プロローグ:世界の異変とニシン汁
魔王が勇者によって打倒されてから幾星霜。
今、この世界は新たな魔の危機に瀕している。
らしい……。
「魔導研究院と法王庁の調査によると、大陸各地で同時多発的に、ラビリンス・ダンジョンが多数出現していることが発覚しました。ダンジョンへの入口が出現した周辺では、魔物が活性化し、さらに、これまでに確認されたことのない眷属型魔物の発生が見られた場所もあります」
春初めの日、デイスギルド本部では、所属冒険者が雁首を揃えて生存報告と、1年の幸運を祈る行事があるのだが、今年は随分シリアスなムードである。
昔話で聞いた人魔の大戦争が、もしかすると現実になるかもしれないというのだから。
「まあ、今すぐに合戦だ決戦だなんて話じゃねぇ、今はまだ情報収集の段階だ。法王庁は冒険者ギルドだけじゃなく、農工商ギルド全部にお触れを出して、ダンジョンの早期発見と早期攻略を推進していくそうだ。腕に覚えがある奴は、積極的にラビリンス・ダンジョンクエストに挑んでくれ」
毎年前夜から酒を飲み漁り、酩酊状態で年初めの音頭をとっているホッツ先輩が、シラフで真面目な話をしているというのも、何とも言えない緊張感を醸し出している。
そして俺達は、その光景を遥か後方から臨んでいた。
別に後方クールキャラ面しているわけではない。
この位置に追いやられたのだ。
陰湿な嫌がらせとかでもない。
完全に俺達の自業自得なのだ。
「おい……お前ら何やってたんだ……?」
シャウト先輩が鼻を摘まみながら、俺達に耳打ちしてくる。
「い……いえ……ちょっと魚の塩漬けを作ってましてね……」
「春になったので開封しようとしたら……ボン!と……」
冬の後半に漬けたボニートニシンの塩漬け、所謂シュールストレミングもどきを味見しようと思い、樽酒の鏡割りよろしく、二人で蓋をこじ開けたところ、かなり発酵が進んでいた内容物が噴き出したのだ。
サステナに貰ったインフィート産の高級木樽は、想像以上に高い気密性を持っていたらしい。
激臭の塩汁を浴びた俺達は今、腐敗した潮溜まりを思わせる臭気を身に纏っているのだ。
「この大事な時にバッカで~」
同じく鼻を摘まみながらおちょくってくるエドワーズ。
何かイラっとしたのでヘッドロックで俺の脇腹辺りに鼻を押し付けてやった。
ちょうど塩汁の直撃を食らったあたりだ。
最初はムームー!と唸っていた彼だが、やがて静かになる。
////////////////
「つーわけで、中央が重要事態として扱っている以上、アタシら2つ名持ちは当然この事態に従事することになる」
ペスト医師のような香草マスクを付けた先輩が、テーブルの向こうで肘をつきながら、何やら書面をトントンと叩く。
なんでも、法王庁直々の指名依頼書らしい。
「大変なんですねぇ。2つ名持ちっていうのは」
「オメーらも従事すんだよ!」
「痛ぇ!?」
春一発目のビリビリチョップを食らう。
うぉぉ……久々に食らうとキツい……。
冗談だったんだけどなぁ……。
「ユウイチとミコトはアタシの一党だ。アタシだって気は進まねえが、2つ名持ちのパーティーメンバーが国の重大事態に消極的ってのは、2つ名っつーシステムのブランドに傷がつくからな」
「私達でよかったら、ガッツリお手伝いするっスよ!」
「お……同じく……」
こうして、俺達二人の異世界3年目は、世界の異変に立ち向かう大それたミッションからスタートしたのである。