第26話:ミコトVSコトワリデスマッチ
「悪魔が介入している!? しかしこれは非常に美味だな!」
俺達が買って帰ったデイス新名物、イノシシカツサンドを頬張りつつ、コトワリさんが驚愕する。
驚くか食うかどっちかにしてください……。
「ふう……やはり人間界の食物は旨いな」
「天界のお茶とかマズいですもんね」
「ああ、どうにも天界は悦楽が少なくていかん。降天した後帰ってこない堕天使が多数出るのも頷けるというものだ」
そう言いながら、今度はハーブティーをグビグビ飲むコトワリさん。
堕天予備軍じゃないですかあんた……?
「しかし困ったもんっスねぇ。私の魚研究ライブラリに不法アクセスされてるだけかと思ったら、悪魔が関与してるとは……」
「そうそう、そこだ。問題は」
サンドイッチのふた切れ目を手に取りながら、コトワリさんがミコトを指さす。
「アイツのバカでかい独り言を聞くに、天界に直接乗り込もうとしてたみたいですよ。そんなことって可能なんですか?」
「天界と魔界は相互の直アクセスは出来ないようになっている。ただ……今回のように人間界のダンジョンを中継してやってくるとなれば……可能ではあるが……」
「割と簡単な裏技ですね!?」
「いや、普通は人間界から天界、魔界へ直アクセスするのは不可能なのだ。実際、今回も厳密に言うと悪魔そのものはやって来ていない。どう言えば分かりやすいか……」
コトワリさんはうんうんと悩みながらふた切れ目のカツサンドをムシャムシャと頬張り、ゴクンと飲み込むと、今度はベリーティーを飲み干し、「はっ!」と叫んだ。
「そうだ! オンラインゲームを例に挙げれば分かりやすいか」
「は……はぁ……」
なんかこの世界でオンゲとか言われると、妙な違和感あるな……。
「ミコトは天使としての本体が雄一くんの所有物としてこの世界に召喚されているが、君たちの戦ったレッサーダゴンは、本体を魔界に置き、化身体というアバターをこの世界で生成して、そこにログインしているような具合なんだ」
「ちなみに私は亜人種天使族の肉体を精製し、そこに憑依する形でこの世界に本体を送り込んでいるぞ」と、彼女は続けた。
なるほど、分かったような、分からないような……。
「つまりは、あのダンジョンは魔界と完全に繋がっていたわけじゃなく、魔界のネット回線の先っぽだけが接続されてた状態ってことっスよ。私のライブラリとこの世界もそんな感じっス」
「ってことは、現状すぐにダンジョンを介して天界と魔界が繋がるわけでもないってことか」
「ああ、しかし、このまま放置していては、恐らくそう遠くない未来、魔界とこの人間界、天界が接続してしまうことだろう。君たちの元へ真っ先に訪れたのは正解だったようだ。礼を言うよ」
そう言ってコトワリさんが手を差し出してきたので、俺はその手をそっと握った。
「ははは……人間の肌のぬくもりは気持ちがいいな」と、俺の手に頬擦りをしてくる。
……まんざらでもない。
あとね、ミコト……尻つねるのやめて……。
「さて! それが分かったとあれば、私もこうしてはいられないな!」
しばらく俺の手の温度を満喫していた彼女であったが、すくっと立ち上がり、体を大きく伸ばした。
ああ、そういえば天界に帰って、また別の転生者の元に行くって言ってたなこの人。
僅かな時間ではあったが、久々に近代的な話題が出来てちょっと楽しかったな……。
別れに手土産でも持たせてあげようかと思い、俺は保冷庫の干し魚を取りに行く。
「お! 今日の夕飯は魚の干物かい!? 楽しみだな!」
とか言い出した。
あ……あれ?
「このまま帰る感じじゃなかったんですか?」
「いや、私は普通にそろそろご飯の時間かなと思っただけだが。それに大体、まだ3日も経っていないぞ! 君はせっかちだなぁ! 私はたらふく食事を取って力を蓄えなければ、と思ったんだ!」
そう言ってハハハと笑い出した。
ああ……そういえば天界戻る力のチャージに一週間くらいかかるって言ってたっけ……。
「しかし、人間界では当然なのだろうが、食事時という概念は素晴らしいな! ついつい楽しみになってしまう……。ミコトが肥え太るのもよく分かるというものだ!」
そう言いながら、まだ米も炊けていない食卓に一人座るコトワリさん。
こ……この天使……厚かましくて無神経で図々しい!!
なあミコト……ちょっと文句の一つでも……。
と、ミコトに耳打ちしようとしたら、彼女は無言でコトワリさんのもとへ歩いていった。
そして、彼女の首をグワッ! と掴むと、そのまま自分の目線まで彼女の顔を持ち上げ、額が接するほどに自身の顔を近づけると。
「働かざる者……食うべからずって理がこの世界にはあるんスよぉ~?」
と、凄まじい覇気の籠った笑顔で笑いかけた。
開いた手では、しきりに下腹を摩っている。
ああ……そういえば最近また腹が出てきたってぼやいてたっけ……。
「官憲天使様とはいえ、居候してる間くらいお手伝いするっス――――!!」
「いいいいいいい!! や! やめてくれミコト! 足が! 関節が砕ける!!」
瞬く間にミコトはコトワリさんを逆エビ固めに固定し、彼女の上に圧し掛かった。
恐らく、天界では体験したことのない技を食らい、絶叫するコトワリさん。
「雄一さんカウントっス!!」
え!?
あ!?
ハイ!
「ワン! ツー! スリー!!」
「しゃああああああああっス!!」
泡を吹き、力なく横たわるコトワリさん。
凛々しい天使様がこんな無様な恰好で……。
ちょっと興奮するなこれ……。
「もう! 失礼しちゃうっス!」
そう言いながら、ミコトは台所にトテトテと走っていった。
これもう俺、逆らえないなアイツに……。
ミコトの作る夕飯の匂いを味わいつつ、泡を吹いて痙攣するコトワリさんを介抱していると、突然、ガンガンガン!!! と、玄関の扉がノックされた。
「オイ! コラ! アタシだ!! 開けろ!!」
と、お馴染みの柄の悪い声がドア越しに飛んでくる。
「はいはーい」と、ミコトがドアを開けようとすると、俺の足元で失神していたコトワリさんがクワッっと目を開けて起き上がり、ドアの方へすっ飛んでいった。
そして勢いよくドアを開けると……。
「貴様! よそ様の家に訪れて何だその態度は!!」
と、大声で威圧した。
あ、あのその人は……。
「なんだテメェ!!!」
「いびびびびびび―――!!」
俺とミコトが諫める間も無く、コトワリさんはシャウト先輩の高圧電流アックスボンバーを食らい、沈んだ。
えっと……カウント取ります……?