第3話:南国迷宮 ボス現る
「あ~……。ボスの位置変わっちまってんな……」
木陰での小休止で無事復活した先輩が、握りしめた魔方針を見て呟いた。
ダンジョンを形成し、支配するボス魔物の中には、ダンジョン内を動き回るものもいるらしい。
そして、そういうタイプは最深部に籠りきりのものに比べて、ずっと強力とのこと……。
南国のパラダイスリゾートじみたこの異界の主は、一筋縄ではいかないようだ。
「悪ぃ。ちょっと寝すぎたぜ……」
「いえいえ! そんなことないっスよ!? 先輩には万全でいていただかないと不安っスもん!」
「それに、いい釣りもできましたしね。ここらで昼食にしましょうよ。魚焼きます」
俺はクーラーボックスから、ラビリンス・ヘダイ(この場で命名)を取り出した。
「おー! 立派なタイじゃないっスか!」と、ミコトが歓声を上げる。
囲炉裏焼きにするべく、石を積んでかまどを作り、魚に長い木の枝を刺して下ごしらえを始める。
「お……おい。アタシにも何か手伝うことねぇか?」
手持無沙汰に不安を覚えたのか、先輩が俺の肩をトントンと叩いてきた。
でも正直、先輩にさせるような作業はない。
後は塩をして焼くくらいだ。
……あ!
塩持ってきてない……。
「おし! 塩だな! ちょっくら海岸までひとっ走りして海藻でも取ってくるぜ!」
俺の呟きに「待ってました」とばかり、すごいスピードで元来た道を走り抜けていく先輩。
そういう雑用こそ俺達に頼んでくれていいんですけど!
と、その背に叫ぶと、「お前らだったら行って戻る間にダンジョンが形変えちまうぜ!」と、遠い声が返ってきた。
「なあミコト。先輩休憩明けにあんな運動して大丈夫なのか?」
「多分少しなら大丈夫っス。熱中症の手前みたいな症状でしたが、根本的な原因は寝不足や疲労からくる体力低下っスね。ちょっとお話したんスけど、ダンジョン発見の報があったらすぐ出られるように、ずっとギルド本部で待機してたらっしいっスよ。そりゃ疲れも溜まるっスよ……」
先輩そんなことしてたのか……。
相変わらず荒っぽいのに誠実な……。
「頭や首筋、腋をしっかり冷やして、ポーションいっぱい飲んでもらったっス。でも、今日はタイを食べたら野営して早めに休んでもらった方がいいと思うっス。進言はお願いするっスよ」
「分かった。ちょっと怖いが、情に訴えていこう」
先輩の健康管理会議をしながら、かまどを完成させ、薪を拾っていると、遠くから先輩の声が聞こえてきた。
もう戻ってきたのかと驚いて視線を巡らせると、同時に感知スキルに強烈なピークが襲ってきた。
「お前ら!! 下からくる! 気ぃつけろ!!」
脳内に響き渡るピーク音に紛れた先輩の声が明確に聞き取れた時には既に、俺たちの足元の地面は激しく爆発し、巨大なドリルが俺目掛けて突き立てられていた。
「おぉっ!?」
瞬間的に発動するオートガード。
ガギィ!という金属のような音が響く。
飛行スキルで宙に浮かび上がり、追撃を躱す。
ミコトも俺に続き、空へと舞い上がった。
「なんスか!? マ〇マラ〇ザーっスか!? 海〇軍艦轟〇号っスか!? 〇obile 〇peration 〇odzilla 〇xpert 〇obot 〇ero-typeっスか!?」
ミコトが驚き1割、歓喜9割くらいの声を上げた。
この天使、特撮方面にも明るいのか……。
でも甘いな……。
地面掘って出てくるのは〇obile 〇peration 〇odzilla 〇xpert 〇obot 〇ero-typeじゃなくて分離したランド〇ゲラー……。
って違う!
「先輩!? 何ですかこれ!?」
「ここのボスだ! クソでかいヤドカリだぜ!」
ヤドカリぃ!?
見下ろすと、ドリルに見えたそれは、光沢を放つ巨大な巻貝だった。
そこからニョキニョキと生えてくる甲殻類特有の硬質な足。
まぎれもなく、超巨大なヤドカリだ。
「サンダー・ウィップ!」
海藻を被った先輩が、すかさず電撃鞭攻撃を始める。
瞬く間に、ヤドカリの足が2本、捥げ飛んだ。
だが、敵もさるもの。
すぐに足を格納し、ゴロゴロと転げ回り始めた。
貝が木々にぶつかり、森が揺れる。
「クソっ!! なんだ!?」
敵を負っていた先輩の足が止まった。
激しく揺れた木々が突然、白い粉を吹き出したのだ。
「くあぁ!! 目が! 体が……!!」
苦悶の声を上げ、崩れ落ちる先輩。
そこに迫る巨大な巻貝ローラー。
まずい!
急降下し、先輩を抱きかかえて飛び上がる。
間一髪!
危うく二人ともペシャンコにされるところだった。
それと……目と口と鼻と……いろんなとこがヒリヒリする!!
俺達が上空へ逃れたのを察知したのか、敵は先ほど自分が掘って出てきた穴に、再び潜っていく。
ようやく我に返ったミコトがその後を追おうとしたが、穴から滾々と水が湧き出し、およそ追撃は不可能と思われた。