第40話:秋最後の大仕事
「風が冷たくなってきたっスねぇ」
「でも新巻とカラスミ干すには丁度いい」
約1週間かけて塩漬けにしたボニートサーモンを一晩水につけて塩抜きし、その後、エラに紐を通して軒先に吊るす。
ちょうど同じタイミングで、ハーマレットのカラスミの塩抜きと酒漬けが終わったので、これも合わせて軒に吊るす。
ボニートサーモンは風通しの良い日影に、カラスミは天日に干すのが鉄則だ。
言葉にすると簡単なことだが、何しろ業者かと思う程鮭を釣ってしまったので、鮭を吊るやら、腕が攣るやらである。
まあただ……案外この単純作業楽しいかも……。
「この一匹一匹が、今年助けてくれた皆さんに感謝を届けてくれるんスねぇ」
などと、しみじみ語るミコト。
鮭に紐を通し続けるその背中は、少しばかり痩せたように思える。
相変わらずの食いしん坊っぷりを発揮してはいたが、邪神教徒や賊どもとの戦いも多かったし、案外カロリー使ったのかも。
個人的にはムッチリモッチリのお腹もいいと思うんだけどなぁ……。
まあ、彼女が痩せたいと思うなら、その願い通りになった方がいいだろう。
果たして来年の6月までにあのドレスが着れるようになっているかは不明だが……。
「あら! いい匂いに釣られてみれば、なんて素敵な光景!」
突然頭上から声がかかり、驚いて見上げると、いつものハーピイお姉さん、コトノさんだった。
フッカフカの冬羽根に生え変わった彼女の姿は、とてもグラマラスだ。
「帰って来てたのね。いいクエストができたかしら?」
「ええ。身の危険は多分に感じましたが、おかげさまで」
「ウズラちゃん達のお世話ありがとうございますっス」
毎日荷物や新聞、号外を届ける彼女は、冒険者がクエストで家を空けている間、家畜の世話を代行してくれるサービスもやっている。
俺達の家は、村々とデイスの中継地点にあるので、彼女からすれば文字通り行きがけの駄賃である。
「どう? みんな元気だったでしょう? お駄賃弾んでくれると嬉しいなって……」
そう言って、おねだりポーズを取ってみせる彼女。
このサービスは基本的に前金を支払い、その後の家畜の健康状態によって総支払額を双方合意の上で決めるのが原則だ。
なので、彼女らは信頼のおける人にしか、このサービスを持ちかけない。
「みんな羽根がツヤッツヤになってて、今朝もよく卵産んでくれたし、3日分のお駄賃上乗せでどうですか?」
「ついでにコレもお付けするっスよ」
「きゃー! もう二人とも大好き! ここのところ金欠で困ってて!」
ずっしりと重い小銭袋と、干し途中の新巻きボニートサーモン一匹を目の前にぶら下げられ、羽をバタバタさせるコトノさん。
案外割のいいクエストだったし、この人にもお世話になってるからな。
「ふふっ……お礼にコレあげるわ」
そう言って、俺達二人の首に、水色のマフラーがかけられた。
ふんわりと軽く、それでいて温かい……。
無茶苦茶いい繊維使ってないコレ!?
「もちろん! 何せ命の恩人だもの。これくらいいい物で恩返ししなきゃ!」
「もしかして……それで金欠なんじゃ……」
「ふふっ。命もお金も二人に助けられちゃったわね。またお金が無くなったらタカりに来ちゃおうかしら。私はサギ種だけどね! それじゃまたねー!」
そんなハーピィギャグを言い残し、コトノさんは飛び去って行った。
サギ……サギかぁ……。
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延々と鮭に紐を通し、軒に吊るし、紐を通し、軒に吊るし……。
通し……吊るし……。
そんな単純作業は、早朝から昼前まで続いた。
うわっ……二の腕がいてぇ……!
「お昼にするっスよ。イテテ……」
「そうだな。アイタタ……」
二人で腕腰肩を襲う痛みを堪えながら、前屈みで台所へ向かう。
キャンプ道具召喚で出した炊飯鍋で米(的な穀物)を炊く。
しかしまぁ、炊飯器のありがたさが本当によく分かる。
電化製品って魔法なんかよりよほど便利だよなぁ……。
「お~。いい感じに漬かってるっスよぉ」
保冷庫からミコトが取り出したのは、黒い塊と赤い塊。
「雄一さんが落としたのはどっちっスか?」などとふざけている。
可愛い。
黒い方は「めふん」
それ即ち、鮭の背ワタの塩辛。
赤い方はご存知「筋子」
鮭の卵をバラさずに塩漬けし、自家製の魚醤に浸したものである。
全自動鮭捌きマシンと化しつつも、俺達はこの珍味を見逃していなかった。
100匹以上の鮭から取れたそれは、小さな樽に収まりきらないほどだ。
保管の関係上、かなりキツめの塩をしたが、そのおかげで1週間近く家を空けても、痛んでいない。
「うわ~塩っぱい! でもコレ……病みつきになるな!」
「この背徳的な塩っぱさがたまらないっすねぇ……。疲れた体に沁みるっス……」
元来、塩漬けとは保存法である。
保存料や保冷技術、冷凍技術の発達した現代日本では、何かと目の敵にされがちだが、塩分は人体にとって重要な栄養である。
特に、疲労した体には、ミネラルは必須。
まあ、ご飯が進む進む。
付け合わせの浅漬けも、もちろんガッツリ濃いめの塩で漬けている。
秋ナス、旬が過ぎつつあるキュウリ、ニンジン、葉野菜……。
3合ほどあったご飯は、瞬く間になくなった。
「はぁ~……日本人はやっぱり、白ご飯と漬物と魚料理っスねぇ」
「なー」
ツッコミどころを敢えてスル―し、窓の外を見る。
家の周りをぐるりと囲んだ新巻きボニートサーモン。
凄い光景だな……。
「あと1週間もすれば、アレを焼いて食べれるんスね! もう想像だけでご飯食べれそうっス!」
フンス!と鼻息を荒らげる日本人天使。
サーモンの陰から時折見える白い塊は、雪ケサランパサランだろう。
その実態は植物の綿毛だが、俺達のようなものぐさ冒険者に「雪が降る季節が来たぞ」と警告しに現れる妖精とも言われている。
明日はデイスの市場に、秋最後の買い出しに行くとしよう。