エピローグ:小春日和の水路
「雪すっかり溶けたっスねぇ」
「だなぁ」
長い冬の終わりを告げる、ほんのりと温かい風を頬に感じつつ、俺達はデイス外縁の水路に釣り糸を垂らす。
サラサラと流れる清流に、ハヤの類やフナの類、そしてカジカの類がちらほら見えている。
時折彼らを散らすのは、デイスの水路名物、オオグチウナギやボニートゴイだ。
今日は特に何を狙うでもなく、暖かな風を感じつつ日向ぼっこがてらの釣り。
アタリを逃しても気にしない、気ままに、のんびりと楽しむ。
こういう時間が人生を豊かにしてくれると、有名な釣り人が言ってたっけ……。
言ってなかったかも……?
「あ、釣れたっス。はい、あげるっス」
釣り上げた小魚を、ミコトがこちらに向けてプラプラ振ってくる。
決して俺をおちょくっているわけではない。
彼女が話しかけているのは、俺の隣にいるヤツである。
「あ! 腕伸ばしたっス! きゃー! 食べてるっス食べてるっス! 可愛いっスねぇ!」
「プブフ……」
良く分からない鳴き声を発するのは、苔むした木のような茶色と緑色の球体。
ラビリンス・ダンジョンからミコトが連れてきたアントパスである。
チャームミールで餌付けし、俺達のパートナーアニマルに手懐けた。
シャウト先輩のパートナーアニマルであるタマタマちゃんなどに比べると、仏頂面で、鳴き声のテンションも不動で、感情がサッパリ読めない。
だがミコトは随分気に入っているようで、マメな世話をしている。
彼女に言わせれば、ちゃんと感情表現もするし、賢くて可愛いタコスケちゃんらしいが……。
まあ、よく見ると可愛く見えないこともない……?
「プブフ!!」
「痛ぇ!?」
突然、食べ終えた魚の骨を投げつけてきた。
「あはは……。雄一さんがジロジロ見るから怖がっちゃったんス……って駄目っス! 茹でちゃ駄目っス!!」
「おぅふ!?」
召喚した高速湯沸かしバーナーにタコスケを沈めようとする俺を、ミコトが凄まじいパワーで抑え込んできた。
ちょ……ギブギブ!!
「もう! 躾にしたってキツ過ぎるっスよ!」
「し……躾って……」
「この子は私たちの子供のつもりで育てるっスよ! だって私たち……」
……そうだよなぁ。
俺達種族違うから子供作れないもんなぁ……。
タコを子供代わりにするという案にはツッコミどころありまくりだが、ミコトが二人で育てる小さな命というものに憧れているのはよく分かる。
まあ、ミコトがそれを望むなら、俺も少しは父親気分になってみるか……。
「た……タコスケちゃーん?」
「プブフ―――!!」
「うぶぅ!?」
「きゃー! この子ちゃんとタコ墨も吐けるんスね! あっ! ちょっ! 駄目っス! 焼いちゃ駄目っス!!」
三口バーナーに置いたスキレットにタコスケを放り込もうとする俺目がけ、ミコトのエンジェルタックルが炸裂した。
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季節は巡り、命も巡る。
庭先のユムグリカップル×2は、カラカラにやせ細っていき、雪解けと共に木の皮の如く剥がれ落ちた。
メスの腹から分離した球体の卵はコロコロと転がり、失恋ユムグリが残る生簀に落下、中から無数の稚魚が飛び出していった。
そして、その大多数が失恋ユムグリの胃袋に消えた。
たとえ僅かでも種を遺して潰えた命。
種を遺さず生きながらえた命。
俺達はこの世界で、一体何を遺せばいいのだろう。
暖かな風と、温い土の匂いを感じながら、俺はこの世界の輪廻に想いを馳せていた。
新しい季節は、もう目の前だ。
春一番が吹いたら、保存食のつまみ食いでもしてみよう。