第8話:冬の雑用デー(上)
雪が降りだして3日。
屋根に積もった雪を時折落としつつ、まったりとした時間が過ぎていく。
飛行スキルとは全く便利なもので、3階屋根の雪下ろしもスイスイだ。
「雄一さーん! お昼出来てるっスよ~!」
ミコトの声が、玄関から聞こえてくる。
ああ、もうそんな時間か。
曇り空の切れ目から見えた日の光は、確かに真上から差していた。
「了解―! もうちょいで雪下ろし終わるから先食っててくれー!」
「終わるまで待ってるっスー! 一緒にご飯食べるっスよー!」
ははは……こやつめ……。
可愛い天使を空腹のまま待たせないためにも、俺は雪を掬う腕に力を入れた。
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「雄一さん、今日はこのまま晴れそうですし、久々にデイスに遊びに行かないっスか?」
ミコトがストームグラスを見ながら言う。
元の世界にもあった、瓶の中の結晶のつき方で天気を予報できるものだ。
的中率はあまり高くないが、雲が飛んで来る西の空を見る限りでは、今日一日くらいの天気はもちそうだ。
思えばこの冬が始まって以来、俺達はデイスに一度も行っていない。
いやまあ、行く必要がなかったとも言えるが、一応デイスに籍を置く冒険者として、一度くらいは顔を出した方がいいだろう。
ちょっとした雑用をやっておくだけでも、先輩やギルドの人たちからの印象がいい。
冒険者ギルドなどは人情や心意気で動く相助コミュニティなので、いざという時に助けを求めやすくなる。
元の世界でも割と重要だよねこういうの。
「オッケー。んじゃ、パパっと支度して行こう。んじゃ、脱いで」
「はいっス!」
部屋着をスポンスポンと脱ぐミコト。
別に昼間から特殊プレイを始めたわけではない。
「釣具召喚!」
裸になった彼女に、温感下着、断熱中着、上着そして防寒ジャケットが順番に装着されていく。
ミコトが一着ごとにいちいちポーズをとるので、まるで魔法少女の変身シーンのようだ。
……可愛い。
召喚を解除してしまいたくなる欲求を抑えつつ、俺も自分の防寒装備を身に纏う。
家の鍵をしっかりと閉め、俺達はデイスの城門前にテレポートした。
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「おー! お前ら今年は元気そうじゃねぇか!」
「どっかで釣りしながら凍死してるかとおもったぜオイ!」
デイスギルドに着くや否や、早速お馴染みの先輩らの軽口が飛んできた。
クエスト受注は休止中でも、暖を取りに集まっているのだ。
なにせ24時間煌々と明かりと暖房の灯るギルド本部、しかもギルド所属の冒険者なら利用料も場所代も不要。
俺達のように二人きり、もしくはパーティーでノンビリと過ごしたい勢以外は、大体終日デイスギルドの食堂で駄弁っている。
節約した燃料代で飲んだくれるのがデキる冒険者スタイルだ。
まあ実際には、金の使い過ぎでツケを作ってしまい、春から馬車馬のように働く羽目になる人が大多数なのだが……。
ちなみに、ああ見えてしっかり者のホッツ先輩や、身持ちの硬いシャウト先輩などは、こういう場には居ない。
ちょっと寂しい……。
クエストボードを見れば、やはり目ぼしいクエストは残っていなかった。
まあ、それは別にいい。
適当な雑用で軽い運動兼、働いているアピールが出来ればいいのだから。
お、このデイス全体見回りクエストなんか気楽でいいじゃないか……。
料金は安く、大した経験値にもなりはしない。
ただ、散歩代わりに受注出来て、街の人たちの軽い手伝い程度で達成できるクエストだ。
今日の俺には丁度いい。
俺がそのクエストを手に取ろうとした時、ミコトが俺の肩を叩いた。
「雄一さん! 新米君たちっスよ!」
ミコトの指した方を見ると、oh……。
暖炉前にうずくまる後輩4人組が見えた。
随分濡れて、くたびれているように見えるが、表情は伺えない。
背格好だけを見れば、去年の俺達みたいだ……。
俺はへべれけの先輩らから次々と差し出される酒を華麗に捌き、彼らの元へ向かう。
「ほぅ……ひみら……らいじょうぶか……?」
「先輩こそ大丈夫ですか!?」
おっと……反応を見るに、大丈夫そうだ。
むしろ、躱しきれず5~6発の酒を被弾した俺のダメージの方がデカそうなほどである。
ラルスくんが持って来てくれた氷嚢で頭を冷やしつつ、レフィーナが持って来たお冷を飲んで酔いを醒ます。
後輩たちの安否、暮らし向きを気遣うつもりが、すっかり4人に介抱されてしまっている俺……。
いやはや……イマイチカッコいいとこ見せられないな……。
「きみら……くらしは……だいじょうぶか……」
「はい! なんとか元気に生きてます!」
「先輩のおかげで、食料はまだありますし、さっきもクエストこなしてきて、みんなで温まってたんですよ」
そうか……。
それならよかった……。
今年は冬の晴れ間が比較的多いため、ゴブリン等の低級魔物の出没が続き、クエストには困らないという。
新米にしては戦績のいい彼らは、そこで着実に資金と名声をチャージ中というわけだ。
特にレフィーナの戦闘力は抜群で、早くも大型個体のゴブリンや、フォレストウルフのような危険度Cクラスの敵を一人で倒せるようになっている。
しかも、近圏の村に出た低級悪魔を撃破し、一人だけ撃破レコードのスコアが群を抜いているときた。
この子、なんか天賦の才を感じる……。
普通に俺みたいなのを抜き去っていけそうだな。
「先輩は何の御用事ですか? もしかして、指名クエストとかですか!?」
そんな才能あふれるレフィーナが、随分期待を込めた目で聞いてくる。
尊敬する先輩の動向を学ぶ意欲に満ちた目だ……
いやぁ! そんな目で見ないで! 俺雑用クエストでお茶を濁しに来たの! 下心も満載なの!
俺は酔いが醒めていくのを感じた。
ここで妙な受け答えをして、未来ある少女を失望させてはいけない。
「ま……まあ、街の見回りクエストってとこかな? 体が鈍るの防ぐための雑用こなしさ」
苦し紛れに言った誤魔化しの言葉。
嘘ではないが、まあ、結局ショボいことをしに来たと自白した形だ。
ごめんね後輩君たち……。
俺、そんな大層なことができる人じゃないの……。
だが、ボニートサーモンや防寒具によって、冬の間に形作られた彼らの「偉大な先輩フィルター」は強力だった。
「カッコいいです! 他の先輩達が飲んだくれる中……この街の安全を案じていたなんて!」
「やはり“雷刃パーティー”のトリックスター……感銘いたしました!」
などと、およそ正気とは思えない反応が返ってきた。
いや……やめて……やめて……。
「そうっスよー! 私の雄一さんは釣り遊んでるように見えて、みんなの事しっかり考えてるんス!」
俺の想いとは裏腹に、ミコトまでも俺を持ち上げ始めた。
いつだって俺を立ててくれる最愛の天使は、時に小悪魔じみた結果を招く。
どう止めればいいか考えている間にも、ミコトの俺語りは加速していった。
どんどん話がデカくなり、大げさになり、いつの間にやら、俺達の見回りクエストに後輩君たちが一緒に来るという、息抜きもへったくれもない事態に陥るに至っては、俺の酔いは完全に醒め、違う頭痛に見舞われる羽目になったのだった。