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第9話:冬の雑用デー(下)




 真っ暗な石壁の回廊。

 サラサラと流れる汚水……。

 一年目の夏、うっかり受注してしまったドブさらいクエスト以来、もう二度と来るまいと思っていた下水道を、俺達は6人の大所帯で歩いている。


 なぜかと問われれば、今日の見回りクエストの巡回ルートに下水道だった。

 ただそれだけのことだ。

 ここ臭いし、変な虫いるし、たまにデカいネズミ出るしで嫌なんだよなぁ……。


 下水道に魚は……いるはずもない。

 水辺を見ると、つい魚を探してしまうのが釣り人の性だが、ここの水面はあまり凝視したくないね……。


 後輩達はその臭いに嫌な顔をしつつも、「人の嫌がることを率先してするなんて……!」と、随分好意的に捉えているようだ。

 エドワーズもだが、この子達もちょっと人を見る目を養った方がいいな……。

 凄い冒険者は真冬に下水道徘徊したりしないぞ?



「臭いっスけど、なんか温かいっすねここ」


「ああ、おかげで虫とネズミの天下だ……。そこ危ない!!」



 後輩たちの上から忍び寄っていた大蜘蛛を、氷の刃で撃退する。

 脳天を冷気に撃ち抜かれたそれは、ひっくり返って下水を流れて行った。

 前回はまともな装備が無かったので、あんな雑魚相手でも散々な目に遭ったもんだ……。



「下水だからって気を抜いちゃメッ!っスよ? ちゃんと隊列を組んで動くっス」


「は……はい……」


「びっくりした……怖かった……」



 目を丸くして硬直しているタイドとビビ。

 この二人はいかにも新米!って感じのリアクションだな。

 一方、レフィーナとラルスは今の一瞬の間に腰を落とし、片や剣に手を置き、片やガードの姿勢を取っていた。

 ……俺に向けて。



「せ……先輩が襲ってきたのかと思いましたよ! ごめんなさい!」


「同じくです……。とんだ失礼を!」



 ほほう……。

 感知スキルとまではいかないが、この緩いムードの中でも、ちゃんと危険対応の感覚を研ぎ澄ませていたのだ。

 うん。

 この2人は偉い。

 というか凄い。


 「あー……俺カッコ悪いなあ……」と、頭を掻くタイド。

 いや、君の反応が普通だよ……。

 俺とミコトは感知スキルとかいうレアスキルで軽くチートしてるしね。



「ねえ雄一さん。なんかここ……妙な感がありません?」


「あ、ミコトも感じてた? なんか、チクチクした感じの感知来てるよね?」



 そのスキルに、先ほどからずっと引っかかっている奇妙な感知音。

 これは……何かの群れかな?

 大ネズミくらいの強さで、大した知能を持っていない、それでいて友好的ではない生物の群れが発する雑音に似ている気がする。


 前に来た時は、こんな変な感はなかった。

 冬の下水道に集まっている生物がいるのだろうか?



「ちょっと君たち、ここからは俺達の傍に寄っといて」


「何かの群れが出るかも知れないっスよ」



 テコテコと俺達の後ろに着く後輩達。

 この先の分水槽まで行けば、あとは長い上り坂を歩いて地上に出ることができる。

 分水槽は、デイス中の汚水流が合流し、沈殿、分別されて街の外へ向かう下水道へ吐き出される場所。

 要は一番汚いところだ。

 ちなみにドブさらいは、ここに積もったヤバい物体を取り除く作業である。

 おお……思い出すだけで吐き気と悪寒が……。



「先輩! なんかここ、異様に水が澄んでませんか?」



 「何かの群れ」を警戒して、真面目に汚水のせせらぎを見ていたビビが、異変に気付いた。

 彼女の指さす方を見れば、確かに、汚水の一角が、水底まで見える程澄み渡っている。

 なんだ……?

 強力なLEDライトを召喚し、水面を照らしながら見つめていると、突然、感知スキルがキン!と鋭いピークを上げた。



「みんな下がれ!」



 咄嗟に全員を壁際に押しやる。

 すると、俺達がいた場所目がけて、槍が飛んできたのだ!

 ひぃ!!



 そして辺り一面から聞こえだしたのは、「ゲゲゲ……ゲゲゲ……」という鳴き声。

 こ……この声は!?

 そう思う間もなく、汚水の中から次々出てくる半魚人。


 俺はすかさず、全員に氷手裏剣をお見舞いする。

 が、眉間に叩き込まれたそれは、「パキン」と音を立てて割れた。

 あ、無理ですねこれ、はい。



 「「テレポート!!」」



 まあ、こういう時は逃げるに限る。

 後輩たちを抱きかかえ、俺達はデイスのギルド本部へと飛んだ。




////////////////




 デイス下水道に半魚人型魔物出現!

 俺達からの報告を受けたギルドは大騒ぎになった。

 ただ、その日の内にはギルドナイトが立ち入りを行い、魔物は大方片付けられたらしい。

 その際に、妙なものが見つかったらしく、ギルドの運営さんらは奥の部屋で緊急会議に入ってしまった。

 先ほどから、ラビリンスがどうの、ダンジョンがこうのと、小難しい話がボソボソ聞こえている。



「先輩! どうして逃げたんですか! 名を上げるチャンスだったのに!」


「あれに俺達だけで勝つのは無理だよ」


「そんな……戦う前から……!」



 戦って勝つ気満々だったレフィーナが俺を責める。

 他のメンバーは彼女を宥めているが、彼女の気は収まらない。

 ここ最近、勝ち癖が付いているためだろう。

 出会い頭に即敗走が余程悔しかったと見える。


 まあでも、俺に対する幻想が解けるいい機会じゃなかろうか。

 俺は気のいい先輩かもしれないが、目標にするようなヤツではないんだよなぁ……。

 ただの釣りバカだし。


 俺の煮え切らない態度に業を煮やしたのか、レフィーナは「もういいです!」と言って立ち去ってしまった。

 メンバーもペコペコ謝りながら、彼女の後を追う。



「雄一さん。良かったんですか? 随分言われっぱなしっスよ?」



 ミコトが心配そうに俺の顔を覗き込む。



「良くはねぇけど……こ……怖かった……。あの子血気盛んすぎて怖いよ!」



 正直、怖くて強く出れなかっただけですハイ……。



「あれだけの負けん気と向上心があるなら、もう来年からは俺らの助けが必要にはならんだろうし、いい機会だったんじゃないか?」


「まあ……雄一さんがそう言うならいいっスけど……。私もよっぽど言い返そうかと思ってたんスよ?」


「俺を褒めてくれるのはミコトだけでいいよ」


「もう……雄一さんったら♡ 今夜はこの街にお泊りしちゃうっスよ?」



 今回の報酬を彼女達のギルドメンバー札に吊るし、俺達は夜の宿屋街に向かった。


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