第14話:寒ホロビラメを釣りに行こう
「うっわ!! 寒っス!!」
「マジかよ……。ちょっと北上するだけでこんな違うの……!?」
前回の道の上空を、ボニートサーモンの鮭とばで魔力補給しつつ数時間かけてひとっ飛びし、辿り着いたボニート川の河口。
朝に家を発って、時はすでに夕刻。
夏は気付かなかったが、大陸の北側の海洋に面したこの海岸、クソ寒い!
溶け残った雪が山になっている箇所もあるほどだ。
夕方というのもあるだろうが、デイス周辺を出歩くとき使っている防寒着では体が震えてしまう。
すぐさま服を召喚しなおし、厳寒期ファッションを身に纏った。
発熱下着ミドルウェイトの上下を2枚重ねで着込み、ナイロン製の裏起毛ウィンドブレーカーを着た上から、さらにもう一枚ジャンパーを羽織る。
仕上げにお揃いの銘柄のフィッシングニットキャップを被り、イヤーウォーマー、ネックウォーマー、指だしグローブを装着すれば、雪のちらつく夜の堤防で根魚探り釣りスタイルの完成だ。
うむ……。
こりゃ快適。
早速釣り……。
といきたいところだが、全く明かりがないこの海岸での夜釣りは危険だ。
防寒具の重装備では、波打ち際で転ぶだけでも溺死の危険がある。
俺の場合テレポートで脱出は出来るが、キンキンの海水をたっぷりと吸った服に纏わりつかれては、ただでは済むまい……。
「今日はのんびり腹ごしらえっスね。この空だと大雪は降らなさそうでスし」
振り向けば、既にミコトは石を拾ってかまどを作り始めていた。
アウトドア飯にも慣れたもんだ。
ちょっとした茂みの陰にテントを立て、薪を焚く。
やはり火はいい。
月明かりくらいしかない、暗く寒い闇の中でも、火の明かりがあると、不思議と温もりと安心を覚えるのだ。
原始人類から受け継いだ遺伝子なのだろう。
ダッチオーブンを召喚して干し野菜、干しキノコ、鮭とば、新巻ボニートサーモンを投入して塩麴と魚醤で煮込めば、ボニートサーモンの簡単鍋の出来上がりだ。
塩麴のおかげで、俺達の食卓はうま味の小爆発がおきた。
これで醤油や味噌なぞ出来てしまった日には、最早ビッグバンだろう。
美食探求の冬は順風満帆である。
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「星が綺麗っすねぇ」
「だな~」
季節には不似合いなビーチチェアを召喚し、防寒寝袋に包まりながら星を眺める俺達。
かまどにはすっかり空になった鍋に代わって、大きなヤカンがセットされている。
立ち上る湯気の向こうに見える夜空には、満点の星空が広がっていた。
大して工業が発展していないこの大陸のこと、季節によって空の様相が大きく変わることは無いのだろうが、冬の空は不思議と澄んで見える。
「雄一さん! 天体観測するっス!」
そう言いながら、何やら板状の物体を取り出したミコト。
この世界の星座早見板だそうだ。
なんでも、船乗りとかが使うガチ仕様らしく、ポップさの欠片もなく、銅板に点で打たれた星座と、その名前が焼き入れられている。
ただ、硬派一辺倒というわけではなく、一応デイスの雑貨屋さんお手製の、星座の説明が書かれた小冊子がついていた。
「てんびん座とか、こと座とか、名前は同じでも結構形違うんだな……」
「こういうの見てると、異世界情緒感じるっスよね~」
「へぇ……イカ座とか鮭座とかあるんだな」
「ケンタウルスとかケルベロスとか、この世界に実在する幻獣の星座は無いみたいっス。これ意外っスね」
「まあどっちも敵性生物だし、あんまり想起したくないんじゃないかな……」
そんな星座板の中で、妙に目を引いたのが「サムライ座」だ。
いや、ちょっと待って何これ、本当にナニコレ!?
小冊子の項目を開くと、簡単な絵と共に、その由来が書かれている。
なになに……?
その者、遥か暗黒の東方より来訪し、帝都を襲いし魔獣をその「タチ」の一振りにて討伐。
その後、各地を襲う魔王軍を、仲間と共に次々と討ち滅ぼし、ついには魔王ダイバンとの壮絶な「イッキウチ」の末、これを撃破。
時の皇帝より与えられし名誉の一切を固辞し、諸国漫遊の旅に出た後の行方は不明。
大陸西方にてバーナクルを興し、そこに骨を埋めたとも伝えられるが、その真偽は明らかではない。
だが、バーナクル成立後も、大陸各地で彼のものと思われる数々の伝説が残されている。
……と。
「ちょっとなんスかこれ!? 先の魔王お侍さんが倒したらしいっスよ!?」
ミコトがその伝説に驚いているが、俺の目は本文横に添えられた鉛筆画に釘付けにされていた。
「このサムライの絵、刀と……釣り竿持ってない?」