第8話:目覚めよ アングラ―
ある日突然力が目覚める……。
男児たるもの、二度や三度はその類の妄想に耽るものだ。
俺もそういう時期はあったし、高2辺りで卒業もした。
だがしかし、2度目の命を受けたこの世は剣と魔法のファンタジー。
そういうことが数多起きる世界である。
「アングラ―……そりゃそうだけどさ……」
ジョブスキルの成熟度合いを確認するべく、例の真実の口のような鑑定機に手を突っ込んだところ、プレートが2枚吐き出されたのだ。
見慣れた「トリックスター」のプレートと共に出てきたそれには「アングラ―」の文字。
アングラ―、即ち釣り人である。
俺は突然、聞いたこともないジョブスキルに目覚めてしまったのだ。
「二つ目のジョブスキルが開眼することはそれほど珍しいことでもねぇぞ?」
と、特に驚くでもない様子の先輩。
小難しい説明を省くと、ジョブスキルとはジョブ(俺の場合は“冒険者”)に対して有効に働く才能のこと。
生まれ備えたもの(俺の場合はトリックスター)以外にも、学習や成長によって趣味や特技が第二、第三のジョブスキルとなって開眼することがあるのだ。
それこそ名を遺すような強豪、二つ名持ち冒険者などは複数ジョブスキル持ちがデフォらしい。
「先輩もいくつか持ってるんスか?」
「ん……ああ。アタシはスカウトと……アサシン……とかだな」
「え? 先輩そんな大人しいジョブスキルだったんですか!? らしくもない……」
スカウトやアサシンは隠密系のジョブスキルで、スピードや消音性に優れるが、攻撃力や防御力に乏しい。
それであの戦闘力……。
一体どれほどの努力を経たのか、計り知れない。
「……。ま……まあな」
あれ……?
俺今ちょっとからかったつもりなんだけど……。
ビリビリチョップ一発二発くらい食らうかと思ったが……。
体調でも悪いのかな?
////////////////
開眼したジョブスキルは、体内の魔力を介して俺の能力に様々な影響をもたらす。
今俺の身体に宿る「トリックスター」は、運、スピード、知力を中心にバフをかけ、咄嗟の判断力や、魔法の応用を助けてくれた。
が、この「アングラ―」というジョブは一体どんな手助けをしてくれるのだろうか。
釣りに対して良い影響を与えてくれればいいのだが……。
前例をギルドに問い合わせてみたものの、「聞いたことがない」そうだ。
「ま、分からねぇなら試すしかねぇだろ。お前の特技にゃ何かと助けられてるからな。効果を把握してからでもダンジョン攻略は遅くねぇ」
ということで、俺とミコト、シャウト先輩はデイス近郊の用水路で釣り糸を垂れている。
準備の段階で気づいたのだが、釣具召喚で消費する魔力が極端に減少していた。
だが、魚影を察知したり、魚の食い気が分かったりとか、そういうのは全くない。
まあそれは別に構わない。
魚の動向が読めてしまっては、かえってつまらないというものだ。
「あ! 来たっスよ! 私が一番乗りっス!」
ミコトの竿がクイっと曲がり、小ぶりなボニートゴイが上がってきた。
どうやら魚が俺の仕掛けを優先して食ってくるとかでもないようだ。
無論、これも構わない。
謎の力で魚が食ってくるなど、面白くもなんともない。
いや、いいんだけどさ……。
んじゃ、このジョブスキルの効果ってなに……?
困惑と落胆に見舞われつつも、俺の竿に伝わった魚信を捉え、アワセを入れる。
竿がギッとしなり、重厚感のある引きが伝わってきた。
だが、特にファイトの感触も変わらない。
「どうだ? 変わったことはあるか?」
先輩が期待を込めて話しかけてくる。
「いえ、殆ど何も……」
先輩に返答しつつ、ボニートゴイをいなし、タモ網で取り込んだ。
色艶のいい、よく太った旨そうな魚だ。
魚を持ったら、その種の詳細や効能が分かるとか期待したんだが、それも無いようである。
うーん……。
どうやら釣具召喚の魔力負担が大幅に軽くなる以上の効果が無い、微妙ジョブスキルらしい。
便利なのには違いないが、なんか拍子抜け……。
あ、でも、もう一個思い当たる効果があるな。
「ま! そういう効果が目に見えづらいジョブスキルだってあるさ。無いよかよっぽど良いだろ?」
と、先輩が俺を慰めるように肩を叩く。
反対側からミコトもポンポンと肩を叩き、ムニムニと身体を寄せてきた。
いやミコト、ここは嫉妬するような場面じゃないぞ。
昼になったので、飯でも食おうかということになり、キャンプ道具を召喚してミコト用の簡易キッチンをこしらえた。
当然だが、この召喚の魔力使用量は減っていない。
本当に釣り専門の補助スキルなんだな……。
「今年からはコレがあるっス! 私たちのご飯は味わいを増すっスよ!」
手早くコイを捌き、持って来た根菜と一緒に煮こみつつ、ミコトが取り出したるは茶色い球体。
シャウト先輩は「ドロ団子か……?」と、訝し気にそれを見つめている。
「お味噌っス! 私たちの出身地の調味料で、お豆を発酵させて作るんスよ」
「ほえ~……お前らの里は相変わらず変わったもん食ってんな」
ついに完成した自家製味噌で作った、所謂味噌玉だ。
乾燥野菜やナッツ等を味噌でギュッと握り、携帯食にしたものである。
ミコトが鍋に味噌玉を投入すると、フワッと、味噌の甘辛い香りが広がった。
あ……! めっちゃ懐かしい香り……!
どうしよう、ちょっと涙腺が……。
「へぇ! 旨そうな匂いじゃねぇか!」
怪訝そうな顔をしていた先輩も、その香りに思わず身を乗り出してきた。
コイの身に十分火が通ったところで、3つの器に「コイこく」がよそわれる。
魚醤でソレっぽく仕上げたものではない。
味噌で煮た真のコイこくだ。
「うわぁ~! これめっちゃ美味しいっス!」
3人での「いただきます」を待たず、ミコトは一人さっさと“味見”をしてしまう。
おい! ズルいぞ!
俺と先輩もそれに釣られるように、器の中のコイを口に運ぶ。
「うお! こりゃ旨ぇな!! いい香りだし、塩気も丁度いい……。それと、味に余韻が有るじゃねぇか。前に食ったのより数段旨いぜ」
ほほう……こりゃ確かに……。
どうしても独特の風味が出てしまい、臭みを消しきれない魚醤での味付けと違い、味噌は臭みをしっかりと消し、それでいて食材の味を殺さない。
この味……懐かしい……懐かしいなぁ……。
滋賀に姉さんと旅行に行ったとき食べたっけ……。
おっと……危ない。
いよいよ涙腺がやられるところだった……。
アレを試さねば……。
「先輩、ちょっとコレ、付けてもらえます?」
俺の指に嵌っていた指輪を外し、先輩に差し出す。
「へぇあ!?」と、ミコトが素っ頓狂な声を上げるが、一先ずスルー。
だってコレが一番手っ取り早いんだもん。
「別にアタシにはこんなもん無くたって……」
と言いつつ、手を伸ばす先輩。
その人差し指に、俺はそっと指輪を嵌めた。
背後から「ふぅ……」と、安堵するような声が聞こえてくる。
ミコト、君のヤキモチスイッチがイマイチ分からないよ……。
気を取り直し、先輩に向き直る。
「どうですか? コレ多分、もう一つのジョブスキルの効果っすよ」
「ほう……」
先輩の細指にかけられた指輪には、バフを示す光のラインがチカチカと点滅していた。