第12話:水没迷宮 地震の森の魚たち
激しい地震は幾度か続いた。
その度に、辺りの木々からはカエルやネズミの類が、頭上からは木の実やサル、鳥の卵などが落下してくる。
そして、それらを狙って水面に集まってくる魚たち。
この地震が突然の災害ではなく、生態系に組み込まれた自然現象であることがよく分かる。
ていうかこのダンジョンの上はどうなってんだ……?
そんなことを考えつつ、召喚したるはサーフ用シーバスロッドに、4000番のレバーブレーキ付きスピニングリール+PE5号+フロロリーダー8号。
かなりゴツめのセッティングだが、眼下で水柱を上げる大型魚達を見れば妥当なハードタックルだろう。
装着するのは、ブラックバス用のビッグクローラーベイトだ。
水面に落ちて暴れるベイトを意識した魚たちにはピッタリだろう。
ロッドの胴にしっかりとウェイトを乗せ、ゆっくりと、かつ力強くフルキャストする。
「ボシュン!」という大きな音を立てて着水するクローラー。
よほど食い気のあるときでなければ、この音だけで辺りの魚は一目散に逃げてしまうものだが、やはりこのダンジョンの特性か、様々な形状の魚影が凄い勢いでルアーめがけて群がってきた。
糸ふけを取って、リトリーブを始めると、何種かの魚は興味を失って散っていき、残った魚は狂ったように水柱を上げて激しいバイトを始める。
見る間に、ルアーが水面からドボンと消し込み、竿が凄い勢いで曲がった。
アワセと同時にレバーブレーキの逆転をオンにし、ラインを送り込む。
重厚感のある引きだ。
だが、さほど大きくはないな。
最初のランが収まったのを見計らって、レバーブレーキをかけながら、魚の抵抗力を奪っていく。
やがて水面にタイ型の魚が浮かんできた。
80㎝くらいか……。
落とし込みギャフを使い、魚を切り株の上に引き上げる。
ほぉ! コレはなかなか面白い体形の魚だな!
イタキンメやカガミダイに似たシルエットだが、口の位置がかなり上にあり、目と口がほぼ同一線上に並んでいる。
平たい頭は、ボラのように水面直下を泳ぐのに適しているのだろう。
口には鋭い歯が並び、それでいてかなり大きく開く構造だ。
側線は5本もあり、髭まで生えている
獲物を水面で待ち構え、落水した生物の振動を側線で捉え、髭で位置を確認したら食らいつく……。
そんな生態をしているに違いない。
試しに腹を裂いてみると、中からは未消化のカエルや、小型哺乳類のものと思われる骨が出て来た。
そのまま神経締めして、クーラーボックスに放り込んでおく。
丁度エドワーズが「いや~! こりゃキツいぜ!」と言いながら、這い上がってきた。
見れば、全身ずぶ濡れだ。
コイツ泳いできたな……。
「浅瀬も、道も何もねぇし、エリアもどう分かれてるのか全然分からねぇ! 攻略出来る気がしねぇぞ!」
服を絞りつつ、落ちてきた枝で火を焚き始めるエドワーズ。
「俺船出せるから、それで探索しようか?」
「うおぃ!! そういうのは早く言えよ!! ていうかお前飛べたろ! ひとっ飛び見回るとかさぁ……」
「いや、ここは水が支配するダンジョンだ。まずは水の環境、そして魚の生態を把握したうえで、万全の準備をしてから挑むべきだと思う。例えばこの魚は水面に落ちた生物を捕食するために特異な進化を遂げているわけだが、こういった特性を持った魚型の魔物がボスだった場合、迂闊に水面を動いたり、その上を飛ぶのは危険だと思う」
「……そう言われると何も言い返せねぇな……」
「いや言い返しましょうよ!?」
屁理屈を並べられると弱いエドワーズだ。
ビビがツッコミを入れるも、「まあ、ユウイチに少し任せてみよう」と言い出し、キャンプの設営を始めてくれた。
君は本当に詐欺とか気を付けないとダメだぞ……。
後ろから聞こえる「大丈夫かなぁ……」というビビの呟きをスルーしつつ、俺は釣りを続けた。
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このダンジョンの魚は面白い奴ばかりだ。
ビッグクローラーでは、先ほどのオオグチキバカガミ(俺命名)を筆頭に、俺の頭が入るのではないかというくらいに口が大きく開くスズキ型の大型魚「サルクイダンジョンパーチ」(俺命名)や、口が背中側についているマンタ「セグチイトマキエイ」等の肉食大型魚が次々に釣れた。
ルアーを動かすと逃げていく魚たち、それ即ち木の実などを食べていると思われる魚を狙って、ベイトポッドを投入すれば、以前モーレイ川で釣った「ハーマレット」によく似た大型魚が釣れて来たし、カトラスのマリクイアゴダイの近似種と思しき魚も釣れた。
瞬く間にクーラーボックスは魚でいっぱいである
「おーい! ユウイチ! そんなに釣っても食いきれねぇぞ!」
と、後ろからエドワーズが叫ぶので、次の一投で終わりにしよう……。
ちょっと残念だが……。
ベイトポッドに砕いた木の実を詰め込み、キャストする。
落下音に反応した魚たちがワッと集まってくるので、ルアーを動かさずにステイする。
すると、肉食魚達はサーっと引いていき、草食系の魚影が入れ替わりでやってきた。
その中から一匹、ナマズのようなシルエットがルアーに寄ってきたかと思うと「ヂュ!」という音と共にベイトポッドに食いついた。
竿の先端がグニャリと曲がる。
あんまりデカくはないな……。
グネグネとナマズ特有の面白い首振りファイトを見せてくれるが、このタックルを唸らせるにはちょっと役者不足だ。
さっさと取り込むべしと、一気に足元まで寄せれば、うん、やっぱそんなにデカくなかった。
40㎝くらいなので、ギャフは使わず切り株の上へと抜き上げる。
……ん!? コイツは!?
「へぇ! こんな魚初めて見たぜ」
「変わった魚ですねぇ。お口が随分特徴的です」
切り株の中央にキャンプを設営し終えたエドワーズとビビが、釣り上げた魚を見物に来る。
口々に「見たことがない」「変わった魚だ」と言っているが、俺はこいつに見覚えがあった。
この魚、体の形状はやや太めのナマズそのものだが、その口は、まるで鳥の嘴のように尖り、その内側には細かな歯が無数に生えている。
コイツ……ミコトが天界でデザインしてた「ミコトナマズ」そのものだ……!