第5話:南洋迷宮 罠とマルドリ
南洋迷宮には昼夜がない。
さんさんさんと照り付ける日差しは、時折雲やスコールに遮られこそすれ、俺たちの肩に降り注いでいる。
ただ、俺たちはそんな中、木を切ったり、セイリーンツリーを曲げたりと、普段でもキツいような重労働を行っていた。
先輩が切った木をミコトが運んで、俺が召喚した高強度ワイヤーで放射線状に縛り、さらにそれと立っているセイリーンツリーを結びつける。
「お前らが魚食ってバフかけてるってのは知ってたが、まさかこんなに顕著な効果が出るもんとは知らなかったぜ!」
先輩が軽やかに宙を舞い、木々をスパスパと切り倒しながら笑った。
俺が釣り、皆で食べたあの料理。
ラビリンス・ヘダイの効能によって、俺たちの身体は今、このダンジョンの気候に馴染みに馴染んでいる。
特に暑がりのシャウト先輩にそれは顕著に表れていた。
先輩の頬を伝う汗は目に見えて減っており、血色は良好。
彼女の四肢を迸る稲妻は眩く輝き、雷刃、雷鞭はいつにも増して切れ味抜群だ。
恐らく、ラビリンス・ヘダイの効能は暑さ耐性付与。
指輪や先輩の様子を見るに、魔力と身体能力を一時的にブーストする作用もあるようだ。
魚を釣り上げて食うと、その魚種によって様々な身体強化を受けることができるというのは、これまでの経験で重々承知のこと。
だが、一つ妙なことがあるのだ。
釣魚を食って得られるバフ作用は、それを仕留めた者に特に強く発現し、それ以外の者には控えめに現れる。
しかし今回はどうだ?
俺もミコトもシャウト先輩も、全く同じ効果を得ているのである。
ミコトの指輪を見せてもらったが、増加した魔力量も全く同じだった。
これは一体……?
「おい! ユウイチ! ボーっとしてねぇでさっさと縛れ!」
「は……はい!」
深く考える暇も、検証する暇もなく、俺は先輩の怒号交じりの指示に従って、聳え立つセイリーンツリーを複数の極太ワイヤーで無理やり曲げて固定する。
最後に、放射線状に並べられた木の中心に海岸で拾った魚の死骸を設置して、俺達はエリア隅の木陰に身を潜めた。
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さて、この迷宮の主、巨大ヤドカリだが、その外見や特徴はミコトの持つ魔物図鑑に載っていた、コマのように回って穴を掘る甲殻魔物「フレイミット」に類似している。
腐肉食の彼らは人を積極的に襲うことは滅多に無いが、生息地の南方では彼らが掘った穴で怪我をしたり、田畑を荒されたり、井戸を海水汚染したりする上に、その頑丈な貝殻で生半可な武器は弾いてしまうことから、大変に忌み嫌われているらしい。
それを現地ではどう倒しているのか?
罠である。
俺達が作った罠は、図鑑に載っていた現地の仕掛けを参考にしているのだ。
罠の中心に置かれたエサを食った瞬間に仕掛けのロープを解き、立っている木のバネを利用して罠を逆三角錐の形に跳ね上げる。
するとヤドカリはその中に挟まれて行動不能となるので、すかさず下から火で炙り、壺焼きにしてしまうのだ。
足を器用に使って回転している彼らは、踏ん張れる地面を失った途端に何も出来なくなってしまう。
それを考えると、なるほど合理的である。
俺達が作った罠は、それをさらに大型化したものだ。
問題を1つ挙げるとするならば、このダンジョンのフレイミットは、サイズが図鑑に載っていたそれの5倍近いということくらいだが……。
「大丈夫っスかねぇ……?」
息を殺しつつ、ミコトが不安げに罠を見つめている。
「とりあえずやってみるっきゃねぇだろ。戦う度に塩まみれにされてたら体も武器も持たんしな。お前ら帰ったら防具も剣もしっかり手入れしとけよ?」
先輩が鼻を擦りながら応えた。
あの塩ミスト浴はよほど体にキたようだ。
「これ、どれくらい待機すればいいんでしょう……」
ワイヤーを出せる時間は永遠ではない。
巨大な木を曲げる程の張力で貼っている分、いつもより魔力の消費が激しい。
丸一日待機などと言われたら、恐らく倒れてしまうだろう。
「それはあのデカヤドカリ野郎に聞いてくれ」
「ですよね~……」
感知スキルには何の反応もない。
別のエリアにいるようだ。
「あ! 何か来たっスよ!」
見張りを続けていたミコトの声に、緊張が走った。
俺はすぐシャウト先輩に双眼鏡を渡し、ワイヤー解除の合図を待つ。
「あ……あれは……!!」
先輩が驚愕の声を上げる。
同時に「ユウイチ、ちょっと待機してな!」と言い残し、雷光を足に纏ってすっ飛んでいった。
「なあミコト! 何がいるんだ?」
「えーっと……」
気まずそうに言葉を濁すミコト。
ただ、答え合わせはすぐにやってきた。
「おい! めっちゃ丸くて超可愛い鳥捕まえたぜ!!」
と、デカい声が茂みの向こうから飛んできたのだ。
あっと……手が滑って……。
「おわ―――!!」
ガサガサ!と木々が勢いよく跳ね上がる音が聞こえ、同時に先輩の悲鳴が響き渡った。
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「……悪かったよ」
真ん丸の鳥を膝の上で転がしながら、先輩が決まり悪そうに言う。
この人は丸っこい小動物に目が無さすぎる……。
「でもこの子めっちゃ可愛いっスよぉ~。あら小さな羽根……飛べない鳥みたいっスね」
見張りが途切れてるぞミコト……。
まあ確かに……丸っこくて可愛いけどさ……。
見た目はキウィっぽく、黒くて円らな瞳に、歯のような返しがある短い嘴。
かなり原始的な特徴を持った鳥のようだ。
「ヂヂ! ヂヂヂ!」
体を震わせて鳴くマルドリちゃん(先輩命名)。
鳴き声はあんまり可愛くねぇな……。
先輩の手を逃れると、地面にぺシャリと伏せ、キョロキョロと首を回して周囲を見渡し始めた。
「お? どうした?」と、先輩が聞くと「ヂヂ!」と低く押し殺したような声で応える。
「何かに警戒してんな……。ミコト、見張りを厳重に頼む」
「了解っス」
マルドリは、この環境における弱者だろう。
大体、そういった生物は外敵を感知し、隠れたり逃れる術を備えているものだ。
それは時に人類の編み出した魔法やスキルをも上回る。
俺の感知スキルでさえ感知できない、何らかの変化をマルドリは捉えたに違いない。
「来たっス」
ミコトの冷静な声が静かに響いた。





