第24話:召喚! レッサーダゴン!
「せやあああ!!」
ミコトの剣がフォモールの腕に深々と裂創を刻む。
しかし、切断には至らない。
敵の重厚な皮下脂肪が刃の勢いを殺してしまうのだ。
「ヴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
「うぐっ!!」
フォモールはそのいかにも頭が悪そうで鈍重そうな外見とは裏腹に俊敏で、さらに、ミコトの剣の技を確実に学習し、反撃を始めている。
初めは一方的に攻撃を加えていたミコトにも、段々と敵の攻撃が命中し始める。
俺もそうだが、ミコトもまた、強力な敵と正面切って戦った経験は少ない。
頑丈なミコトだが、援護しないとそろそろヤバそうだ!
「氷手裏剣!!」
上空からフォモールの目を狙い、氷手裏剣を乱射する。
連撃の指輪の効果でその数を増した氷の刃が敵の顔面へ殺到する。
ミコトのテレポートの癖を読み、彼女の飛んで来るであろう場所へ置きパンチとばかりに、渾身の拳を構えていたフォモールは、急カーブを描いて飛来する手裏剣に全く気付いていなかった。
「オ゛ア゛ア゛ア゛!!」
ヒット!!
潰せたのは左目だけだが!
「雄一さんナイスっス! てやああああ!!」
敵が怯んだ隙を突き、ミコトの剣がその右腕を完全に切り落とした。
激しい断末魔を上げて崩れ落ちるフォモール。
よっしゃ! お見事!
「はぁ……はぁ……やったっス! 止めを刺すっス!」
肩で荒い息をしつつ、ミコトがステッキソードを構え、敵めがけて突進していく。
「うりゃああああああっス!!」
ミコトの刃が敵の首筋目がけて振り下ろされる。
決まった! と、思った瞬間……!
「ヴォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!!」
突然、フォモールが激しくのたうち回ったかと思うと、全身から黒い粒子を凄まじい勢いで噴き出した。
闇の瘴気!!
「きゃああああああっス!!」
「危ない!!」
瘴気に突っ込みかけたミコトを引っ掴み、サラナ達の元へテレポートで飛んだ。
スピードタイプの本領発揮だ!
「うわあ! 何あれ!? 凄いことになってない!?」
サラナが俺達の飛んできた方を指さして驚愕の声を上げている。
振り返ると……うわあ!?
フォモールの身体から噴き出た瘴気が逆流する滝のごとく立ち上り、それが……天井に口を開けたゲートスライムの中へと吸い込まれていく。
何が……何が起きてるんだ!?
「マズいっス! 魔獣が自らの命を生贄に、悪魔を召喚しようとしてるっス!」
「ってことは、あのゲートスライムは今魔界に繋がってるってこと!? ヤバいよ! 悪魔族ならともかく、ガチの悪魔に来られたら私達じゃまず勝てないよ!?」
「なにぃ!? だ……だったら今のうちにあのスライムを!」
ミコトは瘴気には近づけない、レフィーナはまだ傷が癒えていない、サラナはレフィーナの看護に手いっぱい。
今、あの瘴気の中で動けるのは俺くらいだ!
俺がやるしかない!
俺は飛行スキルを解放し、天井に張り付くゲートスライムの元へ飛ぶ。
氷手裏剣を飛ばすが、濃密な瘴気に弾かれて敵まで届かない。
フロロバインドも瘴気流に流されて拘束も使用不能か!
だったら直に斬りつけるのみよ!
飛散する瘴気の激流を回避しながら、俺はゲートスライム目がけて双剣を思い切り振り抜……。
「!!!」
突然、全身を刺すような痛みが見舞った。
あまりの激痛に、全身の関節がガチガチに固まる。
それはほんの一瞬。
次の瞬間には痛みと共に硬直は消え去っていたが、その僅かな時間で、俺は瘴気の風に巻かれ、吹き飛ばされてしまった。
「うぐあああ!!」
遺跡の壁に強かに全身を打ち付け、口に鉄の味が広がる。
しまった……早く……スライムを……!
「!?」
顔を上げ、再び飛び立とうとした俺の眼前では、既に瘴気の流れがゲートスライムに吸い尽くされ、「何か」がそこから顔を覗かせていた。
何か……何かねえ……。
いや、あの……。
魚……ですよね……?
ゲートスライムから這い出てきたのは、ピラニアの顔だった。
いや、細部はいろいろ異なっているが、パッと見は完全にピラニアである。
「ああ? なんだこのシケた場所は!? 天界じゃねえってことはあの野郎しくじりやがったな!?」
「喋るの!?」
人間のそれとほとんど変わらない声を発したピラニア頭に、思わずツッコミを入れてしまった。
ギョロ! と、その鋭い目がこちらを睨む。
「なーんか天使くせぇぞオイ! 天使が居やがるな!? さては俺達の計画を嗅ぎつけやがったか! 知ったからには生かしちゃおけねえなあ!!!!」
突然興奮しだしたかと思うと、穴からにゅるりと這い出し、凄い勢いで俺目がけて飛びかかってきた!
危ねぇ!!
ていうかコイツ魚じゃねぇ!
ピラニア頭に人みたいな体が付いてる!
半魚人か!
間一髪、その凶悪な歯の一撃を回避し、背後にテレポート。
フロロバインドで体を縛り、氷手裏剣をすかさず叩き込む。
「あんだぁ!? こんなもん!」
一瞬にしてぶっちぎられるフロロカーボン120号。
氷手裏剣も、その鱗に覆われた肌にまるで歯が立たず、砕け散ってしまう。
嘘ぉ!?
氷手裏剣はともかく、フロロバインドを破れるパワーがあるとは!?
「妙な技使いやがる……てめぇあいつらが言ってた邪魔な転生者か! 猶更生かしちゃおけねぇなぁ!!」
ジャー!と、敵の口から放たれた黒い水流が眼前に迫る。
オートガードが瞬時に展開され、それを防……。
「くああああ!?」
バリン!
という音と共にオートガードが砕け散り、衝撃で俺は弾き飛ばされる。
再び水流が飛ぶ。
オートガードが一瞬それを受け止め、そして砕ける。
とっさに俺は双剣でガードを試みたが、そのあまりの威力に、片方の剣を吹き飛ばされてしまった。
遥か後方へ吹っ飛んで行く剣。
そして、手元に残ったもう一本にも異変が起きた。
「うわ! 剣が……腐って……!」
その水を浴びた部分が真っ黒に錆び、サラサラと分解を始めたのだ。
こんな……こんな出鱈目な攻撃あるか!?
「なんだオイ! てんで雑魚じゃねぇか! こんなんに計画何度も止められたとかあいつらクソほどの実力もねぇな!!」
俺の醜態を嘲笑うかのように、ペタペタと間合いを図ってくる。
随分と俺をコケにしてくれるが、それでも敵は油断していない。
転生者である俺なら、何かとんでもない奥の手を秘めているかもしれないと知っているのだろう。
実際にはそんなものは無いのだが……。
「打つ手なしかぁ? それじゃあこっちから行かせてもらうぜ!!」
ダン!
という足音を響かせた直後、敵の姿が視界から消えた。
来る!
感知スキルが凄まじいピークを発した瞬間、俺は体を10mほど横にテレポートさせた。
俺がさっきまでいた場所の地面が、まるで巨大な爪に引き裂かれたかのように砕け散った。
テレポートしたまた次の瞬間には、感知スキルが極限のピークを放つ。
再び俺はテレポートでそれを回避する。
2度、3度、それを繰り返すうちに、段々と敵は俺に近づいてくる。
テレポートを発動させ、体が転移するまでの僅かなタイムラグの間で、俺の行動に追いついているのだ。
こんな敵……有り得ない!!
「終わりだぜえええええ!!」
その声が聞こえた瞬間、俺は敵の大顎の目の前に転移していた。
あっ……!
不思議と、その後の光景はスローモーションに見えた。
死を覚悟した瞬間に、景色がゆっくり見えるというのはよく聞く話だ。
まさか……。
二度も魚の化け物に殺されるとは……。
俺が釣り人として情けなさすぎる最期を迎える直前、横合いから白く光る何かが滑り込んできた。
「させないっス!!」
「ミコト!!」
先ほどよりもさらに強い光を纏ったミコトが、俺の眼前で大顎を食い止めた。
「天使くせぇと思ったらおめぇか!!」
「悪魔臭い奴に言われなくないっス!!」
ガキン!
と、ミコトのステッキソードが大顎を弾き返した。
「雄一さん! コイツ悪魔のダゴンの化身体……レッサーダゴンっス!」
「ダゴンってあの……神話に出てくるあの!?」
「そうっス! まさかとは思ってたっスけど、この世界の異変……邪神教徒や転生者だけじゃなく、悪魔まで関わってるっス! こりゃコトワリさんに報告しなきゃ駄目っスよ!」
悪魔に反応し、さらに俺を守る力の行使によって天使の力を過去最大に開放したミコトは、ただひたすらに美しく、神々しかった。
やっぱ光輪と翼と後光があると全然違うな!
「レッサー体とはいえ、お前みてーな無名天使が敵うと思うなよなぁ!!」
レッサーダゴンはグチョグチョと気味の悪い音を発しながら、そのエラからタコのような足を生やす。
うわ! 見た目グロッ!?
「ギシャアアアアアア!!」
見た目通りの気色の悪い声と共に、タコ墨を猛烈な勢いで噴射するレッサーダゴン。
……いや、タコ墨じゃない!
凄まじい濃度の闇の瘴気だ!!
「―――――!!!」
ミコトが声にならない悲鳴を上げて地に伏せた。
まずい!
何とか彼女を助けようと、初級風魔法を放つが、瘴気はビクともしない。
それどころか、体にネバネバと絡みつくような重い瘴気で、俺までも体の自由が利かなくなってしまう。
「うっ!」
闇の向こうでミコトの悲鳴が聞こえた。
ミコト!!
「オラ! 瘴気の墨をたっぷり食らいやがれ!」
「お゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
今まで聞いたことがないようなミコトの叫び声。
ミコトの身体を照らす後光が闇の向こうで影絵のように彼女の身体を浮かび上がらせる。
レッサーダゴンの触手に持ち上げられた彼女が、触手から噴き出す瘴気を全身に浴びせられて……。
「ミコトおおおおお!!」
氷手裏剣……ダメだ! 全く効いてない!!
フロロバインドも……易々と引きちぎられて……!
剣は……両方とも錆びて粉になっている……!
どうしたら……どうしたら……!!
「セイクリッド・バブルブラスター!!」
眩く輝く泡の爆風が辺りに吹き荒れ、俺達の周りを覆っていた闇がザアアアアアア!という音と共に浄化されていく。
「うぐっ! くそぁ!!」
その猛烈な衝撃に、レッサーダゴンは苦悶の声を上げ、ミコトを縛る腕を自切して飛び退いた。
サラナ!!
「ごめんユウイチくん! ミコトちゃん! 聖属性はちょっと調合と詠唱に時間がかかっちゃって!」
俺達の周囲に聖なる力が込められた浄化の泡が無数に漂う。
黒い粒子を体中に浴びせられたミコトの身体にも次々と取りつき、彼女の浄化を始めた。
「何を小賢しい!」
レッサーダゴンがあの黒い水流を放つが、聖なる泡がそれを狙ったように集結し、泡のバリケードとなって俺達を守ってくれる。
すごい……!
サラナは倒れたミコトに駆け寄り、浄化魔法で瘴気を取り除く。
「前にミコトちゃんが瘴気当たりでやられたことがあったって聞いてさ。次に同じことがあったらと思って、闇の瘴気を浄化する魔法を習得しておいたんだ! もちろん浄化薬学もね!」
頼もしい!
頼もしすぎるぞサラナ!
それに比べて俺が不甲斐なさすぎる!
「いやいや~。君が孤軍奮闘して時間を稼いでくれたおかげさ~。そのおかげであの子も!」
あの子?
そう思うより先に、俺の目の前を青い風が通り過ぎて行った。
レフィーナ!
「よくもミコト先輩に酷いことしてくれたわね!このキモ半魚人! 切り身にして生ゴミで捨ててやるわよ!」
「俺様が半魚人だとぉ!? 小娘があああ!!」
怒り狂い、突撃姿勢をとるレッサーダゴン。
俺の時と同じように、ダン!という足音が鳴ったと思うと、敵の姿が消えた。
危ないレフィーナ! 回避を!
しかしレフィーナは横でも後ろでもなく、一瞬体を前に動かした。
「ぐあああああああ!!」
信じられない。
レフィーナの背後で、顔面から脇腹までザックリと裂創を付けられたダゴンがのたうち回っているのだ。
「アンタの攻撃! 直線的すぎよ!」
彼女が時折見せていた天賦の剣の才。
それが一つ、この場で目覚めたのだ。
「あの子、ユウイチくんが立ちまわっている姿を見ているうちに、敵の動きに目が慣れたんですって。恐ろしい才能よね……」
ビタビタともがき苦しむレッサーダゴンに追撃を加えようとしたレフィーナだったが、敵もさるもの。
今度は顔をイカに変形させ、水流のジェット噴射で彼女の剣撃を逃れた。
同時にイカスミをあたりにまき散らす。
そのイカスミはレッサーダゴンの姿に形を変え、瞬く間に10体ものレッサーダゴン軍団が出来上がった。
「くっ……」
次々と繰り出される水流、突撃、触手を間一髪で躱しながら、徐々に追い詰められていくレフィーナ。
俺も加勢しないと……!
しかしあまりの乱戦過ぎて、氷手裏剣を放てない。
どうする!?
「私に任せるっス!! ふごふご!!」
苦戦するレフィーナの元へとミコトが飛んだ。
口いっぱいにサラナ特製浄化薬試験管を咥えて!
「エンジェル・大回転切りっス!!」
ミコトのやろうとしていることを瞬時に把握したレフィーナが宙へ飛び、上空に気を取られたレッサーダゴン軍団目がけ、光属性の回転切りをぶちかます。
「ぎゃあああああ」
分身全て諸共斬りつけられた敵の悲鳴が遺跡に木霊する。
だが今度はクラゲに頭部を変形させ、切り捨てられた肉体を瞬時に再生した。
これじゃキリがない!
「小賢しい人間と天使どもめが……! だが、この調子ではお前たちの方が先にへばりそうだな!」
再生した肉体をサラサラと撫でて見せながら、ピラニア頭に戻ったレッサーダゴンが嘲笑う。
ミコトもレフィーナも手負いだ。
二人とも既に肩で息をし、ミコトに至っては少しふらついている。
俺に何か出来ることはないのか……!
悪魔とはいえ、魚にしてやられてばっかりでは、釣り人として示しもつかない!
しかし、双剣を失い、氷手裏剣も無効の敵となっては、俺が出来るのは釣具召喚くらいのもの。
だが、あの再生力を前にしては、錘降らしも効果は薄いだろう。
何か悪魔の弱点突ける釣具無かったか……!?
…
……
………
…………あった。
そうだ!
アレが有るじゃないか!
しかも、俺のスキルを抜群に生かせるアレが!!
「釣具……召喚!!」
「ちょっとユウイチくん! こんな時に釣り竿なんか出してどうする気!?」
「どうするって、そりゃもちろん、釣るんだよ……魚を!」
俺は使い慣れたシーバスタックルにルアーをセットし、渾身の力でレッサーダゴンの口元目がけてフルキャストした。
俺の意志に反応し、釣り竿が激しい光を放ち始めた。





