第13話:水没迷宮 サルクイダンジョンパーチの串焼き&出汁茶漬け
俺が暢気に釣りをしている間に、エドワーズは周囲の偵察とキャンプの設営を、ビビはキャンプを守る魔法結界を作っていた。
いや~……なんか申し訳ないなぁ……。
「そう思うんなら早く飯作れ」
「私もうお腹ペコペコです……」
へい……。
飯炊き係雄一、頑張ります……。
俺はエドワーズが起こしてくれていた焚き火の上に、3段式のグリルスタンドを召喚し、その下に同じく召喚した飯盒をかけ、ブリーム米を炊く。
その間に……。
どーれーにーしーよーうーかーなっと……。
よし、今日はサルクイダンジョンパーチにしよう。
活〆、内臓取り払い済みの、1mを優に超える立派な魚体を切り株の上に転がし、鱗を取り、三枚におろしていく。
おお、飴色がかった立派な白身じゃないか。
氷包丁で薄く切った刺身を直火でサッと炙り、塩をまぶして食べてみると、うん! 旨い!
淡水特有の匂いはあるが、うま味が強く、脂もしっかり乗っている。
これは余計な味付けいらねぇな……。
身を皮ごと一口サイズに切り、鉄串に刺していく。
味付けは塩と少々のハーブだけだ。
こういう白身には、南洋迷宮の塩がピッタリなんだが……。
生憎持って帰りそびれてしまったので、今回はバーナクルの塩を使うとしよう。
グリルの中段にその串を並べ、遠火の強火でじっくりと魚を焼いていく。
これにより脂が適度に落ち、また、滴った脂が身を燻す、それが香ばしさをアップさせると同時に、臭みを消してくれる。
直火焼きならではの醍醐味と言えよう。
この脂による燻しは、当然といえば当然だが、焼く魚の数が多ければ多いほど効果的に発生する。
目黒のサンマイベントで振る舞われるサンマが家で焼くそれより旨く感じるのはそのためだ。
無論、それは大型魚の身を纏めて焼いても同じように発生してくれる。
パチパチと燃える焚火の熱を浴び、早くもしたたり落ち始めた脂の煙がたまらなく香ばしい匂いを辺りに振りまき始めた。
「おうおう……旨そうな匂いだなおい! ちょっとつまみ食……痛ぇ!!」
いい匂いに釣られてやってきたエドワーズが、生焼けの身を摘まもうとしていたので、その手を菜箸でピシリと叩いてやった。
俺が炊事をする以上、完成するまで口にするのは許さん!
ていうか、猿食ってる魚だし、しっかり火通さねぇと寄生虫とか怖いしね……。
「ユウイチさんのパーティーってクエスト行くたびにこんな豪勢なご飯食べてるんですか?」
俺の召喚したキャンプグッズを興味深そうに見つめながら、ビビが尋ねてくる。
知らない間に、皆で火を囲み、魚の燻し香を楽しむ輪が生まれていた。
「そうなんだよコイツら! 羨ましいよな!」
エドワーズが俺の背中をバンバン叩きながら代弁しやがる。
「流石に毎回は食ってねぇよ! 良い釣り場に恵まれた時だけさ」
「それ差し引いてもいい野営してるぜお前ら? ヤゴメの時も思ったけどさ」
「そう言えば! 先輩達かの有名なヤゴメを撃破したんですよね! 私その時のお話聞きたかったんです! どんな敵だったんですか!?」
「アレはユウイチがなぁ……」
そう言って、知らない間に手に取った酒ボトルをクイっと傾けるエドワーズ。
あ、この野郎、後は上げ膳据え膳で寝る気満々だ!
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遠火の強火……。
肉厚のサルクイダンジョンパーチの身に火が通るまで、ざっくり30分を要した。
しかし、その間、会話は弾み、先輩コンビの何とも噛み合わない感に不安を覚えていたビビも、だいぶ慣れたようだ。
「かぁ~! 超旨ぇな!! お前とクエストするとコレがあるからやめられねぇなぁ! なぁ!」
そしてすっかり出来上がったバカが、ひと串3切の肉厚塩焼きを一気に頬張りながら、俺の肩に手を回し、グリグリと頬を押し付けてくる。
「だー! 鬱陶しい! 暑苦しい! ていうかオメェそんな邪な考えで俺誘ったのか!」
「んな訳ねぇだろ~ お前と一緒にいると楽しいんだよ! なあ!」
「え……ええ……そうですね……」
ようやく慣れたビビを早くも引かせるなよバカ……。
普段生真面目な分、少しハメを外し過ぎる節があるんだよなぁお前は……。
まあ、冒険者向きといえばそうなんだろうけど……。
「本当に美味しいですねコレ。私達のパーティーには、まだまだ食べ物まで気を配る余裕が無くて……」
こんがりと焼けたパーチの身をハムハムと頬張りつつ、ビビが愚痴をこぼす。
イケイケのレフィーナと負けず嫌いのタイドがバンバンクエストを回すので、実力はいやがおうにも付くし、装備も充実していく。
貯金も冬ごもり後からグングン増えてきて、夏ごろにはあの岩窟部屋から街の下宿街へ引っ越せる予定らしい。
ただ、そんな中で、生活とクエストのアンバランスが生じているようだ。
「そりゃ~良くないなぁ! ウチもそれが遠因になってメンバー一時離脱しちゃっててさぁ……。マ~ビ~……早く帰って来てくれ~」
既に横になってウダウダ言い出したバカは捨て置き、ビビの愚痴につき合うことにする。
「俺はどっちかというと、そういう努力と根性で一気に駆け上がる!とかには否定的な立場をとってるけどさ」
俺はぶつ切りにして塩をまぶしておいたパーチの頭をグリル最下段に置いて、近火の強火にかける。
「君のパーティーは今ここでしっかり頑張るべきだ」
返ってきた言葉が意外だったのか、ビビは眉をピクリと動かした。
「まぁ~……俺が偉そうに言うのも何だけど、駆け出しの時期には絶対立ち止まっちゃいけない時っていうのがあるんだよ。そこでコケると、俺みたいに凄い先輩の庇護下に入らないとやってられないような立場になる」
「……」
「シャウト先輩の一党はいいところだけど、人の下に付くと自分だけの都合ではなかなか生きられなくなっちゃうからさ。住居を確保して、パーティーが手分けして中級クエストこなせるくらいになるまでは頑張るべきだよ。そこに転がってるバカみたいにさ」
グーグーと寝息を立てるエドワーズ。
本人の前で言うと調子に乗るので言わないが、俺は彼に少し憧れを抱いていた。
今回の一件で顕著に表れたが、どうしても二つ名持ちの一党メンバーという肩書は、俺の動きを縛ってくる。
自分達だけで戦えるように頑張ってきたエドワーズパーティーは、ランプレイにバーナクル、カトラスにインフィート、さらには大陸中央方面へも遠く足を延ばし、好きなようにクエストをこなしている。
思えば、あのヤゴメ辺りが分岐点だったかもしれないなぁ……。
そんなことを言いながら、俺は焦げ目の付いたパーチの頭を火から下ろし、鍋に入れて水から煮立たせ始めた。
「なんていうか……先輩達の関係って……素敵ですね……」
「んあ!?」
今度はビビが意外な言葉を返してきたので、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だって、エドワーズ先輩はユウイチ先輩のこと本当に尊敬してるって言ってましたし、ユウイチ先輩はエドワーズ先輩に憧れてるわけじゃないですか……。コレがコモモ先輩の言っていた“キテル”状態なんですね……」
アイツは何を布教してんだよ!!
いやあのね……君さぁ……。
俺が伝えたかったのはそういうことではなく……。
「いえ! 先輩の仰ることは痛いくらい胸に刺さりました! 今はまず、一人前の冒険者になれるよう邁進します!」
そう言いながら、ノートに凄い勢いでメモを取っていくビビ。
「一人前になるまでは突っ走る」「ライバルを見つける」「ユウエド……」とか口に出しながら……。
何か変なことまでメモ取ってない……?
そうこうしているうちに湯が沸いたので、エドワーズを起こし、最後の〆にと、皆でパーチの出汁茶漬けを食べた。
酔いが醒めかけのバカが「はぁ~沁みる……。ユウイチ~お前毎日飯作りに来てくれよ~」とか抜かしたので、後ろのお腐れ2号が恍惚とした表情で「はぁ……キテル……」とか言い出した。
やっぱ、俺は変にカッコつけたこと言わない方がいいのかな……。