第16話:水没迷宮の釣決戦!
状況を整理しよう。
まず、突然背筋に走る電流。
これは俺達が食った魚由来の効果と思われる。
サルクイダンジョンパーチでも、セグチイトマキエイでも得られたこれは、恐らく地震を予知するスキルではないだろうか。
よく言われる、生物が大地震の前に異常行動を起こすというアレだ。
このダンジョンに棲む水生生物達が地震を利用して生きているとするなら、その予兆を捉えるスキルは必須に違いない。
おおよそ、断層がズレる時に生じる振動や電磁波を感知するようなものだろう。
……ラビリンス・ダンジョンって断層あんのか?
それは一旦置こう。
俺の身体と釣り竿が発光して、僅かな時間ながら、到底獲れないような魚を相手に持ちこたえた。
これは俺のアングラ―スキルの効果だな。
その証拠に、あの現象が起きている間、俺の魔力は猛烈な勢いで消耗していた。
魔力を消費する代わりに、あらゆる魚をも釣り上げるパワーと強度を釣具と身体に付与する能力……か?
それともう一つ、ちょっと気になっていることがある。
もしかして、地震を起こしてるのあのナマズじゃないか?説である。
根拠はある。
まず、このダンジョンに来た時、地震の直前にフロッグリン達が何かから逃げていた点だ。
このダンジョンには、フロッグリンを襲うようなサイズの魚は、あのナマズ以外には見当たらない。
そんな環境で、彼らが地震での落水を過度に警戒するのはおかしいのだ。
しかし、ナマズが地震を起こす直前に発生させる振動や電磁波を感知し、そこから遠ざかろうとしていたとすると辻褄が合う。
それに、ナマズとの距離が背筋に走った衝撃の大きさと関係しているなら、より近距離に迫っていたさっきの方が衝撃をより強く感じるだろう。
あと……なんか昔から巨大ナマズが地震起こすって言うじゃん……?
最早完全に迷信ベースで説を提唱している節があるものの、ここはファンタジー世界の、さらにその中の不思議異世界。
そういった迷信じみた法則が生きていても不思議ではないのだ。
で、これらの推測から導き出されるダンジョン攻略法はいかなるものか?
「よし! 頑張れユウイチ! 食え! 食うんだ!」
「魔力消費を抑えて、腕力を増強させる魔法陣を描きますから! あと食欲増進の魔法陣も!」
俺が魔力回復フードファイターになり、魔法陣の中心で釣り竿を構え、あのナマズを釣り上げて、エドワーズが必殺技で仕留める作戦である。
俺はもう、釣った魚を焼いては食い、焼いては食い、魔力回復のポーションで胃袋に流し込む。
ビビが俺の足元に描いた食欲増進陣により、食っても食っても腹が減る!
腹の張りはかなりキツい!
しかし、おかげで指輪の魔力ゲージは一杯を通り越し、昼の明るさの中でも目に見えて輝いているのが分かるほどだ。
あまりに腹が張って、ルアーをキャスト&リトリーブ出来ないので、ウルトラヘビーショアジギングタックルから、クエ、イシナギ用の超重底物仕掛けに変更し、生きたサルクイダンジョンパーチを餌にした泳がせでナマズを狙う。
しかし、アタリはない。
一度バラしたので、スレてしまったのだろうか。
こうなると厄介だ。
魚によってはショックで数日餌を口にしないこともある。
こんな生活を数日も続けたら、絶対内臓をやってしまう。
奴の食欲が回復するのが先か、俺の臓器が壊れるのが先か、神秘のダンジョンで、あまりにも奇妙な耐久デスマッチが始まってしまった。
////////////////
3重に描かれた魔法陣の中心に俺が寝転がり、ナマズを迎え撃つ……。
全然アタリが来ねぇ……。
そして、腹が減る……。
いや、ビビくんさぁ……。
食欲増進の陣は重ね掛けする必要なかったよね……?
「す……すみません……でももう新しく書き直す魔力無いんです……。ポーションは全部ユウイチさんに飲ませちゃいましたし……」
消そうにも、他の陣と被っていて、迂闊に弄れないらしい。
なんで俺は腹の張りに苦しみながら、腹を鳴らさなきゃいかんのだ……。
「なあ? さっきから全然静かだぜ? ビビッて感じもしないしよ……。これはもしかすると、クエスト失敗が見えてきたんじゃねぇか?」
俺の腹をこんなにしてくれたエドワーズが、無責任にも弱音を吐きやがる。
失敗か成功かで言ったら、こんな化けナマズダンジョン引いちまった時点で8割がた失敗だよ!
そんな声も、喉から出てこない。
喋ると口から出る……。
だが、この状況を何とか打開しなければならない。
何か……何かあのナマズの行動のヒントは……。
………。
……………。
………………………。
あ、そういえば、あのナマズ、魚とかフロッグリンをほったらかして、俺達のボート追ってきたっけ……?
あいつが反応した可能性のあるもの……。
音……。
振動……。
いや、ここまでは餌となる生物達も皆、バシャバシャ騒がしかった。
何か決定的に違うもの……。
……………!!
電気か!?
思い立ったが吉日。
エドワーズに知らせ……。
いや、ダメだ喋ると吐いちゃう……。
(ごめんエドワーズ! 釣具……召喚!!)
俺はエドワーズに謝りながら、たった今思いついた作戦を勝手に実行に移したのだった。
まあ、俺も苦しい思いしてんだから、お前もちょっとは酷い目に遭え、という気が無かったわけではない。
「うおっ!? なんだオイ!! ユウイチこれお前が……うおおおおおお!!?」
何はともあれ、エドワーズの足首を、召喚したロープでバインドし、そのまま水中に引きずり込んだ。
彼の全身には、濡れると発光する集魚灯をわんさか召喚してある。
水で通電させるタイプなので、あれでも十分電気は発生するだろう。
多分……。
「ちょっ!! ユウイチ……! お前! 何やって!」
切り株の下から彼の叫び声が聞こえる。
バシャバシャと水面を撹拌し、同時に激しい音を立てる。
ナマズを寄せる撒き餌としては完璧なふるまいだ。
もう少し……きっともう少しの辛抱だ……! プフッ……。
そんな俺の想いが通じたのか、背筋にビビっという衝撃が来た。
それもかなりデカい!
来てる! 来てるぞ!
「あ゛あ゛―――!! ユウイチ!! アイツが! アイツが来てる!!」
エドワーズの声が悲鳴に変った。
すぐさま俺は彼をロープで吊り上げて救出する。
「いやああああ!! 食われるううううう!!」という悲鳴と、バシャバシャと水面と巨体が叩く音が聞こえ、それと同時に、置き竿へ凄まじいショックが伝わってきた!!
よっしゃ!! 食った!!
当然だが、エドワーズの方ではなく、仕掛けの方にである!
竿を握りしめ、あの力が発現した瞬間を思い出し、意志を強く、強く込める。
この魚を絶対にかけてやる!
釣ってやる!
取り込んでやる!!
「せやあああああ!!」
体が猛烈に軽くなり、視界が青く光り始めた。
分かりやすく、俺は今スーパーフィッシャーマン状態だ。
両足を思い切り踏ん張り、超巨大ナマズのファーストランを耐える。
ジジジジジジジ!!
固めにセットした底物用大型タイコリールのドラグが唸り、糸が出て行く。
釣具と身体が強化されているとはいえ、油断は禁物だ。
いつも通り、冷静かつ、スピーディーにファイトをするぞ……。
糸の先にいるナマズはとんでもない巨体でありながら、今俺の両腕にかかる負担は、いつか屋久島で釣ったイシガキダイのクチジロ程度だ。
いや、「程度」で済ませられる魚ではないが、少なくとも、全力で挑めば獲れないことはないくらいには、俺とナマズのパワーは拮抗している。
釣るぞ!
変な組み合わせながらも、魔法陣で俺を手助けしてくれたビビの為にも!
自らの身を犠牲にして、魚をおびき寄せてくれたエドワーズの為にも! フッ……。
そして、俺達を信じて、自分の名でクエストを受けてくれた先輩の為にも!!
あとミコト! 愛してる!!
渾身の力で竿を保持し、激しい首振りとダッシュを耐えること数分。
ついにこの化け物のファーストランが止まった。
指輪を見れば、まだ2/3は魔力が残っている。
いける……!
いけるぞ!!
ドラグを締め、糸の出を止める。
体が持って行かれそうになるが、飛行スキルの形質変化で体を支えて踏ん張る。
竿はまだまだ十分に余力を残していた。
「ふん!!」
思い切り体を逸らし、ポンピングする。
すると、あのビクともしなかった魚体が動いた!
腕に力を籠め、ゆっくりとリーリングする。
確実にこちらに寄ってきている……!
エドワーズがくれた連撃の腕輪が、俺のリーリングを敵に対する攻撃と判断したらしく、巻き取り速度を倍に引き上げてくれているようだ。
俺とあいつの友情が、化け物を確実に追い詰めているのだ。
胸があちーぜ!
「おい! ユウイチ! 見えてきたぞ!」
俺のとんでもない作戦に利用されながらも、すぐさま状況を把握し、ファイティングポーズをとるエドワーズ。
「はああああああ!!」と唸る彼の周囲で風が渦巻き、緑色の風エレメントが目視できるほどまで魔力が昂っている。
さっき打ち損ねた大技か……。
決めてくれよな!
「エドワーズ! 俺が合図したら、あいつのエラとエラの間を狙って深く切り込め!」
「あい分かった!!」
既にナマズは水面に顔を上げている。
このまま空気を吸わせ、体力を限界まで奪うのだ。
指輪を見ると、もう魔力切れ寸前だ……!
しかし、背後ではビビがなけなしの魔力を使い、俺とエドワーズに強化魔法をかけてくれている。
ここでへばってたまるか!!
俺の想いに呼応したのか、光を失いつつあった竿に、再び強い光が宿った。
まさにパワーを絞り出している感覚だ。
グルグルと回転しながら、抵抗していた巨大ナマズが、腹を見せ、ぴくぴくと痙攣を始めたのが見える。
「エドワーズ!!」
「おう!! グランド! ストーム! スラッシュ!!」
勢いよく飛び上がったエドワーズを猛烈な疾風が包み込み、やがて、それは超高速回転する風の刃となった。
そのまま、俺が指示したナマズの急所目がけて急降下していく緑の回転刃!
ダメだ! 突然暴れ出したナマズが体を捻り、躱された!
しかし、それは水面を斬って突っ走り、今度は低空から急所を斬りにかかる。
一撃目は呆気に取られていた俺だが、今回は仕掛けを操り、エドワーズの狙う射線に魚を誘導していく。
本能的に危険を察知し、バシャバシャと暴れる巨大ナマズ。
俺は……それを上手くいなし……!
直後、青い光が釣り竿から消え、ベキイ!! という音と共に、クエ用の超頑丈な竿がへし折れる。
しかし、俺はまだ諦めない。
残った魔力を振り絞り、リールから伸びる糸を掴んで、飛行スキルを発動させた。
指先一本まで絞った形質変化だ。
瞬間的だが、それでナマズの動きが僅かに鈍った。
「うおおおおおお!!」
俺の最後の抵抗に、エドワーズもまた燃え上がったのか、叫び声をあげながら、ナマズのエラのつなぎ目を目指して突っ込んでいく。
ナマズが尚も体を捻ろうとする。
させるかあああああ!!
血がにじむ指に、最後の魔力をつぎ込み、ナマズの頭をこちらへ向けさせる!
今だエドワーズ! 行けえええ!!
「ユウイチイイイイイイ!!」
「エドワーズーーー!!」
俺達の声が重なり合った時、ナマズのエラにエドワーズの風刃が突き立ち、そのまま深々と裂傷を入れた。
舞い上がったエドワーズが、こちら目がけて降ってくる。
俺はそれを両腕でキャッチ……出来ず!
全身で彼の体を受け止めながらズッコケた。
「ハァ……ハァ…… 取ったぜ……! キーストーン!」
俺の目の前に、あのナマズが持っていた宝玉が突き出される。
あの短い間に的確にコレを切り取ってくるなんて!
コイツ……強いなぁ……。
お互いに荒い息をしながら、悪態をついたり、健闘をたたえ合う。
そうしている内にもダンジョンの景色は歪み、平原のそよ風が頬を撫で始めた。