第4話:南洋迷宮 ラビリンス・ヘダイの葉包み塩釜焼
「う゛ぇ……うお゛っぇえ!! あ゛~……クソっ……」
茂みの奥で先輩が唸っている。
一応、部下に格好の悪いところを見せまいとの配慮なのだろうが、なにぶん声がデカいので丸わかりだ。
「雄一さんも大丈夫っスか?」
「あ゛あ゛。だい゛じょ゛う゛ぶ」
「全然大丈夫そうに聞こえないっス……」
ヤドカリ魔物のローリングで刺激された、辺りの木々が放った霧と見まごうレベルの塩大粉塵を食らい、俺とシャウト先輩は目と鼻と、口と、その他、体中の粘膜部分に大ダメージを負った。
この南洋迷宮において、極めて反映している細く、長い、ヤシの木のような大木たち。
名を「セイリーンツリー」というらしい。
シャウト先輩も文献で流し読みした程度とのことだが、遥か南方の諸島群に自生する、海岸線の海水を吸い上げ、塩と水を分離させ、表皮の下に塩を蓄積して、真水を樹上から垂れ流すという特異な生態を持った樹木である。
全く研究が進んでいないので、塩と水を分離するプロセスも、真水をまき散らす理由も分かっていないそうだ。
「この子めっちゃ研究したいっスけど……そんな場合じゃないっスよね……。いつか南方諸島群に行ったとき研究するっス」
そんなことを言いつつ、木の表皮をベリベリと剥ぐミコト。
皮の裏側には、結晶化した塩がびっしりと付着している。
「わぁ! 凄いっすよコレ! 粒が小さくて、お砂糖みたいにフワフワさらさらっス! 良いお塩っスよ……」
俺も試しに指でつまんでみると、なるほど……。
琉球の天日塩を思わせる、サラサラとした細かい手触りだ。
塩にも色々ある。
どれを選んでもただの塩味と思ったら大間違いだ。
舌が痺れるような辛い塩。
甘みさえ感じる柔らかな塩
えぐみのある塩。
苦みのある塩 etc…
塩選びを誤ると、最高の食材がただのしょっぱい味になったり、味もそっけもない料理に早変わりしてしまうほどだ。
この塩はどんな塩だろうか……。
摘まんだ塩を舌先に乗せる。
ペロッ……これは……甘めの塩!
「美味しいお塩っスねぇ! このタイプは……」
「ああ、これ魚に抜群に合うやつだぞ!」
甘い塩は、魚の塩焼きに抜群に合う。
表面に塩の層ができるくらいタップリ塩をして、皮目がパリッとするまで焼けば最高だ。
まさか、この世界で塩をえり好みできるとは……。
軽い感動に浸っていると、ミコトがさらに2枚、3枚、4枚と、次々に木の皮を剥ぎ始めた。
おいおい……。
いくらいい塩だからって、そんなにいっぱい持ち帰れないぞ。
「違うっス! これで美味しいお料理作るっスよ!」
合計6枚の皮を持ち、ミコトはかまどの元へ向かった。
俺もそれについていく。
「先輩~! この海藻使うっスよ~!」
「お゛ーーーう゛ す゛ぎに゛づがえ゛~!」
バシャバシャという音に混じって、先輩のガラガラ声が飛んできた。
どうやら木が降らしている水をシャワー代わりに浴びているようだ。
「覗くのが礼儀だ」と、何者かの声が脳内で反響するが、聞こえないフリをする。
ミコトは、木の皮の塩が付着している面に、昆布のような海藻を敷き、魚をその上に置く。
今度は、魚の上に海藻を置き、上からもう一枚の木の皮で蓋をした。
なるほど! 木の皮を使った塩釜焼ってわけか!
「その通りっス! 流石察しがいいっス!」と、指をパチッと鳴らしつつ、ミコトはセイリーンツリーの皮に包まれたラビリンス・ヘダイを、さらに、同木の大きな葉で包む。
もと居た世界の、インドネシアやタイなどで見られるバナナの葉包み焼きの要領だ。
二つの調理法の融合とは……なかなか贅沢で挑戦的じゃないか。
「あ、ちょっと雄一さん手伝ってほしいっス」
「ほいほい」
「そこに転がってる太い薪を3本くらい火にくべて、いい感じに燃やしてほしいっス」
「了解~。こんな感じで?」
「いい感じっス」
ミコトに言われるがまま、俺は大ぶりな薪を3本並べてかまどにくべ、テーブル上にする。
やがて、それに火が入り、パチパチと音を立てながら、赤く燃え始めた。
ミコトがその上に3枚の葉包み塩釜を並べていく。
「実はこの調理法、正解知らないんスよねぇ」
などと不穏なワードが聞こえたが、まあ、これも聞こえないフリといこう。
ていうか、俺もよく知らない……。
ある番組では焚火の下の土中に埋めてた気もするし、かまどで焼いてた気もするし、フライパンで炒ってた気もする……。
俺達は今、雰囲気で料理をしている。
「おーおー。随分変わった料理してんな」
すっかり塩分が抜けた先輩が、タオル片手に戻ってくる。
なんか……先輩いつもよりイケメンになってない?
肌の艶がいい気がするし、顔もシュっとしてるような……。
「お、お前分かるか? どういうわけか知らねぇけど、なんか肌がツヤツヤになっててよ。触ってみるか?」
目の前の先輩と背後のミコトを警戒しつつ、差し出された頬に触れると、おお……これはこれは……。
しっとりスベスベのもち肌で、触り心地がいいぞ……。
それと、さっきまで少し汗臭かったのが、不思議と爽やかな香りになってて……。
ちょっとこれはもう少し触ったり嗅いだりするべきではないだろうか……?
「お塩はお肌の表面に貯まった老廃物を取り除いたり、汚れ、臭いの元になる脂分を溶かしてくれるんスよね。ここのお塩はすごくきめ細やかなので、美容にも良いと思うっス」
ハイ……。
分かったのでお尻を摘まむ指を放してくださいミコトさん……。
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「では、御開帳っス~」
「うおぉ……こりゃたまらねぇ良い匂いじゃねーか」
真っ黒になった葉包みをナイフで切り開き、木の皮を剥がすと、ふっくらと焼けたラビリンス・ヘダイの塩釜焼が露になった。
焼き目は無いものの、身から立ち上る白い湯気が全体にしっかりと火が入っていることを伝えている。
「では先輩、一口目をどうぞっス」
「……。別に今更そんな気使わなくていいんだけどな……。まあ、行為はありがたくいただくぜ」
そう言うと、先輩はフォークで魚の身をズッと毟り、口に運ぶ。
ハフハフと言いながら咀嚼し、飲み下すと、先輩は「ふぅ~。これは旨いぜ」と、ヘニャっとした笑顔を浮かべて見せた。
俺も続いて一口……。
お! 旨い!
強い塩気があるが、痛みや辛さは全くない。
それでいて、魚の甘みが際立っている。
身はふっくら、水分と良質な脂肪を湛え、ひと噛みごとに強いうま味が口に満ちる。
皮目から溢れ出る濃厚な風味は、恐らく海藻のうま味成分だろう。
葉包みの中に封じ込められた魚と海藻の水分が中で混じり合い、それを魚の身がタップリと吸い込んでいるのだ。
「これは我ながら大成功じゃないっスか!? ここでしか作れない料理というのが残念っスよ~」
「この迷宮ダンジョン騒動が終わったら、慰安がてら南方諸島行ってみっか? その時また食わせてくれよ」
「いいっすねぇ!」
「お仕事以外でパーティー旅行したことないっスもんね! ぜひご一緒したいっス!」
「そのためにも、まずはこの仕事を片付けようぜ。無論、全員無事でな」
「「おー!」っス!」
睡眠をとってコンディションを整えて、あのヤドカリを倒そうと意気込みを語らい、魚を食べ終わった時には不思議と、うだるような暑さは感じなくなっていた。