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第2話:魚醤と淫靡な訪問者




 二人がかりで釣ると、もう捗ること捗ること。

 俺達はクーラーボックス2つに一杯のセグロハヤを釣って帰ることができた。

 これだけあれば、1~2年分の魚醤が作れるだろう。


 少し前までボニートサーモンを漬けていた樽を取り出し、良く洗う。

 うっわ……水つめた……!



「ねえ雄一さん。今年はワタ有り、無しで分けて作ってみないっスか?」


「お。いいね。去年はワタ有りオンリーだったしな」


「ワタ抜いて魚醤にすると、マイルドでお上品な味になるらしいっスよ」


「じゃあ、ミコトのクーラーボックスの分をワタ抜きでやろう」



 一先ず、俺のクーラーボックスに入ったハヤをざっくばらんに樽へ放り込む。

 ワタ有りで漬けるなら、身を洗うだけで下処理が終わるのだから楽なもんだ。

 塩、魚、塩、魚……と、魚の重量の20~30%ほどの塩で漬けこんでいく。

 共同作業でやると、あっという間に一樽ぶんが完了した。


 サーモンの時を考えれば、この程度屁でもない。

 俺達の保存食作りテクは、着実に上がっていた。

 だから何だという話ではあるが……。



ゴンゴン!!



 俺が樽の内蓋に重しを乗せていると、突然強い力で玄関のドアがノックされた。

 え……誰。



「どなたっスか~? むぐっ!?」



 ミコトがトコトコと、無警戒にドアへ向かうので、即座に制止した。

 こんな冬にやってくるなど、普通の人間ではない可能性がある。

 遭難者を装った賊の類の可能性があるのだ。

 窓から覗いても、表面が凍っていて良く見えない。



ゴンゴンゴン!!



 激しさを増すノック音。

 な……何ヤツ……。


 双剣を構え、ミコトに合図を送る。

 せーの……! でドアを勢いよく開け、外に立っていた人影に剣を突きつけ……。



「ざ……寒いじゃねーかオラ……」


「シャウト先輩!?」



 黒いローブに身を包んだ先輩が寒さに震えながら立っていた。

 ミコトが慌てて暖炉へ誘導する。

 先輩はズビズビと鼻を啜り、相当寒さが身に染みているようだった。

 ていうか知らない間に外が軽く吹雪いてる……。

 俺達運が良かったんだな……。



「いきなりどうしたんすか? 何もこんな寒い日に無理して来なくたって……」


「んだよ……。アタシがお前らの顔見に来ちゃいけねぇってのか?」


「いや、嬉しいっスけど、それで風邪ひいたら悲しいっスよ。今お風呂沸かしてるっス」


「……悪いな」



 なんだろう?

 随分しおらしいぞ先輩。

 せっかくだし、体が温まる料理でも食べてもらおうか。



////////////////



 まず、新巻ボニートサーモンの身をぶつ切りにする。

 この時、骨を取り除いておくと食べる時楽だ。


 それを干しキノコと干した小魚で取っただし汁の中に放り込み、根菜、玉ねぎと一緒に煮こむ。

 最後に魚醤とバターで味を調えれば、即席のボニートサーモン雑煮汁の出来上がりだ。



////////////////




「ふぅ……。こりゃ温まるぜ……ありがとよ……」



 雑煮を啜り、ホッと一息つくシャウト先輩。



「しかし、突然顔が見たくなるだなんて、先輩可愛いとこあるっすね。 痛っ!」



 ビリビリデコピンが飛んできた。

 やはり先輩、どこかおかしい。

 普通ならビリビリビンタかビリビリパンチが来るレベルのからかいなのに……。



「いや……そのな」



 雑煮をズルっと飲み干し、腕と足を組んで座りなおすと、先輩はやはりどこか決まり悪そうに、ボソボソと話し始めた。



「夢魔に憑かれた」


「へ?」


「正確に言うと、インキュバスに憑かれた」


「それってエロい……」


「だーもう! いちいち言わなくていい!! あーそうだよ! 散々スゲェ夢見せられたよ!」



 俺の口元にアイアンクロ―をかまし、顔を真っ赤にして叫ぶ先輩。

 ちょ……先輩……息が……息が!!



「ゲホッ……ゲホッ……それで……俺の除霊アクセサリーを頼ってきたってわけですか?」


「そうだよ。こんなこと他の連中に話せるか……!」


「例えばどんな夢見せられたんすか?」


「そりゃもうお前らに前後から……って何言わすんだテメェ!!」



 やばい……。

 今日のシャウト先輩めっちゃ楽しい……。

 ていうかお相手俺らなんだ……。



「お風呂沸けたっスよ~。はっ!? なんスか浮気現場目撃っスか!?」



 胸倉掴んで吊り上げられるのが浮気になる国があるなら教えてほしい。




////////////////




 先輩に風呂を貸している間に、ミコトにアレコレと状況を教えておく。

 こういうのはしっかりホウレンソウしておかないとダメだからな……。



「へぇ~……先輩がインキュバスに……」


「らしい。エロい夢見せるだけならいいが、最後は魂まで持って行くことがある危険な魔物なんだってさ」



 付箋をつけた魔物、生物図鑑をミコトに渡す。

 随分高かったが、こういう時にはあると便利である。



「直接攻撃は与えてこないので、カウンタースキルや防御スキルではガード不能……。お守りで防ぐか、高位の神官、僧侶に払ってもらう必要がある……厄介な敵っスね!」


「まあ、現れたら首狩り骸骨くんパンチで一発だろ」


「目視不可って書いてるっスけど」


「その下の注釈見てみ」


「ん? えーっと……神、天使の血を引く者や、天に選ばれし勇者は目視できたという記録がある……え!? 殴るの私っスか!?」


「まあ、よろしく」


「はぁ……仕方ないっスよね……。ところで先輩、妙にお風呂長くないっスか?」



 確かに、言われてみればもう小一時間経っている。

 そんなに長風呂する人ではなかったように思うが……。

 ハッとミコトと顔を見合わせた。



「「インキュバスに襲われてる!?」っスか!?」



 慌てて風呂場へ駆け込むと、先輩の荒い息と共に、俺達の名を呼ぶ声が聞こえた。

 「ユウイチ……ミコトぉ……」と、異様に熱っぽい声を上げている。

 インキュバスを始めとする淫魔が見せる夢には、強烈な催淫作用があり、普段仲良くしている程度の相手でも、夢の中では「そういう役」として登場してしまうというのだ。



「「先輩!!」」



 ガラッとドアを勢いよく開けると、湯船でぐったりしている先輩と、その上に浮かぶめっちゃセクシーな恰好したエロ男子。

 インキュバスだ!

 絶対インキュバスだよコイツ!!

 ちょっと可愛いかも……。



「うりゃあああっス!!」



 骸骨くんキーホルダーを握り込み、殴りかかるミコト。

 相変わらず躊躇も容赦もないなこの子!

 インキュバスはそれをスッと躱し、ケタケタと笑ってフッと消えた。



「く―――! 逃げられたっス!」


「先輩! 大丈夫ですか!?」



 湯船で真っ赤に染まっている先輩を二人で担ぎ出す。

 息は荒いが、一応自分の足では立てるようだ。

 冷たいタオルを頭に乗せ、寝室まで運ぶ。


 「……チ……ト……は……」と、先輩が激しく息継ぎをしながら、ボソボソ何かを発し始めた。

 必死で何かを俺達に伝えようとしていると思い、耳を澄ます。



「ユウイチ……ミコト……そんな左右から同時になんて……」


「「……」」


「一応……大丈夫そう……」


「っスね……」



 俺達を相手にしたセルフナマモノエロパロを呟き続ける先輩をベッドに寝かせ、首狩り骸骨くんキーホルダーをネックレスのようにかけておいた。

 これで一晩も置けば、恐らく彼のマーキングも消え、先輩の元にインキュバスが現れることもなくなるだろう。


……あれ? なんで俺インキュバス見えたの?


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