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第9話:突発クエスト 盗人ゴブリンを追撃せよ




「雄一さん! この温泉饅頭美味しいっスね!」


「旨いなこれ。ほんのりバナナみたいな風味がする」



 日が落ちるまではまだ時間があるので、俺たちは温泉街をブラブラと観光している。

 マリバナナとかいう果物を使った温泉饅頭を食ったり、この地域特産のカトラス小麦を使った蕎麦っぽい麺料理を食ったり、温泉を使った煎餅を食ったり……。

 食ってばっかだな俺達……。



「しかしあのクソ堅い実がこんなに柔らかくなるもんなんだなぁ」



 温泉饅頭の中からトロリと溢れ出る黄色いマリバナナの果肉。

 これ、先ほど釣りで使った堅い木の実である。

 マリバナナは生だと鋼の硬度を持つとされ、とても食用に出来たものではないのだが、火を通すと驚くほど柔らかくなる。

 甘く、香り高い果肉はお菓子、肉料理、スープ等にもよく合う一級食材だ。

 温泉から水分と熱を得て成長するこの植物は、この地域全体で大繁茂している。

 そして、それを食うあの魚も一帯の水辺で大繁殖しているのだ。

 強い酸性を示す水質故、他の水棲生物が殆どいないことから、木の実を食えるように進化したのだろう。

 天敵もエサを取り合うライバルもいないこの環境で、あの巨大魚は一人勝ちの様相を呈していると言える。



「よし! 夕飯までの腹ごなしにあのデカい奴にリベンジするか!」


「おっ! いいっスねぇ! 今度は足場の良いとこでやりましょうね」



 俺達が温泉饅頭屋のベンチから腰を上げ、手ごろな河原へ降りていける道を探すべく歩き出したとき、突然向かいの土産屋で悲鳴が上がったかと思うと、風呂敷を背負った緑色の小人が飛び出してきた。

 何だ!?



「盗人ゴブリンだ! 誰か捕まえてくれ!」


「盗人ゴブリン!? うわこっち来た!」



 黒い頭巾を被り、紫色の風呂敷を背負ったゴブリンがこちらへ駆けてくる。

 確かに盗人っぽい見た目してる!

 突然の魔物の襲撃に面食らっている俺達めがけ、ゴブリンが手をかざしてくる。

 何か攻撃を繰り出してくると思い、俺は咄嗟にミコトの前に出て彼女を庇った。

 しかし彼女の盾になってから気が付いたが、防具も武器もないこの状況下で魔物の攻撃を受けたら俺は普通に死ぬ。

 またやっちまった! 

俺が青ざめるより早く、ゴブリンが突き出した手が怪しい光を帯び……。



チャリーン



 何やらお得感のある音が聞こえた。

 同時にポケットから圧迫感と重量感が消え去る。

 ゴブリンは何やら満足げに笑うと、俺達の眼前で直角に曲がり、坂道を勢いよく下っていった。

 まさかと思い、手を突っ込んで確認すると、入っていたはずの小銭ホルダーが無い。

 ついでに冒険者カードもない。



「いやああああああ!! 大変っス! 雄一さんがくれた指輪が無くなってるっス! ああっ!! チョーカーも、ブレスレットも無くなってるっス!!」



 背後から聞こえるミコトの悲鳴。

 やられた!強奪スキルだ!

 ミコトの取られたものはともかく、冒険者カードはヤバい。

 俺の名で不法入国に使われたり、悪事でも働かれでもされたら大変だ。

 カードを再発行した頃には名の通った悪人に仕立て上げられてしまう。



「追いかけるぞ!」


「ガッテンっス!!」



 俺たちは慌てて盗人ゴブリンの後を追った。




///////////////////////////




 盗人ゴブリン。

 高レベルの強奪スキルと逃走スキルを生まれながらに備えたゴブリン特異種である。

 社会性を持つゴブリン種には珍しく単独行動を取り、金目の物を盗んではどこかに捨てるという謎の行動を取る無茶苦茶迷惑な魔物。

 ダンジョンでうっかり遭遇し、高レベル武器を奪われ死亡するパーティーも少なからずいる。


     ギルド公式魔物ガイドブック 78頁 希少種、特異種欄より



「らしいっスよ雄一さん!」


「本当に迷惑な奴だな!!」



 足場の悪い河原を疾走する盗人ゴブリン。

 俺たちは飛行スキルで追うが、それでも追いつけない。

 俺達のスキルが低いのもあるだろうが、それ以前に敵の足が速すぎる。

 ただ速いだけではない。

 反射神経も別格だ。

 アイスショットやウォーターショットは易々と躱され、テレポートで飛びかかってもヒラリと回避する。

 俺たちはいたずらに魔力を消耗するばかりだ。



「おわぁ!?」



 とうとう俺の魔力が底をつき、小石散らばる河原に顔面スライディングを決めてしまった。

 うおぉ……痛てぇ……!



「雄一さん!! きゃああ!!」



 俺の少し先でミコトも盛大に墜落した。

 そんな俺達を嘲笑うかのように盗人ゴブリンは「キキキキキー」と猿のような笑い声を発しながら走り去っていく。

 俺は何とか立ち上がり、ミコトを抱き起す。

 彼女は額を切り、激しく出血していた。



「だ……大丈夫かミコト! アイツは俺達には無理だ! ギルドに討伐依頼と盗品捜索依頼を……」


「う……待つっス……。それは私の宝物なんス……!」



 頭を強く打ったために意識が朦朧としているのか、ミコトは涙と血で顔面をぐしゃぐしゃに濡らしながら尚も地を這い敵を追おうとする。



「ミコトやめろ! アクセサリーは今度また買ってやるから早く治療を!」


「私と雄一さんの初めての共同作業の結晶なんス……。持っていかないで……」



 そう言いながらミコトはがっくりと項垂れ、意識を失ってしまう。

 ゴブリンは俺達を舐め切っているのか、手の届きそうな位置まで寄ってきては逃げ、また寄ってきては逃げを繰り返して挑発してくる。

 こいつゴブリン種の性格の悪さも兼ね備えてやがる……!

 力を振り絞ってアイスショットを放つが、あっさりと躱されてしまった。



「キキキキー……」



 背中の風呂敷からナイフを取り出し、ジリジリとこちらへ迫ってくる盗人ゴブリン。

 雑魚とはいえ魔物には違いなく、奴もまた人間を殺し、食うこともあるのだ。

 命の危険を感じるが、ミコトを置いて逃げるわけにもいかない。

 今俺に出来ることは、敵を睨みつけることくらいだ。

 だが、盗人ゴブリンはそんな俺を見てヘラヘラと笑うばかり。


 畜生……。

 大事な人を泣かされて、これほど侮辱されて、それなのに何もできない……!

 クソ……クソ……!

 出来ることならスパイク錘の一番重い奴で頭ボッコボコにしてやりてぇ……!

 いや、タングステン天秤のフルスイング脳天にぶつけてやりてぇ……!


 怒りと悔しさのあまり、釣り人にあるまじき思考が脳裏をよぎった。

 直後。



「キッ!!?」



 悲鳴を上げ、盗人ゴブリンが前のめりに倒れた。

 何だ!?


 見ると、敵の頭には見覚えのあるドーナツ型の鉛が突き刺さっていた。

 これは……スパイク錘(40号)!



「キキ…… キッ!?」



 今度は立ち上がろうとする盗人ゴブリンの脳天目がけ、タングステン天秤(33号)が恐ろしい速度で降ってきた。

 カーン!という空の器を金づちでかち割ったような音が響き、盗人ゴブリンの頭は大きく陥没。

 盗人ゴブリンはそれきりピクリとも動かなくなった。



「なんで……?」



 俺は盗人ゴブリンの亡骸を前に、呆然と座り込んでいた。




///////////////////////////




「いやー助かったよ! この土産街はアイツに酷く手を焼いていてね。ギルドに依頼を出そうにも依頼金さえ盗まれる始末で本当に困っていたんだ」



 初めに盗みに入られた店、途中で襲われた観光客や地元民に風呂敷の中身を返して回る。

 皆大層喜び、口々に俺を讃えてくれる。

 ミコトも「雄一さん流石っす! 一生ついて行くっス!」等と言いながら取り戻したアクセサリーに頬擦りしていた。

 だが、俺はどうにも気が晴れなかった。

 どういう理屈か知らないが、俺の釣具召喚が発動し、それが盗人ゴブリンを死に至らしめた。

 「釣具は絶対に人に向けて投げない、凶器にしない」が釣り人にとって絶対の約束であり、間接的とはいえ俺はそれを破ったのだ。

 どうにも夕飯まで釣りという気分にはなれず、俺はミコトを引き連れてホテルの部屋へと引き返した。



「雄一さんが釣りもせずに帰るってどうしたんスか!? 頭でも打ったんスか!?」



 と、ミコトが心配そうに覗き込んでくる。



「頭は打ってないけど、頭撃っちゃったんだよ」


「哲学っスね……。もっと分かりやすく説明してほしいっスよ」


「釣具召喚で金属製釣具召喚して、それでゴブリン撃ち殺しちまったんだ……。釣り人としてあってはいけない凶行だ……」



 ベッドの上で体育座りになる俺をミコトが驚いたような顔で見ている。

 ああ……。

 ミコトすらドン引きさせちゃったか……。

 俺もう釣り辞めよっかな……。

 などと考えていたが、その思考はミコトの大声でかき消された。



「凄いじゃないっスか!!」


「へ?」


「雄一さんの召喚スキル無茶苦茶上がってるっスよ! 召喚対象の出現場所、飛ばす速度、方向をコントロールするのは上位の召喚士じゃないと出来ないっス! しかもあれだけ魔力を消耗した状態で使えるってことは、スキルのコスパもすごい良くなってるっス!!」


「で……でも俺釣具で人を……」


「魔物は人じゃないっス! それにあの状況、ああでもしないと危なかったっス。どんなに高貴な陶器職人でも、自分の命や財産を狙う凶悪な魔物に襲われたら自慢の陶器投げつけてでも抵抗するはずっス。どんなタブーよりも、命の方がずっと大切っスから」


「ミコト……」


「例え釣りの神様が許さなくても、天使の私は許すっス。私と雄一さんの絆の証、守ってくれてありがとうっス」



 そう言いながら、俺がいつか彼女に送った安い指輪を付けて見せ、満面の笑みを向けてきた。

 この笑顔を守るためなら、釣具召喚スキルの応用もちょっとくらいはいいか……。

 俺は心の中で、自分にそっと言い聞かせた。

 ついでにそのまま、夕食まで合体必殺技を炸裂させたことは言うまでもない。

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