第15話:ボニート川河口サーフのフブキアジ
さて、一晩明けたところで、まずは天候チェック。
指を唾液で湿らせ……うん。分からん!
風と波は穏やかで、空は青く澄み、雪雲の気配はない。
ミコトが持って来たストームグラスも晴れの予報を示している。
まあ、多分天気は大丈夫だ。
となれば、後は釣りあるのみである。
「今回も前と同じ仕掛けで釣るんスか?」
「そうだなぁ。大型ミノーか、ビッグスイムベイトか……だな」
「私、泳がせ釣りってやってみたいんスよ。ここって小さいメッキアジが釣れるじゃないっスか?」
ほほう……。
ミコトが自分から釣り方を希望してくるとは。
随分釣りにハマってきたな君。
「それじゃあミコトにはまずコレをプレゼントだな」
「ジグサビキっスね」
「左様。これで餌になりそうな魚を何匹か釣って、この生餌バケツに入れるんだ」
「了解っス!」
そう言って早速竿をフルスイングするミコト。
釣りを始めた頃に比べ、だいぶキャストも上手くなった。
まだ腰から肩にかけての動きが硬く、腕力だけで竿を振っている感はあるが……それでも無茶苦茶飛ばせているのがすごい。
ジョブスキルの賜物だろう。
俺も140㎜のジョイントビッグベイトを召喚し、キャストする。
この能力って廃盤ルアーも召喚できるんだ……。
ルアーゲーム、特にシーバス界隈は流行り廃りが激しい。
大定番シリーズのミノーやバイブレーションプラグを除けば、数年でカタログから消える場合が多い。
メーカーごと消える場合も多い……。
柔らか素材で作られたハードルアーのシリーズ。
シーバスそっくりな顔のミノーや、背中から泡が出るシンキングペンシル。
シリコン素材で身を包んだシャロ―ランナー。
一世を風靡したダーティングワーム。
語りだせばキリがないほどの消えたルアーたち。
そういう広く人気が出ないルアーに限って、俺の心にブスリと突き刺さるもので、元の世界では幾度も無力感や喪失感に見舞われた。
それが手元にすぐ出せるとは、良い世界に来たもんだ。
サーフ用のロングロッドでフルスイング。
ただ、飛距離はあまり出ない。
ジョイントビッグベイトの特性なので仕方がない。
離岸流に乗せ、ルアーをゆっくりとリトリーブする。
冬ヒラメの鉄則は、スローリトリーブだ。
冬、サーフに居残る個体は大型の比率が高い代わりに、活性が低い。
大きめのベイトをゆっくりと泳がせるのが大切なのだ。
「うおっし!! ヒット!」
3投目にして早くも魚が掛る。
ただ、その引きはヒラメのそれではない。
青物系だ……。
「こっちにも来たっス! う……ぐむむむ!! 重いっス!!」
ミコトにも同時に魚が掛った。
どうやら青物が回遊してきたらしい。
予想外の外道だが、これはなかなか……!引きが強いぞ!
離岸流を突っ切るように走り抜ける魚。
俺もそれに合わせて砂浜を走る。
このパワーと走力のある魚相手に、離岸流を挟んだファイトをするのは無謀だ。
リールのレバーブレーキをオンにし、糸の出を調整しつつ、魚を走らせる。
アワセた瞬間の重量感だけで考えれば、十分捕れる獲物のはずだ。
横を見ると、ミコトが竿を満月のようにしならせながら引きを耐えていた。
リールのドラグが鳴り、糸が盛大に吐き出されている。
エサ釣り用のライトショアジギングロッドであの引きを抑え込むのはかなり難しいだろう。
助けに入りたいところだが、俺にも魚がかかっている以上そうはいかない。
ライトタックルで大物をいなすいい練習になると思って、自力で頑張って釣り上げてもらうしかあるまい。
70mほど突っ走った後、魚の引きが明らかに弱まった。
巻き取りチャンス到来である。
魚が再び離岸流に乗らないよう、流れの外側へ誘導しつつ、ファイトを続ける。
時折魚が走り出すが、レバーブレーキでさばく。
やがて浅瀬に現れたのは、体高のあるアジ顔の青物だった。
よく見ると背中の色素が淡く明滅している。
前に釣れたメッキアジの成魚か!
GTというやつだ。
サイズは70㎝程度。
日本でいうとこのカスミアジとかその辺に当たる魚だなコレは。
背中の変色が弱くなっているあたり、このサイズになるともうヒラメの餌食にはなりにくいようだ。
それにしても美しい白銀の魚体だ。
アクセントのように散りばめられた青い斑点も素晴らしい。
「くぬぬぬぬ!! ゆ……雄一さーん!! 助けてくださいっス~!!」
何とか相応しい通称を付けようと、魚体を見つめていた俺の耳に、ミコトの悲鳴が聞こえてきた。
見れば、彼女の眼前の海面がバシャバシャと弾け、巨大アジが暴れまわっていた。
おお! あのタックルでよく足元まで寄せれたな!
彼女のやり取りは免許皆伝レベルに達したと言っても過言ではないだろう。
だが、その巨体を取り込むタイミングを失しているようだ。
寄せ波に乗せてずり上げるのが鉄板だが、そこは魚もさるもの、寄せ波のタイミングで跳ねまわり、ミコトのずり上げタイミングを幾度も妨害している。
「よっしゃ! 任せとけ! ギャフ打つぞ!」
「お願いするっス!」
ミコトが竿を立て、魚の頭をこちらに向けた瞬間を狙い、エラ目がけてギャフを打つ。
パッと海面が鮮血に染まり、魚が激しく暴れだす。
腕を持って行かれそうになるが、両足で目いっぱい踏ん張り、魚を浜へとずり上げた。
「ふー……! びっくりしたっス!」
「ナイスファイト」
「どうもっス」
ハイタッチを決めつつ、釣り上げた魚にナイフを入れ、氷を張ったクーラーボックスに沈める。
大型の回遊魚は体温が高いため、こうしないと自分の熱で身を火傷させてしまうのである。
これを“身焼け”といい、そうなると味がガタ落ちしてしまう。
「まさか冬にでっかいアジが釣れるとは思わなかったっス。この子達って元の世界では南方系なので……」
「そうだよな。確かに釣り雑誌見ても半袖半ズボンで抱えてる写真ばっかだった」
「フブキアジ! フブキアジなんかどうっスか! 雪原に青い氷塊が舞ってるみたいで綺麗な魚体っスし、寒いところで釣れるGTなんてこの世界ならではっスよ!」
「フブキアジか……いい名前だ! ヨシ採用!」
別に命名権があるわけでもないが、とりあえず俺達の間ではこの呼び名で決まった。
それから釣れるのはこのアジばかり……。
ヒラメやコチはすっかり行方不明である。
「深場に移動しちゃったんスかねぇ?」
深場……深場か。
このサーフはある程度の浅瀬が続いた先に、ドンと落ち込んだカケアガリがある。
その坂の終点あたりまで行けば、彼らの越冬スポットがあるかもしれないな……。
俺は指輪の魔力ゲージと日の傾き具合を交互に確認し、ある決断を下した。
「ミコト。明日は船釣りやるぞ!」