第42話:感謝の新巻ボニートサーモン
「よし! いい感じ!」
「わぁ~……美味しそうっスよぉ……これ配っちゃうの勿体ないっス……」
7日の陰干しを経て、新巻鮭は見事に出来上がった。
余分な水分が抜けて、少し皺が寄った表皮。
骨の輪郭がはっきりとし、厳つさを増した顔。
そして、朱色が一層鮮やかになった身。
こんなん絶対旨いじゃん!!
「なあミコト。こういうのはとりあえずさ!」
「味見するっス!!」
「「イェーイ!!」」
小ぶりなボニートサーモンを下ろし、包丁で食べやすいサイズに切る。
輪切りにしたあと、それを背骨に沿って切れば、日本でもよく見る塩鮭の切り身の出来上がりだ。
それを火にかける。
新巻鮭は、もう十分すぎる程に塩を含んでいるため、何もつける必要がない。
じっくりと……遠火の強火で焼き上げていく。
魚の焼けるいい匂いがキッチンに立ち込め、食欲をそそる。
皮に焦げ目がつき始めると、たまらなく香ばしい。
あーダメだ。
こんなの嗅いでたら配って回るのが惜しくなっちゃう……。
快楽匂い責めを耐えながら、チリチリと音を立てている熱々の身を火から下ろし、皿に盛りつける。
付け合わせに大根っぽい根菜のおろしをドサッと盛り、ご飯、漬物、鮭頭で出汁を取った潮汁を並べれば、最早完全に日本の朝食である。
……海苔が無いのが悔やまれるな。
「うわぁ~美味しいっスよぉこれ! 筋子とめふんもあるっスよぉ……。今年の冬の食卓は大充実っス!」
ミコトは俺が席に着くのを待ちきれずに、新巻ボニートサーモンに噛り付いていた。
俺も負けじと、サーモンの身を頬張る。
うお! 塩っぱい!
でもめっちゃ旨い!!
山のような量の塩で水気を抜き、寒風に当てることでうま味をさらに凝縮させるのが古式ゆかしい新巻鮭の山漬けだ。
口に含めば、舌が一瞬痺れる程の塩気と、激烈なうま味が口の中で炸裂する。
根菜おろしと一緒に口に含むと、塩気がマイルドになり、身の甘み、うま味が強調され、まさにいい塩梅だ。
「去年は固いパンと干し肉とクズ野菜をチビチビだったもんなぁ……。一年でよくここまで改善したもんだよ……」
思わず、しみじみと呟いてしまう。
去年は村の人たちからのおすそ分けや、ギルドの炊き出し、エドワーズ達からの施しなどを受けて、ギリギリ食い繋いだ。
そうだよな。
ちゃんと返さなきゃな。
「えへへ……。こんなに美味しいと惜しくなっちゃうっスけど、今日は皆さんに配りに行くっス」
ミコトも俺の考えを読み取ったのか、気恥しそうに皿に残ったサーモンの身を口に含んだ。
俺も残った身を残さず平らげる。
無論、皮もだ。
ああ……皮まで旨い……。
「「……まあ、もう一切れ食べてからにしよう」っス」
俺達はボニートサーモンの味覚責めにアッサリと篭絡されてしまった。
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「こんなにかい!? コレはありがたいなぁ!」
ブアートさんがサーモンの山を見て仰天してる。
散々お世話になった身。
村の人たちにはどっさり40本をプレゼントだ。
ユーリくんを始め、食べ盛りの子供たちも数多くいるし、それに冬の村は……色々とカロリーを使うことが多いしね……。
今年は何人子供が生まれるんだろうな……。
「ユーチ兄ちゃん!!」
「おぶぉ!?」
突然、凄まじい勢いのタックルで張り倒された。
誰かは分かってるが……。
ユーリくんこんなパワフルだったか……!?
「はっはっは! 彼はあの事件から毎日体鍛えててなぁ! いつかユウイチくんの子分冒険者になりたいんだってよ!」
豪快に笑うブアートさん。
いや……これ……。
およそちびっ子のパワーじゃないんだけど……。
俺なんかの子分になるよりも、もっと上目指すべき人材だろ君!
「やだやだー! 絶対ユーチ兄ちゃんの子分になって、毎日一緒に冒険するんだ!」
上目づかいで頬擦りしてくるあざとショタ……。
「しょうがないなぁ……」とついつい甘い返事をしてしまう。
目指す途中で俺のショボさに気付いてくれたらいいんだけど……。
「今年はこの村で冬越してよー!」と駄々をこねるユーリくんをテレポートで撒き、俺はデイスの街へと向かう。
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デイスのギルドには10匹ほど贈る。
こんな妙な冒険者にも割のいいクエストを渡してくれ、色々と裏から支えてもらっているギルドの皆さんには感謝の限りだ。
ホッツ先輩にも5匹。
「丁度いい酒のアテができたぜ! ありがとよ!」と笑っている。
俺が今年、まともな生活が送れているのは、この人がいい武器を買ってくれたおかげだ。
去年は安いものを買っては壊れ、修理し、買い代えで散々散財してしまった。
しかし先輩が買ってくれた双剣とステッキソードときたら、まあ壊れないこと壊れないこと。
結構大型の敵にも使ったが、未だに刃零れ一つない。
デイスギルドトップの実力は、戦闘能力だけではないようだ。
俺もいつかこれくらいいい先輩になれたらいいんだが……。
エドワーズ達はクエスト納めと称して、また出かけて行ったらしい。
しかたないので、彼らのギルドメンバー札に2本ずつサーモンを吊るしておく。
西洋風の壁に新巻鮭が6本……。
うわぁ……。
すごいシュール……。
あとは、時々手助けしてもらった先輩らや、同期達にも配り、インフィートにも何本か送っておく。
文字通り山のようにあったおすそ分け用サーモンも、ギルド本部を出る頃には残り10本になっていた。
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「おお! マジか! こりゃ嬉しい差し入れじゃねーか!」
シャウト先輩は、もう完全に休業モードに入り、髪を下ろしている。
ダラっとしたセーターを着た、寝ぐせを湛えたロン毛金髪お姉さんが出て来たので、つい「誰!?」と叫んでしまった。
ただ、普段なら「何だテメェ!?」と張り手が飛んで来るところだが、「どうだ? ちょっとは女っぽく見えるか?」と照れ笑いをしていた。
おお……。
オフシーズンのシャウト先輩は物腰柔らかなのか……。
と、軽い感動をうけつつ、試しに胸にデコピンをしてみると、前後からビリビリ張り手とエンジェルキックのハサミ撃ちを食らってしまった。
「ったく……。へへへ……なんか、食っちまうには惜しいな」
ただ、普段より機嫌の直りはずっと早く、立派なサーモンをまじまじと見つつ、笑顔を零している。
本当はこんな程度じゃ足りないくらいの恩をもらってるんだけど、今の俺にこれ以上の恩返しが出来ないのは悔やまれる……。
「バーカ。アタシからすりゃ、可愛がってる後輩が武勇伝残しながら一年無事に生きながらえたことが一番の恩返しだよ。へへっ……また春が来たらシゴいてやるから、冬の間はしっかり休んどけよ?」
「ええ。来年もよろしくお願いします」
「冬も時々遊びに来るっスよ!」
「ああ。楽しみにしてるぜ」
そう言って、3人で軽い抱擁を交わし、俺達は先輩の家を後にした。
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さて……。
彼らは……と。
駆け出しの冒険者達が押し込まれがちな、貸し部屋街を歩く。
ここはデイスの街が作られた当時、街を作る労働者が泊まっていた簡易宿街が変化したものだ。
スラム……とまではいかないものの、やはり、どこか暗い雰囲気である。
「あ、ここっぽいっスよ。一部屋に4人分の札がかかってるっス」
「ミコトの言いつけちゃんと守ってんなぁ……」
悦楽に流されない、彼らのマジメっぷりに感心しつつ、ドアをノックすると、「あいてますぅ」という弱々しい声が返ってきた。
不安になり、ドアを勢いよく開けようとすると、何かにぶつかってドアが止まり、「ふぎゃ!?」という声がした。
そっとドアを開けてみれば……頭を抱えて転げまわるレフィーナちゃん。
あ……ごめん……。
部屋の中は想像以上に狭く、4人がぴったり肩を並べて、ギリギリ横になれるようなサイズだった。
ミコトの方を向くと、青ざめていた。
そりゃまぁ……自分の提案でこんなタコ部屋に若者みっちり詰めちゃったらそんな顔にもなる……。
「はっ!? 先輩! こんにちはっす!」
「「「こんにちはっす!!」」」
そんな境遇にもめげず、明るい顔で俺達を見上げる4人。
その姿に、ミコトが崩れ落ちた。
「ごめんなさいっス!! こんなに部屋が狭いとは思わなかったっス!」
エンジェル・土下座……。
「い……いえ! 先輩のおかげで、寝るときの寒さはだいぶマシです!」
「それにパーティーみんなで身を寄せ合って眠るのは……その……案外悪くないです。なあ? ラルス!」
「はい! タイドと毎日寄り添って……肌を触れ合わせて眠っていると……何故か心の中まで温かくなる感じがするんです……」
「私とレフィーナも……毎晩温め合って……今まで以上に強い絆を育めている気がします」
……なんか変な方向行ってない?
このパーティー……?
まあ、そういう嗜好は彼らの自由に任せるとして、俺は持って来たサーモンと、防寒具のセットを手渡す。
「えっ! こんなにたくさんくれるんですか……?」
「それにこれ……」
やはりというべきか、彼らは残り2着の防寒具を買えていなかった。
冬が目前に迫るほど、滑り込みの切羽詰まった冒険者を食い物にしようと、防寒具の相場は釣り上がっていく。
恐らく、彼らがクエストで金銭を得る頃には、おいそれと買えないような価格帯になっているだろうと踏んだ俺達は、先にそれを買っておいたのだ。
「それなら、冬の間のちょっとしたクエストはこなせる。寒さが和らいだタイミングで雪下ろしや氷割りのクエストで日銭を稼ぐといい」
「ギルド本部は年明けの一週間以外、ほぼ毎日開いてるっスから、暖を取りに行くといいっス。あと、教会とギルド本部の炊き出しの日は絶対忘れちゃ駄目っスよ。冒険者カードを持って行けばタダでご飯食べれるっスから」
去年、俺が先輩達に教えてもらったことを彼らに教える。
これがデイスギルドの伝統ある美徳だ。
見れば彼らの部屋以外にも、ベテランや2年目、3年目の冒険者が訪れ、施しやアドバイスを行っている。
組織的なシステムだけではない、まさしく互助の精神が息づいているのがこの街のギルドなのだ。
「また春に会おうぜ!」
「っス!」
彼らに冒険カードをかざして見せる。
すると、彼らも慌ててカードをかざす。
まだピカピカの新品の4枚が、キラキラと輝いた。
「よい冬ごもりを!」と言い残し、部屋を後にする。
彼らも来年は、後輩を手助けできるような中堅パーティーに成長してほしいところである。