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第7話:ユムグリの幸せうま塩煮




「うーん……トビバスが来るまでは天敵もいなかったはずなのに、どうして君はトゲトゲなんスか~?」


「ミコト~……早く煮つけにしようぜ~……」


「はーいっス……」



 ユムグリの独特なフォルムに夢中のミコトは、俺の言うことに生返事だ。

 うう……恋人を魚に寝取られた気分……。

 ミコトは天界パソコンしか召喚出来ないそうで、写真に撮って、後から検証ということができない。

 なので、生サンプルがある間に、なるべく多くの特徴を見つけ、スケッチしなければならないのだ。



「もしかすると、本当にトゲで魚を引っかけて捕まえるのかもしれないっスねぇ。どの子も妙に摩耗してるっスよ」


「魚引っかけたくらいでそんな摩耗しないだろ。なんか、岩に生えた苔を食い漁ってる天然アユの歯に近い擦れ方に見えるぞ。しかも、摩耗してるのは腹近くのトゲだけだ」


「お! 雄一さんフィールドワーカーの知恵っスね! ふむふむお腹近くのトゲ……確かにそうっスね……。ちょっと雄一さんあのため池に潜って……」


「俺に凍死しろと」


「ジョークっス……。まあ、生簀の子達をしばらく観察してみるっスよ」



 ユムグリは低水温にもかなり強いらしく、氷が浮いている生簀でスイスイと泳いでいる。

 前に入れたボニートゴイはあっという間に仮死状態になって浮いてたんだが……。

 しかしこの魚、どうにも愛らしい見た目である。

 オットリとした顔に、コロッとした体……。

 俺ってこういうのに弱いのかな。



「どうしたんスか? 私の身体を舐めまわすようにジーッと見て……。そんな……夕飯前は駄目っスよぉ……」



 俺は夕暮れ前から盛り上がるオットリコロコロ天使の手からユムグリを奪取し、スパスパと下ごしらえを施し、鍋に押し込んだ。

 塩汁、セグロハヤの煮干で出汁をとり、魚醤、どぶろく、そして塩こうじで味付けを施してしばし煮れば、ユムグリのうま塩煮の完成だ。

 付け合わせに、煮汁で戻した干し根菜を添える。


「やーん……雄一さんいつでもどこでも求めて来ちゃって困るっス~」などと言って転がっているミコトを抱き上げ、テーブルにつかせる。

 自分が置かれたのがベッドではなかったことに一瞬困惑していたミコトだったが、鼻の下から香ってくる甘辛い匂いに、すぐ正気を取り戻した。



「うわぁ! 雄一さんいつの間に作ったんスか!? 上げ膳据え膳っス!」



 まったく……。

 調子の良いこと言ってもう……。

 まあ、レポート書くのはカロリー使うし、時には俺が家事しなきゃね。


 指示されているわけではないが、ミコトは自主的にこの世界の生物のレポートを作り、天界の生物院に送っている。

 こういう活動が、いつかミコトのオリジナル生物に繋がっていくのだろう。

 いつか俺が死んだ後、彼女が天界で生物学者として大成するための布石だ。

 永遠に傍に居られない身として、彼女の夢を俺は応援したい。



「ふむっ……むふっ……美味しいっス~。やっぱり麹のパワーは偉大っスよ! ただの塩煮とはうま味の濃さが段違いっス!」



 物思いにふける俺を尻目に、ユムグリの身をモッフモッフと頬張るミコト。

 ふふ……一緒に居られる間は、この幸せエンジェルフェイスをたっぷりと拝ませてもらおう。


 俺もユムグリの身を一口食べる。

 うおっ! フワトロ! 甘い脂と、塩麹のうま味が食欲をそそるったらないなコレ!

 4匹あったユムグリは、あっという間に骨だけになり、その骨も、インフィートから届いた日本酒的な酒に浮かべて熱燗にし、骨鰭酒として美味しくいただく。

 あぁ……これは幸せ。



「えへへ……美味しいご飯ありがとうっス」



 骨鰭酒で頬を紅潮させたミコトがヘニャっとした笑顔を向けてきた。

 自然と「こっちこそありがとう」という言葉が口をついて出る。

 ミコトもまた「えへへ~毎日の幸せをありがとうっス~」と、歯が浮くようなセリフを返してきたが、俺も負けじと「毎日笑顔を見せてくれてありがとう」と、これまたクサい言葉を送った。


 食器を片付けて外を見れば、日が落ちた西の空を背景に、大粒の雪が斜めに降り始めていた。

 また数日間、雪がこの世界を閉ざすのだろう。

 「雄一さぁん。今夜は寒いっスから、一緒のベッドで寝るっスね~」と、ヘニャヘニャ赤ら顔のミコトが頬を擦り寄せてきた。

 俺はその肩をそっと抱き寄せ、寝室へと向かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ラブラブで羨ましいね。
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