第20話:対決! クイーン・アントパス
「レフィーナ!! タイド!!」
ビビが宙を仰ぎ、悲鳴のような声を上げた。
とうとう辿り着いたダンジョン最深部。
木のうろを思わせるドーム状の部屋の壁にへばりつく巨大な球体。
その周りを覆い尽くす脈動するツタ。
地中に根を張るかのように枝分かれしたそれは、至る所に籠のような膨らみを形成し、魚やモンスターを捕縛している。
籠の中に取り込まれた動物は、繊毛のような細い触手に巻き付かれ、悲鳴を上げたり、もがいたりしているものの、そこから逃れる術はないようだ。
そして、天井に張り付けられた大ぶりな籠の中に、レフィーナとタイドの姿がある。
二人とも細い触手に包み込まれ、ぐったりとしていた。
「早く……! 早く助けないと!!」
「うわっ! ちょっと待て!」
錯乱を起こしつつ、杖を上空目がけて構えるビビ。
それを慌てて制止する。
回復魔法使いである彼女に、闇雲に魔力を消耗されてしまわれては適わない。
「雄一さん! 通路が!」
ミコトの声に振り返ると、通り抜けてきた長い木の回廊が、ネバネバとした粘液と、針のような触手によって封鎖されるところだった。
後には引かせないってことかい……。
ズル……ズル……。
と、気色の悪い音と共に、球体が身じろぎをした。
タコのような横一文字の目が俺達の方を見つめると、壁全面に広がる触手たちが一斉に動き始める。
そのあまりのおぞましさに悲鳴を上げて倒れ込むビビ。
彼女の手足目がけて絡みついた触手を双剣で切断し、彼女を引き起こす。
俺が剣を抜いたのと同時に、ミコトもステッキソードを振り回し、俺達の周りで蠢く触手をズバズバと斬りはらった。
「みんな壁際から離れろ! ミコトとラルスはあの本体を攻撃! 俺とビビでタイドとレフィーナを助けるぞ!」
「ガッテン承知っス!」
「は……はい!!」
ミコトがラルスを抱きかかえ、敵の本体の方へと飛んで行った。
俺は呆気にとられたまま固まっているビビを、ミコトが作ってくれた触手斬り払いサークルへと下ろし、背中を叩いてやる。
「ビビ。俺が飛んであの二人の籠を斬る。君はこの場を守りながら、俺が引っ張り出す二人を救護してくれ」
あまりにも巨大な敵との戦いに、恐怖の表情を浮かべていたビビだが、頭上で拘束された二人の友を見上げ、クッと唇を噛んで俺の方へ向き直った。
「分かりました……! 二人を……お願いします!」
「任された!」
俺はタイドとレフィーナを捕縛する触手籠目がけ、勢いよく飛び上がった。
双剣で二人の入った籠の周りに切り傷を入れていく。
できる限り深く、深く……!
木の幹のように太い籠触手だが、その実態は本体から分離した触腕が硬化したものらしい。
壁と同化したそれは乾燥し、動くことはなく、想像以上に脆い。
俺の双剣でザクザクと斬り進むことが出来る。
反撃してくる触手の動きも怠惰だ。
アントパス・クイーンは配下のアントパスがエサを捕え、外敵を撃退してくれるため、獲物の保管や、幼体の生産にそのリソースを割いているようだ。
「せやああああああ!! エンジェル・大回転切りっスよおおおお!!」
視界の外から聞こえてくるのは、ミコトが多数の敵をズバズバと斬り伏せていく声と音。
チラリと見た限りでは、クイーンを守るべく集結した大小入り混じったアントパスが100体くらいいたようだが……
こっちが片付いたら加勢するつもりだったけど、なんか普通に押し勝てちゃいそうな雰囲気だ。
ミコトが頑張ってくれてるうちに、早く二人を救出せねば!
「レフィーナ! タイド! 起きろ! 逃げるぞ!」
レフィーナが入れられた籠の周囲を綺麗に切り抜くと、彼女を囲っていたそれがボロリと落ちた。
今度は彼女を覆う白い繊毛触手を千切っていく。
白い肌に巻き付いたそれは、彼女の体表にへばりつき、所々に根を張っていた。
ここから生命力を吸ってるのか……!
思い切り引っ張ると、彼女の身体からブチ……ブチ……!と嫌な感触と共に根が抜けてくる。
「うっ……!!」
レフィーナが苦し気な声を上げた。
ごめん! ごめんな!
痛いだろうけど、我慢してくれ!
上半身、腕、腰、足……。
根によって深い傷を付けられてはいるが、彼女の身体を無事に引きずり出すことが出来た。
「ビビ! レフィーナを頼む!」
「はい! 酷い傷……」
回復用の魔法陣巻物を広げ、その上にレフィーナを乗せて治療を始めるビビ。
レフィーナの身体に付いた傷がゆっくりと塞がっていくところを見るに、かなりしっかりした治療魔法のようだ。
俺は周囲を軽く見回し、触手やアントパスがいないことを確認してから、今度はタイドの元へ向かう。
う……。
これは痛々しい……。
全身傷と痣だらけで、顔にも深い傷が走っている。
みんなやレフィーナを守るために頑張ったんだな……。
今助けるぞ……!
「ユウイチ……先輩……?」
「タイド! 無事か!」
なんと、これほどの怪我を負って尚、タイドは微かに意識を保っていたらしい。
見上げた精神力だ!
「すみません……俺達……」
「すまん! もう少し気を失ってた方が良かったかもしれない……ぞ!!」
「ひぎゃあああああ!! うっ! あああ!! 痛だだだだだ!!!」
ごめん!
マジでごめん!
俺鎮痛魔法とか持ってないんだ!
精神力で耐えてくれ!
最後はマジ泣きに入っていたタイドを何とか救出し、ビビの元へ運ぶ。
子供のように泣きじゃくる青年の姿に軽く慄きながら、ビビはレフィーナと同じように治療魔法にかける。
「ぐすっ……センパァイ……ありがとう……ぐすっ……ございます……」
涙と脂汗でグシャグシャになった顔で、感謝してくるタイド。
いい子だ……。
いや本当に申し訳ない……。
レフィーナの意識はまだ戻らないらしい。
ただ脈は安定していて、毒の症状も出ていないようなので、命に別状はなさそうだ。
間に合ってよかった……。
泣きながらタイドとレフィーナに抱き着くビビを見て、やり遂げた気分になっていると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「雄一さーん……むぐっ……ちょっと助けてほしいっス~」
振り返ると……。
うわぁ!
なんかミコトが凄いことになってる!
彼女は辺り一面に散らばるアントパス軍団の頂で、クイーンのものと思われる極太触手に巻き付かれまくり、身動きが出来なくなっていた。
「大技使いすぎて魔力切れっス~」
「テレポートできないっス~」
「すっごい加圧されちゃってるっス~」
「これエッチなことせずに絞め殺してくるタイプの触手っス~」
などと、触手の中から見える顔がヘロヘロ声で話しかけてくる。
割と大丈夫そうだが……。
あとなんか……人面木みたい……。
ラルスは助けに向かおうとしているが、残っている大型アントパスとの格闘で手一杯のようだ。
よし! こんなこともあろうかと準備していたアレを使う!
俺はポーチの中に忍ばせていた笹の包みを開いた。
「ミコト―――! 口開けろ―――!」
「あ―――んっス!!」
俺が全力投球したそれは、狙い違わずミコトの口内に飛び込んだ。
ミコトはそれをモグモグと頬張った後、ゴクリと飲み込んだ。
直後、ミコトを縛っていた触手がギチ……ギチ……という音を立てて広がり始める。
「ふぬぬぬぬぬ!!! この力強いうま味! しっかりと乗りつつもクドくない脂! 寒風吹き荒ぶ大洋を踏破するエネルギーがガッツリ来てるっスよおおお!! 元気……100万パワーっスーーー!!」
触手を引き裂きながら脱出してくるミコト。
どうだ!
フブキアジの一夜干しの握り飯だ!
「てやああああ!!」
剛腕の一振りが、尚も襲ってくる極太の触手達を両断する。
そのままクイーンの本体目がけ、突っ込んでいくミコト。
彼女の目の前に残る大型アントパスが立ち塞がった。
が、一瞬にしてタコのぶつ切りに変えられてしまった。
料理に覚えのあるパワフル天使からすれば、彼らなどもう食材のようなものだ。
「ふぅん!!」
ミコトのステッキソードの一振り。
地面から生えてきた太い触手がそれを妨げ、ミコトがバランスを崩す。
そこに背後から襲い掛かる別の触手。
「させるか!」
俺の氷手裏剣がその動きを止めた。
その隙にラルスが加勢し、ミコトを狙う触手達を締め上げ、ぶっ千切って見せる。
「ナイスアシストっス!」
触手の妨害を抜けたミコトが、ついに本体へ斬りかかった。
大きく膨れ上がった頭部(実際には胴)に深い剣撃が穿たれる。
グチョグチョと音を立てて、壁から剥がれ落ちるクイーン。
最早身を守る腕はほとんど残っておらず、ボテボテと地を這うことしかできないようだ。
こういう、栄華を誇った生物が弱り切った様を見せられると、若干可哀そうに思ってしまうが、生憎、このダンジョンから出るためには、トドメを刺さねばならない。
その大役は、ラルスとビビに任せるとしよう。
そう言われた二人は、一瞬たじろいだが、すぐに頷き合い、拳と杖を構えた。
ビビが唱えた魔法がラルスの右拳に赤い気を纏わせる。
ラルスはスゥ……と息を吸うと、「ハァ!!」と大声を上げ、クイーン・アントパスの眉間目がけ、渾身の拳を打ち込んだ。
ドーン!という音と共に、クイーンは爆散し、中から青く輝く小さな結晶が現れる。
「これが……このダンジョンの“キーストーン”……」
ラルスがそれを握りしめると、辺りの風景がグニャグニャと歪み始めた。
何!? 何何!?
「主を失ったラビリンス・ダンジョンは、溶けるように消えるらしいっス。これがいわゆる、“ラビリンス・ダンジョン攻略完了”というやつっスね」
ちゃんと物の本で勉強していたミコトは、落ち着いていた。
というか、慌ててたの俺だけか……。
最後の最後で決まらねぇな俺……。
酔いそうなグニョグニョの末、やがて周囲の景色は古戦場跡に変わった。
俺は信号弾を打ち上げ、あのデカいハーピイの人に合図を送る。
「随分かかりましたね―――!! 滅茶苦茶待ちましたよ―――!」という、遠慮のない大声が聞こえてきた時、既に太陽が空を照らし始めていた。