第13話:ユムグリを観察しよう
観察1日目:2対のユムグリは凍ったように動かない。
観察2日目:雪が降り始める。ユムグリは動かない。
観察3日目:雪が降り続いている。ユムグリの表面に着氷し、全身が真っ白に凍り付く。
観察4日目:ユムグリに変化なし。雪が腰くらいまで積もってきたので、テントの周りの雪をかく。
観察5日目:変化なし。
観察6日目:変化なし。
観察7日目:ユムグリが壁に付着した雪に完全に埋まってしまい、観察不能となる。
観察8、9日目:同上。
とまあ、そんなこんなで、雪に閉ざされつつも観察は10日目に達した。
ユムグリが雪に埋まってしまったので、もうテントで寝泊まりする必要は無いのだが、特に意味もなく、俺達はテント生活を続けている。
……なんだろう。
意外と暮らせてしまう……。
ていうか、適度に狭いので、妙に居心地がいい。
「やっぱり現代のテントって凄いっスねぇ」
そう言いながら、ミコトがガスバーナーで朝のタンポポコーヒーを作っている。
雪山でも寝泊まりできる、断熱素材が2重、3重になったテントを使い、発熱下着を着ているので、俺もミコトもジャージ+厳寒期用寝袋程度で快適だ。
去年は主に食糧不足で死にそうになっていたため考えたこともなかったが、この地域はよほどの吹雪でもなければ外で寝泊まりできるようだ。
ふむ……ということは、あの海岸へ冬の味覚を釣りに行けるな……。
丁度雪も止んでるし、雲も切れてるっぽいし……。
「なあミコト~。ユムグリ完全に凍っちゃってるし、ホロビラメ釣りに行かないか? アレ今の季節脂乗って旨いと思うぜ」
ミコトが入れてくれたコーヒーを啜りつつ、釣りに誘ってみる。
だが、ミコトは頭を縦に振ってくれない。
代わりに口先を尖らせつつ、無言でテントの隙間から見える、雪から浮き出た2対のユムグリポッチをジーッと見つめた。
ああ……。
これはミコトが自分の我儘を自覚しつつも俺に理解を求めてる時の顔だ……。
なんとも奥ゆかしいわがままエンジェルである。
まあ、釣りに行きたいっていうのも俺の我儘だし、もうしばらくコイツの研究観察につき合うか……。
と、俺がもうひと眠りしようかなと横になった時、ミコトが「キャー!」と大声をあげた。
え!? 何!? 何があった!?
幾重にも重なった毛布を払いのけ、テントの隙間に噛り付くミコトの背中を支える。
「雄一さん!! あれっス! あれ見るっス!」
目を輝かせながら彼女が指さした先には、朝の陽ざしで落下した雪の中から現れたユムグリペア×2。
一見、数日前と変わらないと思ったが、よく見ると、片一方の姿が僅かに変わっている。
「お腹大きくなってるっスよ~! あの子達、あの状態で交尾してたんスよ~!」
「キャー!」と歓声を上げつつ、テントから走り出、その姿を余すことなくスケッチしていくミコト。
いやキミジャージだし裸足……。
余程この新発見が嬉しかったのだろう。
俺は防寒着を召喚着衣し、テントから這い出る。
うわっ……寒っ!
ミコトが風邪をひく前に、彼女にも防寒着を召喚着衣させた。
ただ、ユムグリの神秘に心を奪われた彼女は、全く気付いていない。
ピョコピョコと位置を変え、スケッチをするミコトの邪魔にならないよう、一歩下がってユムグリを眺めてみる。
なるほど、右側の個体は腹がでっぷりと膨らみ、体色が白っぽくなっている。
多分、メスだろう。
一方で左側の個体は赤みが増し、体は幾分スリムになっていた。
オスのようだ。
よく見ると、オスの腹から白い棒状の物体が伸び、メスのエラブタから体内に入っている。
恐らく、精管だ。
オスはここから自分の遺伝子をメスに渡し、同時に自身の栄養もメスへ送っているに違いない。
チョウチンアンコウで見られる、メスと合体して精子&養分タンクに変化するオスの、簡易版のようなものなのか……?
「赤みを増すのは、多分外敵に襲われた時自分を優先して食わすためっスね。メスは随分白くなってて、雪にカモフラージュしてるっスもん」
なるほど、確かに雪に塗れていると、メスのシルエットは掴みづらい。
だが、オスははっきりと見える。
オスが食われたらメスもそのまま食われそうなものだが、この戦略で生存しているのだから、何らかの効果はあるのだろう。
「ふぅ……いいスケッチが出来たっス……。早速天界にレポート送るっスよ!」
そう言って、ミコトはテレポートで家の中に入っていった。
俺も後を追おうかと思ったが、レポートを書いているミコトはどうせ上の空だ。
家に入るのはテントでもうひと眠りしてからにしよう……。
「君の気持ち、ちょっと分かるぞ……」
生簀で一匹寂しげに泳ぐユムグリにサーモンの切り身を与え、俺はテントの奥で毛布と寝袋に包まった。





