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第41話:冬直前の新米たち




 冬を目前にしたデイスの市場は、冬ごもり前の買い出し客でごった返していた。

 教会や商工、冒険者ギルドが行っている炊き出しにも長蛇の列ができている。

 アレには去年お世話になったなぁ……。

 ギルド本部にも新巻ボニートサーモン送っておこう。


 炊き出しの列を抜け、目当ての燃料やら、保存用穀物やらを買い込む。

 インフィートから歩きで帰るときに貰ったリヤカーが大活躍だ。

 子神樹の幹だけで作られたリヤカーだけあって、ちょっとやそっとの積載量ではビクともしない。

 これ……もしかすると売ったらとんでもない額になるやつ……?

 まあ、便利だし、盗まれても嫌なので内緒にしておこう。


 燃料と食料に次いで賑わっているのが、防寒具を売る出店や屋台である。

 エアコンの無い冬の朝晩がどれだけ厳しいかは、去年思う存分味わった。

 うっかり戸締りを忘れたり、就寝中の薪の調整に失敗したりして、風邪を引いた、凍死したという事件は少なからずあるらしい。

 加えて後者なら、一酸化炭素中毒死の危険性もあるだろう。

 現代日本ですら稀に凍死者が出るのだから、この世界の冬は相当にリスクのある季節なのだ。


 しかし、俺達はキャンプ用具召喚のおかげで、防寒には困らない。

 寒ければ厳寒期用寝袋を使うし、発熱下着や断熱ジャンパーを着れば死ぬほど寒い夜間や明け方でも、安全にトイレに行ける。

 これが本当にありがたく。

 出費も嵩まないし、いつでも清潔だ。



「ねえ雄一さん。あの4人組、タイドくん達じゃないっスか?」



 ミコトが売り物以上に熱気を帯びている呼び込み商人らの群れの向こうを指さした。

 あー。

 確かにそれっぽい4人組が、噴水の傍で項垂れているのが見える。

 ていうか季節の割に随分薄着のようだが……。

 何かあったのか……?


 心配になったので、暑苦しい人ごみを無理やり潜り抜け、彼らの元に向かう。

 「ね……熱気で眼鏡が……」とふらつくミコトと、リヤカーを引きつつ歩いていくと、最近パーティーのリーダーと化しつつある女剣士、レフィーナが俺達に気付いて振り返った。

 「ユウイチ先輩! おはようございます!」と、口々に元気のいい挨拶をしてくれるが、その表情はどこか暗い。



「ああ、おはよう。どうした? この冬前のお祭り騒ぎ前にして随分顔が曇ってるが」


「先輩達に相談してみるっス! ちょっとは力になるっスよ!」



 頼られることに憧れがあるのか、ミコトはフンと胸を張っている。



「いえ……それが……」



 重い雰囲気の中、口を開いたのはタイドくんだった。

 歯切れがどうも悪いが、まあ、要約すると、秋のクエストが思ったより捗らなかった、ということらしい。

 ギルドの中古防具を格安で払い下げてもらったり、釣った魚で食費を浮かせたりと、アレコレ工夫はしていたらしいが、やはりクエスト一本で4人分の防寒具、寝具、食料、燃料を揃えるのは難しかったようだ。


 まあ、これが普通である。

 一年目から4人でしっかり冬を越せ、しかも準備に失敗したバカに物を恵む余裕まであったエドワーズパーティーがむしろ異常なのだ。


 ただ、タイドパーティーのマズいことは、バランス理論に則ったのか、どれもこれも中途半端に揃えてしまったことだろう。

 防寒具は上下二人分、防寒寝具も2枚、燃料は冬の1/3日分ほど、食料は必要な分の半分程度……。

 どれか……特に防寒具や燃料が必要十分なら手助けもしやすいんだが……。



「はい……計算を誤った私が悪いんです……。うわーん! ごめんなさい! ごめんなさい! 私が……身売りして責任取るから……!」



 突っ伏して泣き出すのは、眼鏡魔導士のビビ。

 そんな彼女を、パーティーの皆が慰める。

 うん……そうそう。

 冬を生き残るためには、まずパーティーの結束が必要だからな。

 それと、人前で身売りとか言わないようにね……。


 しかしどうしたものか。

 生憎、ウチに寝泊まりさせてあげられるほどの余裕はない。

 燃料に関しては、最悪年越しの一週間以外ずっとギルド本部で過ごせば、暖は事足りる。

 食料は俺が多少は分けてあげられるし、今からでもクエストを回せばギリギリ食い繋げる程度の食糧は買える。

 となると、最大の問題は防寒具と寝具か……。

 俺の召喚防寒具を貸してあげたいが、召喚アイテムは、意図が無くとも、俺からある程度以上離れて数時間すると勝手に消えてしまう。

 うっかり夜中にでも消えたら凍死まっしぐらだ。



「タイドくんたちは今、どこに住んでるんスか?」



 状況整理は割と得意でも、釣り以外の閃き力に欠け、ただ唸るだけのでくの坊と化していた俺に代わり、ミコトが彼らに尋ねた。



「今は旧市街地の安部屋を男女で2つ借りてます」


「それじゃあ、それを1つに纏めちゃうっス!」


「ええ!?」


「ええ!? じゃないっスよ! 今、緊急事態なんスよ!? それこそ生きるか死ぬかの瀬戸際なんスよ!? まずは出来る限りの方策を練るっス!」



 珍しく熱を帯びるミコト。

 ミコトは優しい天使だが、無償の施しよりも、試練に打ち勝つ後押しを好む。

 なんだっけアレ……何の聖典か忘れたけど、神だか仏だかは乗り越えられる試練しか与えない的な……。

 まあとにかく、ギリギリまで頑張って踏ん張って、ピンチの連続でどうしようもない時だけ、必要な分手助けをするのがデキる天使スタイルのようだ。



「そして、寝具は二人一組で使うっス! ほら! 雄一さんが今言ってたことと合わせれば、これでもう絶対必要な物が防寒具だけになったっスよ!」



 あのおっとりした先輩が……とばかりに唖然としていた後輩くん達だが、徐々に互いの顔を見つめ合い、うん、うんと頷き始めた。



「と、いうわけなんスけど、どうっスか? まだ1週間くらいありまスし、二手に分かれてクエストを回してみるっスよ!」



 そう言って、どこか頼もしい笑顔で彼らの背中をポンポンと叩くミコト。

 いつの間にか、ミコトは肝っ玉母ちゃん的な強さを手に入れていたようだ。

 何この天使……およそ隙が無いじゃん……!



「先輩……俺達もう少し頑張ってみます!」


「あっ……ああ! それでも本当にどうしようもなくなったら、俺達にまた相談してくれ。でも、こんな事態に陥る前に一言言ってほしかったぜ?」



 元の世界にも割といたが、彼らは自力で何とかしようとするあまり、キャパシティを超えるまで頑張って、知らない間に身動きが取れない状況まで自分を追い込んでしまうタイプらしい。

 こういう時、早めに先輩やギルドに助けを求めることを覚えさせるのも先輩冒険者の務めだろう。


 一応、クエスト前の腹ごしらえができる程度の小銭を渡し、ギルド本部へ走っていく彼らの背中を見送った。



「ユウイチさん。防寒具2着買っておくっス」



 ミコトの誘いを俺は快諾し、熱気でむせ返る人ごみの中へと向かった。


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