第14話:水没迷宮 水没森林を駆ける
「よーし! 発進だ!」
召喚した小型ボートに二人を乗せ、俺は船外機のエンジンをかける。
「いやちょっと待て! お前これ……何だ!?」
「こんな船見たことないです! コレは何で出来てるんですか……?」
ぱっと見で凄さが分かりにくい釣具に比べ、分かりやすく凄い現代アイテムの登場で驚き、困惑する二人。
エンジンがかかると、その音と、漕ぐことも、魔法を使うこともなく前進を始めたボートに、二人のボルテージはますます高まっていく。
「暗黒大陸で生成される特殊な魔法物質で作られた最新の船でも思ってくれ! あと、コレは気にするな!」
「気にするだろ! 何だよそれ! 都でもそんなん見たことねぇぞ!?」
「これは……魔力炉のようなものですか……?」
ボートの床や側面を叩いたり、撫でまわすエドワーズと、快音を上げて回転する船外機をまじまじと見つめるビビ。
あの君たち……走行中は座って……。
超巨大マングローブ林のようになった水没森林の根をかいくぐりながら、俺の繰るボートは迷宮の中を進んでいく。
波は穏やかで、このまま適当に投錨して釣り糸垂れたいところだが、まあ、今日は我慢だ。
「うわぁ~ なんだか絶景ですね~」
「デカい木の根を船から見上げるってなかなかない体験だよなぁ」
あれだけ騒いでいた二人も小一時間後にはすっかり落ち着き、寝そべってダンジョンの遊覧を楽しんでいる。
……今度はくつろぎ過ぎなんだよな君ら。
「しかし、こう広いとダンジョンのボスの居場所がサッパリ分からんな……」
シャウト先輩の持っていた魔方針は、俺がおいそれと買えるような代物ではない。
俺達は足と、目と、耳、その他の感覚をフル活用してボスの元へ辿り着かなければならないのだ。
超不親切なオープンフィールドゲーやってる感じ。
こりゃ長丁場になるぞ……と、俺がミコトロス対策に彼女から託されたアイテム……一晩彼女の胸に挟んで香りづけされたハンカチを3枚封入した密閉ロックビニール袋を口元に当ててミコトをキめていると、突然、ビキィ!!という衝撃が背筋を走った。
「うおっ!?」
「ひゃあ!! 何ですか!?」
寝転がっていた二人にもその感覚があったのか、飛び起きて背中を摩っている。
この感じ……。
感知スキルに似てるが、少し違う。
思い当たるのは、昨晩食った魚の効能……。
体力と口が開く大きさアップ以外の何かが俺達の身体に作用している可能性が高い。
謎の感覚に遅れること1分ほど、今度は「ドーーーン!! ゴオオオ……」という音がダンジョンに響いた。
「気を付けろ! 何か起きるかもしれない!」
二人に警戒を促し、目をつぶって感知スキルに神経を集中する。
……
……
……
!!
ノイズ交じりだが、複数の気配が前方から凄い勢いで迫ってきてる!!
「エドワーズ! ビビ! 前だ! 前方から何か来るぞ!」
「言われなくてももう見えてる! フロッグリンの群れだ!! くっ! アレを使うしかねぇ!!」
「きゃあああ!! もうあんな近くにいいいい!!」
俺が目を開いた時既にフロッグリン軍団は10mとない位置まで飛んできていた!!
ひいいいいいい!?
……ん?
「エドワーズ! ちょっと待て!」
「ひゃぃん!!」
「グランドォォォォ……!!」と、何やら凄い大技を放とうとしていたエドワーズの脇腹を両側からキュっとやって制止し、伏せさせる。
伏せた俺達の頭上を、ビュンビュンと飛び越えていくフロッグリンの群れ。
やっぱり……。
俺達に敵意が全く向いていないので、妙だと思ったんだ。
このダンジョンに来て直ぐの時もだが、フロッグリンたちは俺達へ敵意を向けていない。
温厚な群れで構成されたコミュニティなのか、もしくは俺達に構う暇などない程重要な事態……それ即ち最高に美味なエサとか、恐るべき天敵とかが存在するか、もしくはその両方である。
「ケケケケケケーーー!!!」
「きゃああああああ!!」
突然ボートが激しく揺れたかと思うと、ビビの目の前にフロッグリンが仁王立ちになっていた。
思わずエドワーズの脇腹を摘まむ手に力が入り、俺が組み敷く彼の身体がビクンと跳ねる。
やばい!! やられる!!
そう思った途端、フロッグリンが彼らの跳んできた方を「ケッ! ケッ!」と指さした。
指した先では、巨大な水柱と、そこから飛び出た真っ黒い物体の大口に飲み込まれていくフロッグリンや魚たち……。
指さしていたフロッグリンは「ケッ!」と喉を鳴らして跳び去って行った。
あ、これはご丁寧にどうも。
俺は二人の腕を掴むと、テレポートを……。
!?
発動しねぇ!!
俺は慌ててエドワーズの上から飛び退き、ボートを急速回頭させる。
くっそー! 何でテレポートできないんだ!?
こんなことなら船首にエレキも召喚しとくべきだった!!
ボシュー! ボシュー!
という、激しい吸い込み音を背後に聞きながら、俺はボートを全速で突っ走らせる。
なるべくアレが入れないような根の隙間を通り、巨大切り株へ急ぐ。
所詮は小型のフィッシングボート。
速度は大して出ない。
サメ映画やらワニ映画やらでモンスター相手に駆け回るモーターボートのような立ち回りは無理だ。
ずっと後ろから、「バキバキ!」「メキメキ!」という音が聞こえ、あのデカい奴が追ってきているのが分かる。
感知スキルもギンギンだ。
何でこっちに来るの!?
食いなれたフロッグリンとか魚とか食えばいいじゃん!!
「ユウイチ! 来てるぞ! 段々近くなってる!!」
「分かってる!! 感知スキルで頭割れそうだ!」
とにかく狭い方へ、狭い方へと走り、敵の泳力を落としていく。
切り株の周りは広い水域だ。
あそこにたどり着くまでに差を広げていないと、追いつかれて丸呑みにされちまう!
狭く……!
狭く……!
「うっ!!」
その焦りが招いた致命的なミス。
俺はボートがギリギリ通れない隙間に突っ込んでしまい、挟まって身動きが取れなくなってしまったのだ。
「ゆ……ユウイチぃ!!」
「いやああああ!! 来てます! 来てますよ!!」
衝撃でひっくり返った二人が悲鳴を上げる。
振り向けば、黒い、ツルンとした魚体が、幅10mは有ろうかという大口を広げ、突進して来る!!
エドワーズは咄嗟に、先ほどの大技を繰り出そうと剣を構え、詠唱をしているが、絶対に間に合わない!
ビビはもう「お母さ―――ん!!」と泣き叫ぶだけだ。
テレポートは……ダメだ! 発動しない!!
口が……もう目の前に……。
そんな中で、咄嗟に俺の口をついて出て来た言葉は……。
「な……ナマズ!!」
この危機的状況でミコトのこととかシャウト先輩のこととかではなく、魚の名を叫んでしまう釣り人の性を呪いながら、俺は何とも締まらない死の覚悟を決めた。
「「「「「「「ケケケケケケケーーー!!!」」」」」」
鼓膜が破れるかのような轟音が頭上から響く。
今度は何だ!!?
次の瞬間、トゲの付いた物体が巨大ナマズの上に降り注いだ。
その物体は、ナマズの体表にぶつかった途端、パン!と弾け、ジ!という音を立てて発光する。
ジジジジジジジジジ!! という音がナマズの当たりを包み、黒い巨体は身を捩じらせて苦しむ。
やがて、ナマズはくるりと向きを変え、もと来た道を泳ぎ去って行った。
上を見上げると、無数のフロッグリン!
よく見れば、木の葉で作られた球体も多数並んでいて、ここが彼らの集落ということがよく分かる。
助けて……くれたのか……フロッグリン……?
「「「「「「「ケケケケケケケーーー!!」」」」」」」
「痛てててて!!」
「いやーん!! 一難去ってまた一難ですー!!」
今度は俺達目がけて固い木の実が降りそそいだ。
やっぱりそうだよね!!
縄張りに入ってごめんなさーい!!
俺はボートを即時後退させ、彼らの集落からそそくさと退散した。





