセス、滞在日時に関して改めて説明を受け、俺たちは飛行甲板へ向かった。
既にギルド専用の大型飛行クジラが接岸しており、出発の時を待っている。
ミコトが先輩やキャプテンに「これで高地の異変探れないんスか?」と聞いていたが、生憎、目の悪い飛行クジラは太陽光のある時間帯しか飛べないらしい。
夜間便が殆ど無いのってそういう理屈だったのね…。
「ああ、あとお前らには個人的に課題を課しておくからな」
いざ乗り込もうかという段階で、シャウト先輩が思い出したように言ってきた。
彼女は胸元をガサゴソと探ったかと思うと、自身の冒険者カードを俺達に向けてきた。
俺達も慌てて自分のカードを出し、先輩のそれにかざす。
「死なないこと、以上だ。頑張って来いよ!」
「はい!」
「「「「「また会おう!!」」」」」
俺達を乗せた飛行クジラはゆっくりと上昇し、進路を西に取った。
シャウト先輩はずっとこちらを見上げていた。
「先輩何かあったんスかね……?」
「さあ……?」
やがて、街が地平線に消える頃には、隣から寝息が聞こえ始めたので、俺もそれに倣い目を閉じた。
穏やかな天候のおかげで揺れもなく、俺もゆっくりと眠りに誘われていった。
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「雄一さん! 海っスよ! 海っスよ!!」
ミコトに激しく揺さぶられ、起こされる。
既に空は茜色に染まっていた。
光の差す方向を見れば、遥か彼方まで広がる水面。
この世界に来てからは初めての、元の世界から考えれば1年ぶりの海である。
「うおおお!! 海だあああ!!」
釣り人の血がたぎり、ついつい叫んでしまった。
眠っていたエドワーズとコモモも驚いて飛び起きている。
左舷からは広大な海、そして右舷には針葉樹林広がる高地、そしてその奥には雪化粧した巨大な山が見える。
「手前の高地がへリング高地、奥の山がこの半島最大の山、モーレイ山っスね。噂には聞いてたけどでっかいっスねぇ!」
飛行クジラが徐々に降下し始める。
すると、俺たちのギルド本部がある街、デイスに勝るとも劣らない、城壁に囲まれた都市が見えてきた。
「アレが港町、バーナクルだぜ!」
いつの間にか隣に来ていたエドワーズが指を指す。
「ほら、高地側にはデカい谷があるだろ? アレのおかげで高地に生息している猛獣、魔獣が街に入ってこれないんだ」
確かに、高地と海岸線を繋ぐ境界には広く、深い谷がある。
あれでは空を飛べない生物は街に入ることができまい。
危険な地域のすぐそばにありながら栄えているのはそのおかげだろう。
城壁が切れている海側、船着き場に併設された飛行甲板へ、飛行クジラはゆっくりと接岸した。
「釣具召喚!!」
俺はいてもたってもいられず、メバリングタックルを召喚し、桟橋の足に沿って小型のメタルジグを落としてみた。
するとすぐにブルブルと小気味よい振動が手元に伝わってきた。
これは……涙が出そうなくらいに懐かしい感触……!
夕焼けに染まる水面を割って上がってきたのは、色こそえらくビビッドだが、その姿はメバルそのものであった。
ヤバい……なんか……泣きそう……。
「おーい! ユウイチ! 行くぞ! ていうか荷物持つの手伝え!」
突発的なホームシックに襲われていた俺はエドワーズの叫び声で我に返り、慌てて皆の方へ走った。
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「マジか!? 塩焼きに、煮つけに、刺身まである!!」
宿屋に荷物を下ろし、ギルド出張所近くの食堂に入ったのだが、驚いたことに、この街の食事は日本のそれとそっくりだったのだ。
興奮のあまりエドワーズに「しー! 声がデカい!」と咎められてしまった。
「あはは……。炊いたお米もあるみたいっスね。あと……なんか壁に漢字とかひらがなっぽい文字書かれてないっスか?」
ミコトに言われ、辺りを見回すと、確かに所々に文字のような模様が描かれている。
海、魚、候、ゐ……? 判別できたのはその4文字だけで、他は漢字やひらがなを元に作られた記号のようだ。
「すみませんっス。あの壁に書かれた模様みたいなの何っスか?」
振り返ると、ミコトが文字について店員の少年に尋ねていた。
彼によれば、昔この街を作った英雄の一人が使っていた文字らしい。
この街の食文化もその者が遥か東方の暗黒大陸より伝えたものだそうだ。
「雄一さん。その人って……」
「多分俺と同じ事情の人だろうな……。それも相当昔の」
思わぬ接点に軽い感動を覚えていると、エドワーズとコモモが早く料理を選べと催促してきた。
いかんいかん、つい二人きりの時のノリで動いちまう。
とりあえず俺は、アカシマメバルの煮つけ定食を頼んだ。
運ばれてきた料理は、まさに日本の海辺の定食屋で出て来るそれで、匂いも、味も、何もかもが瓜二つだった。
出汁の利いた吸い物、ふっくらと炊けたシートネック米、海藻のサラダ、そしてホロホロのメバルの煮つけ。
食べるうちに、不思議と故郷の情景が脳裏に蘇ってきた。
俺がメバルやカサゴ釣って帰ったら、おふくろや姉さんが料理してくれたっけ。
みんな元気してるかなぁ……?
「ユウイチお前……何で泣いてんの!?」
「え!?」
気が付けば、頬に伝う温い感触、そして妙にぼやけた視界。
どうやら俺は望郷の想いに駆られて泣いていたようだ。
うえぇ……カッコ悪ぃ……。
「雄一さん……」
ミコトが俺の服の袖をぎゅっと握ってきたので、頭を撫でてやった。
別にサメの件怒ってはいないんだけどな……。
追加で頼んだキバスズキの洗いを完食する頃には、俺はこの街がすっかり好きになっていた。
老後はここに移り住もうかな……等と考えていると、店の外がざわざわと騒がしくなっている。
慌てて代金を支払い、外に出てみると、へリング高地へと続く壁のような山道の向こう側に黒い煙がもくもくとあがり、空がエメラルドグリーンに光っていた。
その美しくも不気味な輝きに、すっかり忘れていたクエストの事を思い出し、俺は軽い身震いを覚えた。