第6話:ため池のユムグリ 氷上ルアーゲーム
アユカケという魚をご存知だろうか。
日本に生息するカジカの仲間で、最大級の種である。
ルアーに対する反応は良好で、リバーロックフィッシュなどという小洒落た愛称も持っている。
それとそっくりな魚が生息している場所がある。
以前、トビバスの捕獲を依頼されたあのため池である。
少し前に、オウゴンワカサギを買いに行ったのだが、その時、漁師の四手網にオバケのような大きさのカジカが入ったという話を聞いたのである。
気味が悪いのでその場で逃がしてしまったそうで、実際に拝むことは出来なかったが、そこに生息している以上、釣ることはできる。
「おー! 凄いっス! 一面凍ってるっスよ!」
まだ日も昇らない早朝、俺達はそいつを釣るべく、ため池の村を訪れた。
凍てつく様な気温だが、現代の防寒具をガッチガチに着込んだ俺達には、そんなものは効かない……いや、流石にちょっと寒い。
ため池には氷が張り、真っ白になってた。
うたた寝いていた見張り小屋のおっちゃんに挨拶がてら、ボニートゴイの焼き干しを差し入れし、俺達はその氷の上に恐る恐る乗る。
うん……大丈夫そうだ。
流石に凍った池にドボンは勘弁願いたいところである。
ワカサギの氷上釣りで使うドリルで穴を二つ開け、折り畳み式の椅子、金属ポット、ガスバーナーを召喚すれば、快適な釣り座の出来上がりだ。
紅茶を沸かしている間に、俺とミコトの仕掛けをセットする。
俺の仕掛けは、8ftのバス用ベイトロッドに、フロロカーボン8lb、そこに5gのジグヘッドリグ+クローワーム3インチの直結だ。
ミコトには、竿とリールはそのままだが、3インチのシャッドワーム+ダウンショットリグをセットする。
俺は甲殻類パターン、ミコトはワカサギパターンを仮定した仕掛けだ。
この「パターン」というのは、それ即ち、ターゲットの魚が何をメインのエサとして食っていて、そのためにどんな行動をとっているか、ということである。
つまり、俺の仕掛けにガンガン食いついてくるようなら、カニやエビを食うために底層を遊泳していて、ミコトのそれに食いつくなら、中層を泳ぐオウゴンワカサギを狙って浮上している、ということになる。
ルアーで魚を狙う時、この仮説と実践がなかなかに面白い。
読んだパターンがハマれば爆釣、外れれば隣でポンポンと上がる魚を眺めながら自分はボウズ……なんてこともあり得るのだ。
「ふわ~……空気が澄んでていいっスねぇ」
沸いた紅茶を飲みつつ、手作りの焼きサーモンおにぎりを頬張るミコト。
俺も彼女が握ってくれた魚醤付け筋子おにぎりをいただく。
紅茶を啜ると、体がじんわりと温もった。
ダージリンティーって意外と米に合うよね。
仕掛けも、腹も準備ができたところで、穴にルアーを落とし、コンコンとボトムを叩く。
冬期とはいえ、多数の小川が流れ込むこのため池は、結構な深さがある。
底層には……フワフワとした感触がある。
これ多分、木とか落ち葉が堆積してるな。
ジグヘッドには根がかりを防ぐワイヤーガードが付いてはいるが、少し油断するとすぐ落ち葉や枯草を拾ってしまう。
そういう点では、ミコトの仕掛けの方が有利かも。
一応俺も、ワームをオフセットに変更し、無用な落ち葉拾いを避ける。
落ち葉拾いか……なんか焼き芋食べたくなってきたな。
「あっ! 食ったっスよ!」
俺の後ろで釣っていたミコトが声を上げる。
おっと。
一匹目の栄誉はミコトのものか……と、思いきや、食ってきたのはトビバスだった。
水面が凍っていて飛べないので、アッサリと取り込むミコト。
氷の穴から出てくるバスって新鮮だな。
臭みを抜くため、綺麗な水を張ったクーラーボックスに放り込んでおく。
その次に魚を掛けたのもミコトだった。
だが、またしてもトビバス。
さらにまたヒット、さらにまたトビバス。
ヒット……トビバス。
ヒット……トビバス……。
「トビバスばっかっスよここ!」
ミコトは早々に5匹のトビバスをキャッチしたが、本命は未だ掛からない。
うーん……トビバスとの生存競争でやられちゃってんのかな……?
だが、ミコトが6匹目のトビバスとファイトしている時、異変が起きる。
突然竿が大きく曲がり、その直後、トビバスが勢いよく上昇、水面の氷に激突し、失神して上がってきたのだ。
サイズは10センチ程度と、かなり小型だったのだが、その魚体にはクッキリと歯型が残っていた。
何者かがこのバスを捕食しようと襲い掛かったのだ。
もしや、狙いの魚だろうか?
俺は少しパターンを練り直し、6インチの、ジョイントスイムベイトと、シンカーをペグ固定したテキサスリグの組み合わせに変更した。
小型のバスをイメージしたサイズだ。
これで、弱った小柄なトビバスが、底層と中層の間をフラフラしているのをイミテートしてみる。
するとすぐに答えが出た。
ゴゴン! という衝撃が来たため、一瞬糸を送り、穂先が大きく引き込まれたところで大アワセを入れる。
直後、グニーーーー! という具合に、ゆっくりと、しかし確実に竿がしなり、ドスンドスンという重量感のあるファイトが始まった。
明らかにトビバスのものとは違う、底へ、底へと潜っていく動きだ。
底層の流木などに潜られないよう、バットパワーを生かして動きを制する。
「ズボ!」という、堆積した落ち葉層を抜ける感触。
あとは一気に巻き上げる。
「うお! 出た! 完全にカジカ顔だ!」
氷の穴から顔を出したのは、俺の拳よりも一回り以上大きなカジカ顔。
サイズは30㎝強、頭でっかちで、でっぷりとした胴体、大きな鰭……。
こいつが、この世界のアユカケ……。
その背、エラ、頭には鋭く尖ったトゲが幾重にも重なって生えていて、ぱっと見オニカサゴとかオニオコゼの類にすら見える。
可愛らしいカジカ顔に似つかわしくないほどの物々しさだ。
毒持ってるかもしれないから気を付けないと……。
「アユカケって名前、このエラのトゲでアユを引っかけて捕まえる“鮎掛け”って説と、このエラのトゲで岩に引っかかる“岩掛け”、岩っぽい外観で岩に化ける“岩化け”がそれぞれ鈍ったって説があるんスよ。この子はどの法則で名付けてあげるのがいいっスかねぇ?」
知らなかったそんなの……。
なにせ日本では絶滅の恐れを孕んだ希少種。
釣ることも、見かけることも滅多にないものだから、名前の由来とか考えたこともなかったな。
ていうか、こんなに統一感のない名前の由来持ってる魚初めて聞いた。
「あとは、カマキリ、アラレガコっていう由来不明の地域名もあるんスよ」
「いよいよ訳の分からん名前の魚だなアユカケ!」
まあ、せっかく怪名の魚に似た種が生息していたのだから、変な呼称を付けたくなるのは至極当然。
うーん……。
バスカケ? いや、安直すぎる。
コノハバケ……? 言いづらい……。
オコゼカジカ……、トゲカケ……、なんかしっくりこないぞ。
「水底の落ち葉の層の下に潜ってるんスよね? その感じを出したいっスね」
落ち葉に潜る……オチバモグリ、ラクヨウモグリ……。
「ユムグリとかどうっスか? アユカケっぽい落葉に潜る魚ってイメージっス!」
ユムグリか……。
……いいな!
ずんぐりと可愛らしい魚体にも丁度いい。
よし、君は今日から俺達の中での呼称:ユムグリだ!
そう呼ばれたユムグリは「知らんがな」とばかりに大あくびをかましていた。





