第2話:南洋迷宮 泉の8の字ダーティング
「おぉ……」
「凄いっス……」
「なんだこりゃ!?」
飛び込んだラビリンス・ダンジョンのゲートの先。
待ち受けていたのは、アントパスの巣とは全く異なる青い空と、青い海、白い砂浜……。
それはまるで、南の楽園!
ゲートはその波打ち際にあり、寄せる波が海水をあの湖に送り込んでいたようだ。
とりあえず、ゲートの周りを砂山で囲み、その周りを自生していた木や葉で囲み、その上に粘土質の土を塗り重ねて防潮壁を作っておいた。
これでしばらくは海水の流入を防げるだろう。
「魔方針はこっち指してるな。とりあえず前進しようぜ」
先輩がサラッとレアマジックアイテムでダンジョンの最深部をサーチし、生い茂る森へと入っていく。
無論、俺達もその後を追って森へ分け入る。
なんか、昔のアニメでたまにある、主人公とヒロインが漂着する南の島のような様相を呈するジャングルだ。
ヤバい魔物とかいなければいいんだけど……。
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ジャングルに入ると、確かにここはダンジョンだと再認識した。
巨木とツタが回廊を形作り、果てしなく広がる森林に、明確な区画を与えている。
それにしても……暑い!
まさに熱帯のジャングルといった具合で、肌にネットリと沁み込むような気温と湿度だ。
空から謎の鳴き声が木魂し、至る所からガサガサと動物の動く音が聞こえ、時に目の前に飛び出してくる。
普通の動物だったり、魔物だったりするが、大体はシャウト先輩が電撃鞭剣で瞬殺してくださる。
アントパスの時はかなりの緊張感を覚えていたが、今回は俄然リラックスモードだ。
「おい、お前ら気ぃ抜くなよ。さっきからアタシばっか戦ってんぞ」
当然、先輩にはバレていた。
しかし、敵が現れ、俺が前に踏み込もうとした時にはもう雷刃が敵を仕留めているのだ。
俺の持ち技最速である氷手裏剣を抜き去られてしまっては、俺にはもう出来ることがない……。
俺も2年目を終え、良い感じに成長していると思っていたが、まだまだダメダメだ……。
「あー! 駄目だ! クソ暑ぃ! ここらで一旦休むぞ!」
ただでさえ暑がりのシャウト先輩のこと。
この暑さに加え、雑魚狩りでオーバーヒートしてしまったらしい。
す……すみません不甲斐ない後輩で……。
俺は近くの木から流れ落ちていた水を掬い、ポットに注いでガスバーナーで加熱する。
ぱっと見綺麗でも、殺菌はしっかりしないとね。
「温ぃなおい……」と、悪態をつきながらも、先輩はそれを2杯、3杯と飲み干す。
しかしまあ……汗に濡れた先輩の姿はまた随分と……。
上着を脱ぎ、ほぼ下着同然のアンダーウェアをさらけ出して木陰で横になるその姿は、かなり官能的だ。
直後、俺は尻を凄まじい力で摘ままれ、声なき悲鳴を上げて飛び上がった。
「んだよ……お前は元気だなぁ……。そんなに動きてぇならしばらく自由に探索していいぞ。アタシはちょっと休んでるからよ……」
そう言って、先輩はさらに胸をはだけさせ、スヤスヤと寝息を立て始める。
「私は念のため先輩を診てるっス。雄一さん、せっかくっスから、この時間で釣りでもしてみたらどうっスかね?」
とミコトも言うので、俺は少しばかりお言葉に甘えさせてもらうことにした。
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南の島の森の中で釣りをしたことはない。
多くの釣り人がそうだろう。
ていうか、釣りができるとこあるのか……?
そんな不安を覚えながらも、ミコト達の居場所を見失わないように気を付けつつ、辺りを散策すると……。
あった。
森の至る所から降り注ぐ水が小さな川をいくつも形作り、それらが流れ込んだ先に小規模ながら深さのある泉ができている。
濃紺の泉の中には、白い魚影がチラチラと見えた。
お!
こういう景色、いつか写真で見たことある!
富士山だか何かの湧き水でできた泉に、マスの類が泳いでいるような写真だ。
いつかこんなとこで釣りしてみたかったんだよなぁ……。
夢が叶った気分!
とりあえず、魚のサイズを考慮し、ライトバスロッド+小型ベイトリール+PE0.8号+フロロリーダー3号にバーティカルの釣りに強いダーティングメタルジグをセットして投入する。
思わぬ侵入者に、一瞬逃げ惑う魚たち。
大丈夫大丈夫、慌てない慌てない。
まず竿を一回、2回と大きくしゃくり、その後は穂先を揺らす程度でアクションを付ける。
これにより、ジグが不規則な8の字を描いて動き、魚の捕食本能を刺激するのだ。
生誕の地では、凍った湖に開けた穴へ落として使うらしい。
日本においては2010~2015年あたりにメバル用として一大ブームが起き、シーバス、アジ、カサゴ、果てはブリやサワラまで釣るメソッドが開発され、紙面を賑わせたが、俺が死んだ頃にはもう落ち着いてたっけ……。
釣り界隈の流行り廃りに想いを馳せつつ、無心でロッドアクションを付けていると、初めは警戒していた魚たちが、やがて、ジグの魅力的な8の字に興味を示して寄ってきた。
時折、ルアーを咥えようとして、失敗する魚もいる。
しかし、ここで動きを止めてはいけない。
このルアーは見た目のリアリティをかなぐり捨てて、独特のアクションに極振りした漢仕様。
制止した瞬間に見切られてしまうのだ。
8の字ダートに緩急をつけつつ、誘い続ける。
活性の高まった個体が、執拗にルアーへアタックをしかけ、2度、3度と失敗。
しかしそれでも諦めず、再度のアタックをしかけてきた。
俺はそのタイミングで軽く糸を送り込み、ダートを瞬間的に緩める。
……来た!
泉の中で煌めいていたジグが魚影に吸い込まれ、視界から消える。
その直後、ブルブルとした振動が竿を揺さぶった。
「おお!? こいつらマスじゃねぇ!」
泉の中で暴れまわる魚影は、タイのようなフラット体形だった。
引きもクロダイのそれにそっくりである。
しかし、サイズは40センチ程度。
縦の釣りなら余裕で釣り上げられる。
「よし! いっちょあがりっと!」
フィッシュグリップで下顎を挟み、ランディングした。
見た目は……南洋系のヘダイっぽいな。
ふと、潮の香りがしたので、泉の水を舐めてみると、塩水だった。
上から流れてくる水は淡水なのに不思議だな……。
もしかすると、下から海水が湧き上がっているのかもしれない。
ラビリンス・ダンジョンは神秘の異界迷宮、「そういうもの」と割り切ることも大切だ。
魚をクーラーボックスにしまい、俺は釣りを再開する。
ただ、この釣りはスレが早い。
ド派手なアクションは魚が飽きやすいのである。
毎日背油脂ニンニクマシマシのラーメンを食べられないのと一緒だ。
2匹目を釣り上げたところで、魚の反応が露骨に鈍くなった。
ここからのルアーローテーションで何匹釣り延ばせるかが腕の見せ所である。
俺はルアーをダウンショットリグ+ストレートワームに交換した。
今度はシンカーをボトムまで落とし、竿の穂先を細かく震わせる。
シンカーを底につけた状態で、ストレートワームの尻尾だけをピクピクと震わせるイメージだ。
スレた魚はその場に留まる動き、もしくは水平な動きに弱い。
これは前者である。
先ほどの8の字ダートと同じく、じっくり、じっくりと誘う。
ワームには魚を誘引する香りや味が付いているので、興味を示した個体は高確率で仕留めることができるはずだ。
「よっし! ヒット!」
粘り強く誘っていると、見事、3匹目がヒットしてきた。
引きを楽しみながらランディングする。
その後も釣りを続けたが、やはり狭い泉。
警戒心が強くなった彼らはルアーに見向きもしなくなってしまった。
もう一匹くらい狙いたかったが……残念……。
俺は釣り座を畳み、二人のいる木陰のエリアへと引き返した。