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第3話:淫夢が繋ぐ絆




「っしゃぁ! これでいっちょ上がりだろ!」


「いや~先輩ありがとうございますっス。3人だとこんなに捗るんスねぇ」


「先輩が魚捌けるイメージなかったですけど、結構上手いんすね」


「ふっ。そりゃお前料理教……。いや、アタシだって魚料理くらいするぜ」



 先輩……隠せてない隠せてない。

 料理教室でバッチリ魚料理を学んでいたシャウト先輩の力添えもあり、セグロハヤの魚醤樽2本目の準備が完了した。

 あとはこのまま2~3ヶ月待つだけで、美味しい魚醤が完成する。



「しかしお前らの家すげぇな。ウチよりよっぽど豪勢じゃねぇか」


「以前住んでた同郷の知り合いから譲ってもらったんスよ」


「お前らの大陸出身者なんでもありだな……」



 先輩がウチに来た時から激しくなった吹雪は未だ続き、とても出歩けない状態になっている。

 せっかくなので、先輩には雪が収まるまでウチで療養してもらうことにした。


 ミコトはタマタマちゃんやミーちゃんのことを心配したが、先輩曰く、彼らは好き勝手家のモノを食うらしい。

 それどころか、家の掃除とかもやってくれるそうだ。

 便利だな……。

 うちのウズラたちもそれくらいしてくれたらいいんだが……。


 DIYで増設した室内飼育小屋でウズーラウズーラと鳴いている彼らは、生憎、チャームミールでパートナーアニマル化しても、掃除とかはしてくれないそうだ。

 戦闘の補助はしてくれるらしいが、こいつらが傷ついたり死んだりするのは嫌なのでやめておこう。



「うおっ!? お前んちの保冷庫魚屋みてぇだな!」



 お宅拝見とばかりにあちこち見て回っている先輩が、保冷庫にぶら下がるボニートサーモンや、セグロハヤの目刺し一夜干し、煮干、カジカの焼き干しなどを見て歓声を上げた。



「えへへ。雄一さんが美味しい魚いっぱい釣ってきてくれるおかげで、冬でも明るい食卓囲めてるっス」


「ほぇ~……そりゃ羨ましい限りだぜ。アタシもお前の魚のおかげで旨い冬ごもり飯食えてるが、アレ以外にも保存食色々あるもんなんだなぁ」


「俺達の故郷は魚の保存食が結構多いんですよ。単純に旨いものから、結構な曲者までバラエティー豊かなんすよね~」


「なんか悪いなぁ……せっかく蓄えてるのにアタシも食っちまって……」


「先輩って……甘え下手なとこあるっスね」


「なっ……!! へっ……まあ……そうかもな。二つ名持ちにもなると、他人に無条件で頼れる機会は減っちまうからよ」


「俺達にはいつだって頼ってくださいね」


「……生意気言いやがって。でも……ありがとよ。今回もお前らがいなかったらヤバかった」



 つい昨日のインキュバスの一件を境に、シャウト先輩はますますつき合いやすい雰囲気になった。

 なんだろう。

 俺達相手のよっぽどエロい夢でも見せられて、情が増したとかだろうか。

 だとしたらインキュバスGJである。




////////////////




 吹雪が止んだタイミングで、雪下ろしや、水路、生簀の氷割りを行う。

 生憎、晴れ間は覗かない。

 デイスへはこの時期、一日晴れると見込まれる日にしか出入りできないため、先輩は今夜もウチに泊まることになりそうだ。


 先輩が手伝ってくれたので、雪下ろしは俺一人でやるよりもずっと早く終わった。

 ていうか何ですかその技。

 先輩が細く成型した電撃を放つと、屋根の雪がスパスパとブロック状に切れ、ドサドサ綺麗に落ちてくる。

 相変わらず凄い形質変化テクニックである。


 俺はその絶技を横目に見ながら、昨日の釣りでセグロハヤに混じって釣れて、生簀の中で仮死状態になっていたボニートゴイを一匹掬い上げる。

 先輩もいることだし、豪勢な夕食にしないとね。

 先輩は「オイオイ……勿体ねぇよ……」などと言っているが、俺達としては、せっかく先輩がウチに泊まっている状況でありながら奮発しない方がよっぽど勿体ないので……。


 それに、冬のボニートゴイは無茶苦茶旨いので、はっきり言って俺も食いたいのだ。

 だって鮭ばっか食ってかなり飽きてたし!

 無論、それはミコトも同じ。

 俺が放り投げたコイを見事にキャッチし、そのままジョリジョリと鱗を落としにかかっている。


 鯉料理は活きが命。

 特に今から作ろうとしている料理は、鯉の臭みが出ないうちに調理できるかが明暗を分けるのだ。


 鯉こくという料理。

 名前は聞いたことがあるだろう。

 ザックリ言えば、鯉の味噌汁だ。

 だが、この世界には味噌がない。

 食材のうま味を引き出し、臭みを粉砕するあの超万能調味料が無いのである。


 そもそも味噌とは大豆をコウジカビが発酵させて生み出される、れっきとした発酵食品である。

 このコウジカビ、自然界に存在するものの多くは有毒で、そんなものを使えば命の危険すらある。

 菌の名前を挙げだせばキリがないが、日本では長い歴史をかけて無毒化されたものが用いられており、日本酒、醤油、味噌、その他諸々の発酵食品を生み出しているのだ。

 そんなものを一朝一夕で作るなど言語道断なのである。


 いや実は……ミコトの知識を頼りに作ろうとしたのだが、えげつない臭気の黒い物体が生み出され、それを食ったミコトが倒れたとあっては、もう二度と作るまいと心に誓ったのだ。

 その後各地で味噌や醤油にあたる食品を探し求めているのだが、未だ見つからないあたり、未だこの世界に麹のうま味爆発は起きていないようだ……。


 いや、今それはどうでもいい。

 味噌がないならどうするか、塩と魚醤と出汁で何とかするしかないのだ。

 ミコトは仮死状態だった鯉を目覚めさせることなく内臓を綺麗にとり、血をしっかりと抜き、見事に捌き切った。

 これなら臭みは出ないだろう。

 ……多分。


「雄一さん出汁お願いします!」


「おう!」



 保管庫から持ち出したるは、昆布水だ。

 バーナクルでしこたま買い込んだ昆布を数枚水につけておけば、好きなタイミングで使える出汁の原液となる。

 瓶から鍋にそれを注ぎ入れ、火にかけ、沸騰を始めたらセグロハヤの煮干と、新巻ボニートサーモンの頭を入れる。

 そのままひと煮立ちさせて出し殻を取ると、澄んだ琥珀色のだし汁が出来上がった。

 この間にミコトはコイの身を竹ザルに入れ、沸き立った塩湯を回しかける。

 こうすることで余分な脂とアクを飛ばし、臭みが出にくくなるのだ。


 煮立っただし汁にコイの切り身、根菜、香味野菜、芋を入れ、魚醤を注ぎ、アクを取りながらコトコトと煮ていく。

 米が炊け、ボニートサーモンの塩焼きが焼き上がり、冬野菜のサラダを食卓に並べ、そこに鯉こくの大鍋を置けば、先輩をもてなす料理の完成である。



「お前ら……すげぇな……」



 振り返ると、先輩がポカンと突っ立っていた。

 「え? どうしたんスか?」とミコトが尋ねると、「お前らの動きが整いすぎてて、手伝いに入る隙が無かった」とのことだ。

 イマイチピンと来なかったが、お褒めに与り光栄である。




////////////////




「うっお! 旨っめぇ!」



 先輩が歓声を上げる。

 自分たちの料理で人が喜ぶのを見るのは嬉しい。

 特に、俺達にとって一番大切な人とあっては、それもひとしおだ。



「お前ら……全くお前らはよぉ……」



 お酒も飲んでください、コレも食べてくださいと、ワインやら果実酒やら、カジカの焼き干しやらを振る舞っていると、先輩が急に泣き出した。

 突然の出来事に固まる俺達。



「アタシが何か与えても、すぐにその何倍も返してきてよぉ……。お前ら何でそんなに……。こんな身勝手で品のない……悪運ばっかりの後家女につき合ってくれんだよ……」


「そ……そんなの当たり前じゃないっスか! 先輩が私達を大事にしてくれるからっスよ!」


「それにそんな……身勝手でもないし、そりゃ多少無遠慮ですけど……それに後家って……」


「アタシが目をかけたヤツはみんな死に急いで逝っちまってよ……同期も、新米もそうだ……。でもお前らは……無茶な相手に遭遇してもちゃんと戻ってきてくれて……。アタシをこんなによくしてくれて……。アタシはもう……何も返せねぇぜ……」



 さめざめと語りだす先輩。

 過去に色々あったとは何となく分かっていたが……。

 まさか毎年のように親しい人を亡くしていたとは……。

 一党に無理やり入れて、俺達に来たスカウトを弾いてたのも、大臣にキレてたのも、過去の出来事からくるトラウマが原因ってかい……。


 事実、先輩の初恋の人はギルドナイト候補生になって反乱勢力との戦いで命を落とし、初めてできた後輩は、先輩の元を離れて傭兵になり、戦乱で命を落としたそうだ。



「先輩……」



 ミコトが席を立ち、先輩を後ろから抱きしめた。



「大丈夫っスよ。私たちはずっと先輩の元にいまスし、どこかへ行っても必ず戻ってくるっス。だから泣かないでほしいっス」



 ああ……。

 天使がいる。

 うちの食卓に天使がいる。



「いいのか……? アタシは身勝手にお前らの出世邪魔すんぞ?」


「大丈夫っスよ! 雄一さん立身出世欲ゼロっスから! むしろ先輩と一緒に平和な暮らしができる今の日々こそ雄一さんと私の望みっスから」


「そうですよ。俺達はずっと一緒の仲良しパーティーでいきましょう」


「お前ら淫魔の夢じゃねぇよな?」


「「痛っ!!」っス!」



 俺がミコトに並んで、先輩の肩を抱きしめると、先輩は突然俺達の頬を抓ってきた。

 自分の頬も思い切り抓り、「痛ってぇ!」と悶絶した。



「へへ……へへへ。そうか。アタシらは……ずっと一緒か」



 3人で抱き合って笑い合う。

 奇妙な巡りあわせだったが、パーティーの絆はかつてないほど高まった。

 先輩に言わせれば、インキュバスのおかげで俺達への依存に気付けたとかなんとか……。

 たとえ依存でも、自覚し、互いを守り、助け合う意志に繋がるのなら、それは絆の礎だ。


 厄介な魔物も、時には人の役に立つもんだなぁ……。等と思っていると、あのエロ男子インキュバスが窓の外からニヤニヤと覗いているのが見えたので、セグロハヤの焼き頭を玄関や窓に飾り、お祓いしておいた。

 凄い顔で怖がっていたので、多分もうここには寄り付かないだろう。


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