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第12話:雪が止んだら




 シャウト先輩の家に寝泊まりすること丸3日。

 雪に閉ざされた一つ屋根の下、寝食を共にし、他愛のない会話で笑い合い、時々ラッキースケベに見舞われながら楽しく過ごしていた俺達だったが、その終わりはあっさり訪れる。

 4日目は雪が止み、雲が切れ、この地域の冬では珍しいほどの快晴の夜明けとなったのだ。


 少しばかり名残惜しいが、俺達はもう帰らなければならない。

 ウズラ達のエサがそろそろ尽きる。


 そして、同時に、シャウト先輩にも急用が入ることとなる。

 突然ギルドから招集がかかり、ホッツ先輩ら二つ名持ちのベテラン勢と共に首都へ向かうことになってしまったのだ。



 「んだよこのクソ寒いのに……」などとボヤキつつ、先輩はギルドの高速飛行クジラ「ミガルー」で首都へと運ばれていった。

 でもこのクソ寒い中の招集なのだから、相応に重要な内容なのだろう。

 また邪神教徒の連中絡みじゃなかろうな……?




////////////////




「はぁ~……。先輩のお家もオシャレでいいっスけど、やっぱり我が家が一番落ち着くっスねぇ~」



 ミコトがソファーでゴロゴロと転がる。

 4日ぶりの我が家なわけだが、やはり、雪はどっさりと積もっていた。

 だが、これもやはりと言うべきか、屋根はビクともしていない。

 俺がDIYで増設した倉はちょっと危ない感じだったが……。

 合掌造り風にしていなければ倒壊していたかもしれない。


 とりあえず雪をまとめて下ろしておく。

 家が大丈夫でも、不意に上から降ってこられたら無事では済まないからだ。

 水魔法の形質変化でサクサクと落とそうとしてみたが……こりゃダメだ。

 シャウト先輩みたいには上手く出来ないや……。

 デロデロと流れてくる雪の塊をスコップで落とし、俺は家に入ろうとした。



「……ん?」



 横目に見えた生簀に、俺は妙な違和感を覚えた。

 ユムグリ……いなくなってない?


 快晴の日差しで表面の氷が解けた生簀に、5匹ほど泳がせていたはずのユムグリが見当たらない。

 鳥に攫われたか!?

 なんてこったい……もったいない……。


 ミコトに言ったらがっかりするだろうな……。

 と、生簀に背を向けて再び家に入ろうとすると、今度は横目に茶色いコロッとした物体が家の壁に這い上がろうとしているのが横目に入った。

 食糧庫を狙うネズミかと思い、チャチャっと追い払おうとしたが、そのネズミはやけにヌメヌメとしていて、妙にトゲトゲで……。

 うおぉ!? ユムグリが家の壁にくっついてる!



「ミコト―! ユムグリが! なんかすごいことしてる!!」



 俺は慌ててミコトを呼びに戻った。




////////////////





「これは……。なんスかね?」


「俺が聞きたいところだが……」



 5匹のユムグリの内、3匹が家の壁傍に積まれた薪の山にくっつき、凍り付いたかのように固まっている。

 モズの早贄でも食らったかのようだが、もう2匹がそこに這い上がろうとしているあたり、自ずとこの状態になったようである。



「この子達……なんか膜みたいなの纏ってるっスね?」



 既に壁に張り付いている個体を優しく触りながら、ミコトが言う。

 魚の表面を覆う膜は軽く引っ張っても千切れないほどの強度があるようだ。

 ハイギョが夏眠する時、体を乾燥から守る際に使う膜に似ている気がする……。



「ちょっとこの子達観察してみるっス」


「だな……」



 俺は冬期用テントを召喚し、その中にこれでもかという量の厳寒期寝袋と毛布を召喚した。

 中に二人で潜り込んで寝袋と毛布を羽織り、お内裏様とお雛様スタイルで2匹のユムグリの壁のぼりを観察する。


「頑張るっス! あー! ずり落ちちゃたっス!」「よし! 結構登ったぞ!」などと、なんだかスポーツ観戦のようだ。

 あったよなぁ……こんな壁登らせる筋肉番組。



「トゲやヒレの摩耗の原因は、多分これっスね。日常的に岩とか登るのに使ってるんスよ」


「だなぁ。これ多分ため池の支流を遡上したり、急流で体固定したりしてるんだろうな」


「ため池に来るのは冬だけなのかもしれないっスね」



 魚が水から這いあがるのは、決してあり得ないことではない。

 ハゼの仲間には、干潮時に干潟を這いまわる種もいるし、水に潜るのを嫌うかのように岩の上で陣取る種もいる。

 カジカに近い種と思われるユムグリも、陸上に出る能力を備えている可能性があるだろう。

 ていうか、この世界の魚って鮭でも陸に上がるしね……。



「あ! 一匹が仲間の近くまで這いあがったっスよ!」



 見ると、2匹の片割れが、先に薪へ登り、膜に覆われていた1匹の横あたりまで這い上がってピタリと寄り添うと、モゾモゾと震えた後、同じように膜に包まれた。

 よくよく観察すると、もう2匹の方も体を寄せ合って膜に包まれている。

 ペアで……冬眠……?



「あれ? 残った子が帰って行くっスよ?」



 そのペアにあぶれた1匹がは、文字通り「トボトボ」といった感じで生簀に帰って行った。

 え、なんか可哀そう……。



「ユムグリはペアで膜に包まれて、硬直する……。でも低温には抜群に強いので、冬眠の必要性はない……繁殖活動っスかね?」


「こんな繁殖見たことないぞ……?」


「でも、生物の行動は必ず生存戦略と関わっているはずなんスよ。ちょっと何日か観察してみるっスよ」


「……ここで!?」


「勿論っス!」



 馬鹿野郎そんなことできるか! と、ツッコミたくなったが、ミコトの好奇心に光り輝く目を向けられては、俺は逆らえなかった。


 釣り界隈には「魚の気持ちになって釣りを組み立るべし」という思想がある。

 まあ、実際に魚の気持ちを理解することなど不可能で、要はその時の水温や海流、時間帯、エサの状況などから、その魚が取る行動を予測せよという意味である。

 それをイマイチ理解していなかった頃の俺は、後輩釣り仲間に偉そうな顔でよく「魚の気持ちになってみな」と語ったものだ……。

 こりゃ……そのツケが回ってきたな……。


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