第25話:銀の弾丸
「があああああああ!!」
俺のキャストしたルアーが勢いよくフッキングし、レッサーダゴンが悲鳴を上げる。
そうだ。
これは釣りだ。
深海に巣食う魚の悪魔を俺は釣っている。
人や動物には全く反応しない「アングラ―」スキルは、レッサーダゴンを魚と見なしたらしい。
俺の自己暗示が効いているのか、それともマジで魚の類なのか……。
そんなことはどうでもいい!
「てりゃあ!!」
「ぐがああああ!!」
フロロカーボン120号を易々と引きちぎった怪力など何のその。
竿を思い切りしゃくりあげると、敵の身体が勢いよく宙を舞った。
そのまま思い切り遺跡の壁叩きつけてやる。
「くそがぁ! こんなヘロヘロ糸ぶっちぎって……!」
「うりゃああ!!」
「があああああああああ!!」
口元から伸びるフロロカーボン6号のショックリーダーを引きちぎろうとするレッサーダゴンだが、それは叶わない。
ある種摂理への干渉に近いアングラースキルが釣具を強化しているのもあるが、肝はそこではない。
アイツの口の中で輝くルアーこそ、一時シーバス界隈を賑わせた、一度現物を見ると無性に欲しくなるキラメキカラー……。
「銀粉ルアー」だ!
異なる数多の世界を跨いで存在するらしい天界と魔界、となれば、俺がもと居た世界の道理も通じるかと思ったのだが、こいつはドンピシャらしい。
銀は悪魔の力を減衰させるのだ。
「クソが!力が出ねえ! 何だテメェ! 何しやがった!!」
「何って……釣りをしてるだけだがっ!!」
三度目のポンピングが決まり、遺跡の床へ強かに打ち付けられたレッサーダゴンが力なくビクビクと痙攣する。
そろそろ魔力がヤバいか……!
「ミコト! レフィーナ! 今だ!」
俺の思わぬ大立ち回りに驚いたのか、呆気に取られていた二人だったが、俺の掛け声でハッと我に返り、ステッキソードと短剣をかまえ、フラフラと立ち上がったレッサーダゴンの胸を十の字に切りつけた。
「ガハッ……!!」
「セイクリッド・バブルシャワー!!」
化身体の保持力を著しく消耗したレッサーダゴン目がけ、聖なる泡が殺到する。
「俺様が……こんな奴らに……!」という断末魔を上げながら、その体が浄化されていき、やがて、泡と共に跡形もなく消滅した。
「やったっス! 悪魔は一昨日きやがれ……っス……」
「ミコト先輩!」
同時に、ミコトもがっくりと膝から崩れ落ちる。
おっと!
危ない危ない……。
テレポートで倒れ込む彼女の身体を抱き留め、そっと床に寝かせる。
お疲れ……ミコト。
「まだ終わりじゃないわよ! パラライズバブル!」
すっかり膝枕モードに入っていた俺の頭上目がけて、サラナが黄色い泡を放った。
「ギピピピピー!!」
ボトリと落ちてくる半透明の塊。
ああ! そうか! 忘れてたけど一応こいつがダンジョンのボスか!
「せいっ!」
俺が氷魔法で狩ろうとしたところを、レフィーナがサクッと両断してしまった。
見事コアを斬ったらしく、敵はヘニャヘニャと塩をかけられたナメクジのように溶けていき、輝くキーストーンがピッと跳ねあがる。
それを、コイントスのごとくキャッチするレフィーナ。
「御馳走さまでした先輩♡」
そう言って舌をペロッと出して見せるレフィーナ。
こうして、魔獣、悪魔、レアスライムという手の焼けるダンジョンを攻略した栄光は、レフィーナのものとなったのだった。
……。
至って妥当だ……。
////////////////
「取ったわよ! ダンジョン! 私の大活躍で!」
受付に自分の冒険者カードをバシッと置き、手柄を報告するレフィーナ。
まーたすぐ調子に乗る……。
「ほう……やるじゃないか」
ギルドナイトのお姉さんがそれを鑑定機にかけ、討伐実績を確認する。
カリカリと素早く書類を書き込むと、隣でコクリコクリと船を漕いでいる受付のお姉さんの肩をトントンと叩いて起こした。
空を見ればもう明け方近い。
朝日が空を僅かに照らし始めている。
散らばった書類の山を見るに一日中一人で受付業務をこなしていたのだろう。
お疲れ様です……。
「ん? ああっと! ゴメンゴメン! えっと……ダンジョン攻略おめでとう! それじゃあ早速仕上げに移ろうか!」
三白眼の受付お姉さんは涎を袖で拭い、ぼさぼさの頭を掻きながら、手元に置かれていたラッパをプオーっと吹き鳴らした。
すると、数人の白いローブを纏った人影が受付テントからゾロゾロと出てくる。
何だ何だ?
白いローブの男たちはまるで宙を滑るように移動し、ギルド本部の周辺へ展開していく。
そして、何やら呪文を唱え始めた。
「お! こりゃ結構すごいのが見れるかもよ」
サラナが地べたに座り、ミコトを背負う俺にもそれを促す。
俺はレジャーシートを尻の下に召喚し、ミコトを膝枕で寝かせてやる。
スウスウと寝息を立てるミコトに、サラナが聖属性の軟膏と回復魔法をかけてくれた。
白く光る粒子がミコトに降り注ぎ、傷跡が塞がっていく。
「楽しかったよ。エド達とのそれに負けないくらいね」
「そりゃどうも。まさかあんな化け物と対峙する羽目になるとはなぁ……」
「先輩! 見てくださいコレ! 冒険者カードにめっちゃ星貰っちゃいました!」
少し落ち着いて語り合うムードだった俺達の間に、ズイっと顔を出してくるレフィーナ。
き……君はもう少し雰囲気をだな……。
「ふふーん! やっぱり私って天才的~! 先輩もそう思いませんか!? 今日の私、先輩に負けないくらいカッコよかったですよね!!」とか言いつつ目を輝かせる、お調子者のレフィーナに、ちょっと説教でもしてやろうかと思った矢先。
「お! もうすぐ始まるよ!」
サラナがギルド本部を指さした。
ドン! ドン! ドン!
空に響く轟音と、激しい閃光。
見れば、ギルド本部を囲む魔法陣が眩く輝き、空へと立ち上るような光を放っている。
そして、その光の中で、夢魔やサキュバス、インキュバスが光を放ち、輝く球体へと姿を変えたかと思うと、大きな音と光を発して霧散していく。
すげぇ! 花火みたいだ!
すげえけど、なんかえげつないな!!
「やっぱり! あの技はね! 鼓舞魔法と光魔法を複合させた魔法陣を、ギルド本部の中にいる冒険者達を媒介として……」
何かこっちも語り始めたぞ。
小難しい魔法用語を除外して話すなら、勇気や希望を増幅する魔法陣を組み、内部にいる冒険者達の夢や希望を夢魔達へと強制的に流し込んで敵を浄化しつつ、彼らの体内の夢を飽和させて爆死させるという、扱うエネルギーに対して中々にエグイ結界技とのことである。
まあ、夢や希望が夜空で弾けて輝いてると言い換えれば、エグさは消える……か?
俺達はその光景を、ただただ黙って見上げていた。
レフィーナも静かにしてると思えば、俺達の肩に手を回したまま、スウスウと寝息を立てていた。
あら、サラナも……。
女の子×3の寝息を聞いていると、何だか……俺も……。
俺のその日の記憶は、この辺りで途切れている。