第15話:水没迷宮 釣能力覚醒
「し……死ぬかと思った~」
「もう駄目かと思いました……」
這う這うの体で辿り着いた切り株の上にへたり込むエドワーズとビビ。
俺もなんか……もう肩とか腕とか超痛い……。
極度の緊張のせいか、全身に凄い力をかけていたようだ。
全員、あまりの恐怖と、「あんなんどうすりゃいいんだ……」感に打ちひしがれ、無言になっている。
シャウト先輩がここ来た方が良かったんじゃねえかな……。
と、言いたくなるが、不思議とその言葉は喉元で止まった。
何となくだが、エドワーズの前で弱気にはなりたくねぇ。
グゥゥゥゥ……
突然、ベースキャンプに鳴り響いた重低音。
とっさにビクッと飛び上がり、ファイティングポーズをとる俺とエドワーズ。
その視線の交差する先にいたのは……。
「す……すみません……。窮地を脱したらお腹減っちゃって……」
顔を赤く染めて頭を掻くビビがいた。
ベースキャンプに設置した水時計は出発から5時間のあたりに達していた。
7時に朝食をとったとすれば、今は12時、昼時だ。
ちょうどいい時間帯ではあるな……。
よし! 昼飯にしようか!
俺はクーラーボックスを開け、セグチイトマキエイを取り出す。
体の上側についた口が、何ともユニークだ。
こいつもまた肉食の魚である。
今も切り株の下を何匹か泳いでいるが、木々の枝から落ちてきたカエルや小動物を、その上向きの口でズボズボと吸いこんでいる。
本当にこのダンジョンの魚は地震に依存してるんだなぁ……。
ラビリンス・ダンジョンは現実に存在するエリア、生物を再現して生成されると言われているが、こんな奇妙な環境なんてこの世に存在するのだろうか?
いつか行ってみたいもんだ。
エイによく塩をまぶしてぬめりを取り、ヒレを切り落とす。
そして、固くて食えない胴体はぶつ切りにして水面へ投棄する。
ボチョンボチョンと音を立てて着水したそれ目がけ、凄い勢いで突っ込んでくるサルクイダンジョンパーチとオオグチキバカガミ。
あら、同族も集まってきてる。
まあ魚は同族食いよくするしね。
不定期の地震を待って捕食活動を行う彼らは、ほんの僅かなエサをも取り逃がさないよう、側線だけでなく嗅覚も発達しているようだ。
ヒレの中にはプチプチとした筋繊維が規則正しく並び、それを上下で二分するように軟骨が走っている。
筋線維を裂かないように、上下の皮を剥いでいく。
頑丈な皮だ。
少し強く引いても破れないので、スルスルと剥けてくれた。
コレ結構綺麗な模様してるな……。
干して取っとくか……。
皮をキャンプの物干しにかけ、身をぶつ切りにする。
繊維のサクサク感と軟骨のゴリっとした感触が何とも心地よい。
ふと、あることが気になり、身に鼻を近づけてみた。
スンスンと軽く嗅いでみる……。
お!
やっぱりそうか!
淡水エイだからアンモニア臭が全然しない!
エイやサメは、体内に尿素をため込み、高濃度に圧縮し、それで海水と身体の浸透圧を保って塩分に適応している。
この尿素が加水分解されると、アンモニアとなってイヤ~な臭いを放つのだ。
加水分解はどんな環境下でも進行するため、釣りたてでもない限り、徐々に臭いを帯びていく。
当然ながら、淡水では浸透圧を制御する必要が殆どないので、尿素を蓄積していない。
つまり、時間が経っても臭いが出にくいのである。
これはなかなかに良い魚をゲットできたもんだ。
余談だが、サメやエイは尿素とアンモニアのおかげで身の腐敗が進みにくい。
山間部や雪に閉ざされる寒冷地において、それらを用いた保存食が世界的に存在している。
アイスランドのバイキングが重用していたサメの常温干し「ハウカットル」
エイを発酵させた韓国の保存食「ホンオフェ」
日本は山陰地方の「ワニ料理」
等々……。
まあ、全てとは言わないが、大体どれも「臭い」は切っても切り離せないということも付け加えておくべきか……。
「何一人ブツブツ言ってんだお前は……」
エドワーズが焚火に木をくべながら言う。
おっと、独り言が過ぎたか……。
エドワーズが起こしてくれた火の上にグリルを召喚し、鍋をかけ、中に水と味噌玉を放り込む。
味噌玉を初めて見るエドワーズとビビは怪訝そうな顔だ。
まあ見てなさいって。
鍋が湧きたつ前にエイに塩を振り、余分な水分を取っておく。
臭みが全然ないので、スパイスの類は不要だろう。
あ、ご飯炊かないと……と、振り返ると、既にエドワーズがブリーム米を水と一緒に竹筒に入れ、焚火にくべてくれていた。
何だお前、相棒かよ。
沸いた鍋にキュっと締まったエイの身を投入し、召喚した紙皿で落し蓋をしたら、そのままじっくりと煮込んで完成だ。
蓋を取れば、上手そうな味噌の香りがフワッと広がる。
セグチイトマキエイの味噌煮込みの完成だ。
「うお!? めっちゃいい匂いすんじゃん!」
「初めて嗅ぐ香りですけど、美味しそうです~」
味噌の匂い初体験の二人は、そのうま味を帯びた香りに、早くも心を奪われたようだ。
取り分けてやると、旨い旨いと、凄い勢いでがっついている。
「お前らホントズルいぜ~ こんなもん食ってさぁ~」とか、竹筒ご飯と一緒に煮汁を啜りながらしみじみと言うエドワーズ。
俺もエドワーズが炊いてくれた飯にエイを乗せ、ホロホロと崩れる身と一緒に、竹の瑞々しい香りが付いた飯をいただく。
むっほ! これ超うまい!
エイの身はホロホロのトロトロだ。
臭みなど全くない。
やや薄めの味噌が、その上品な味を殺すことなく、うま味を際立たせている。
身の塩気が味噌の甘みと一体になって、ご飯に合うこと合うこと!
鍋いっぱいに入っていたエイはあっという間に、俺達の胃袋に収まった。
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「なんかもう、ここにこのまま住んでもいいくらいだぜ~」
等と、酒を飲んで文字通り寝言を抜かすバカを捨て置き、俺は双剣の手入れをする。
ビビは切り株に描いた魔法結界の張り直し中だ。
この結界、何と地形によるダメージを軽減する作用もあるらしく、暑さ、寒さの他に地震の揺れまで軽減してくれるという優れモノらしい。
どうりで昨日の飯時から地震感じないと思った……。
さて……あの化けナマズ……どうやって倒すべきか……。
釣る? 無理だろ……。
罠にかける? 罠を張ってる間に食われないかな……?
いっそ真っ向から攻撃? エサになるようなもんだ。
双剣に映る俺の顔と睨めっこしながら、俺なりに作戦を考えている時、ビビっと、また背筋に電流が走った。
それもかなり強い!!
その数秒後、尻の下がグラグラと揺れた。
おっと! 地震か! しかもデカいぞ!
「魔法結界が不完全なんです! すみません!」
そう言って、テントを押さえるビビ。
ゴロゴロと転がっていくエドワーズ。
おい! エドワーズ!!
危うく水に落ちかけたエドワーズをフロロバインドで拘束し、引き留めた。
「コモモ駄目だ……こんな趣味は無いんだ……!」とか妙な寝言を発するバカを巻き取り、テントのペグに固定しておいた。
地震が止めば、今度は魚たちの捕食ターンである。
一気に活性が上がった魚たちが、落ちてきた餌を必死で食い漁る。
その中に、俺はまだ釣っていない、ダツのようなシルエットの魚を見た。
つ……釣らないと!!
大急ぎでマグロ用のポッパーを付けたショアジギングロッド+4500番のリール+PE5号+フロロカーボン80lbを召喚し、フルスイングする。
テンポよくポッピング&ドッグウォークをさせながら、魚を誘っていると、魚影はスッと逃げてしまった。
あら? 草食系だった?
などと、ポッパーを早巻きで回収していると、突然、あの巨大な口がポッパーを吸い込んだ!
うっそぉ!?
竿が満月のように曲がる!
ドラグが凄まじい勢いで出て行く!
いや! いやいやいや!!
こんなん無理だろ!
全長10mは優にある化け物だ。
獲れるわけがない!
……が。
掛けた魚を前に諦めてかかるのは釣り人のプライドが許さない。
そうだ……俺は生前、シーバスタックルで2.2mのサメを釣ったこともあるんだ。
ちょっと超巨大なくらいで怯んでたまるか!
いっそこのまま釣ってやる!!
そう思い、俺は無謀にも両足を踏ん張り、一瞬相手の引きが緩んだ瞬間を見計らって、思い切りポンピングを行い、ドラグを締めたリールを全力で巻き始めた。
するとどうだ。
竿が、リールが、青白い光を放ち始めたではないか。
いや、ちょっと待て!
なんか俺も光ってる!?
竿の先で岩のように動かなかった魚が、急に軽くなった。
グ……グ……と、ゆっくりではあるが、黒い魚体が近づいてくる……。
突然のスーパーパワーに驚いていると、不意に俺の身体と竿を覆っていた光が消えた。
ベキィ!と音を立ててへし折れる竿と、パアン!! という音と共に、ぶっちぎられる糸。
俺を心配して腰を掴んでくれていたビビ諸共、俺はひっくり返った。
指輪を見ると、俺の残存魔力が盛大に減っていた。
……。
これ……もしかして……新ジョブスキルの効果か……!?