第39話:シャウトパーティー一党納め事件
「結局今回もお前らがカッコいいとこ持って行きやがってよ~」
「別にカッコいいとこではなかったろ。アレは……」
「いや、オレ達に任せて先に行け! なんて最高にカッコいいじゃねーか! なあ!」
「知らんなぁ」
帰りの飛行クジラ便の中、エドワーズが俺の肩に手を回しつつ管を巻く。
ただ、その表情は明るい。
賊の討伐が随分捗ったり、積み荷の被害も、けが人もゼロだったりで、商会が追加報酬を弾んでくれたのもあるが、彼としては、手に汗握る冒険気分を味わえたのに大満足らしい。
あんな巨大なロウネリア、まず見れるものでもないし、延々と追ってくるなど、普通は体験できないことだ。
普通にできてたまるか、あんな恐怖体験。
「やっぱお前といると飽きないなぁ。お前もウチに来いよ」
唐突に勧誘を始めるエドワーズ。
まあ、当然「やーだよっ」と丁重に断らせていただく。
そもそも俺はシャウト一党の身。
親分の知らぬところで勧誘など受けてはならない。
「ちぇー……釣れねぇ」
「俺は釣る側だからな」
「オレは釣られてばっかだな、お前に……」
クサいセリフにクサいセリフで返してくる野郎と、背後から聞こえる「ハァ……ハァ……キテル……キテマス」という囁き声をとりあえずスルーし、俺は窓の外に目をやる。
大地を裂いて流れる大河、モーレイ川。
あの川の主とも言えるシュモクナマズやロウネリアは、今の俺には到底釣り上げられる魚ではなかった。
恐らくだが、団長が話してくれた巨大魚や、伝説の魚などもそれと同格だろう。
この世界には、人間よりも強い魚がごまんといる。
自然に人間は勝てないと言ってしまえばそれまでだが、釣り人として、魚にやられてばかりでは面白くない。
俺もこの世界の釣り人冒険者として、高みを目指す時が来たのではないだろうか。
そんなことを考えさせられた遠征であった。
////////////////
約1週間ぶりのデイス。
夕方を過ぎた到着だったため、少し肌寒いものの、行き交う人々の熱気だろうか、どこか温かい。
遠征の度に思う。
帰る街があるって良いよなぁ。
1週間の間に、デイスの市場は、秋から冬の装いに変わりつつあった。
出店街には保存食が山積みで並び、干し肉や小麦粉、米的な穀物が麻袋に詰められ、売れていく。
まだ本格的な冬は遠いものの、今から買えるものを買っておかないと、後で泣きを見ることになるので注意が必要だ。
「オウ。オメーら久々じゃねぇか。アタシに顔見せずにクエストとはいい根性してんな」
背後から聞こえる荒っぽい声。
少し前まではドキッとしていたが、今ではなんかこう……ホッとする。
シャウト先輩は見慣れた腹出しショーパンではなく、ジャンプスーツ姿である。
暑がりの先輩とはいえ、流石に晩秋の風は腹を冷やすらしい。
「オラ、持て」
その言葉と共に小麦粉の大袋が3つ、4つと放りつけられた。
俺はそれを、反復横跳びで何とかキャッチする。
ミコトも同じ数の袋を投げられ、間一髪でキャッチしていた。
「へへへ……。なかなかいい動きになったじゃねぇか。来な」
そう言うと、先輩は食材が山積みの手押し車を引いて、街の路地に入っていく。
すっかり日も暮れ、明かりが灯り始めた居住区を、一列で歩く我らがシャウトパーティー。
「どこ行くんスか?」とミコトが尋ねると、「いいからついてこい」と返事が帰ってくる。
その声はどこか楽しそうで、足取りも気持ち軽やかに見える。
「ほら、入れ」
先輩がガチャガチャと荒々しく鍵を開け、足で蹴り開けた扉をくぐると、「キュー!」という、聞き覚えのある鳴き声と共に、白い塊が小麦袋の上に飛び乗ってきた。
「キュッ!」
「うお! シラタマ!」
「タマタマちゃんっスー!」
いつか、先輩と一緒に捕まえたシラタマタヌマジロのタマタマちゃんである。
ということは……。
「アタシの家にようこそ。それはここに下ろしな」
随分乱暴だが、先輩宅にお呼ばれされてしまったようだ。
「まあなんだ……アレだ……。冬になったらなかなか会う機会もなくなるし、今年の一党納めをしておこうかなって思ったんだ」
少し気恥しそうに頬を掻く先輩。
一党納め……。
クエストが困難になる冬期を前に、一党の一年の活動を労う冒険者の風習だ。
俺とミコトは先輩に捕まるまで徒党を組んでいなかったため、この行事は初めてである。
「まあ、特に難しいことはねぇ。みんなで飲んで食って一年を労うだけさ」
そう言って、台所に向かうシャウト先輩。
エプロン姿……凄い新鮮。
俺とミコトが何か手伝おうとしたが、「オメーらクエスト明けだろ。ソファーで休んでろ」と包丁を突き出されたので、俺達は渋々ソファーに腰を下ろす。
せ……先輩が持つと調理器具でも迫力満点だ……。
////////////////
「できたぜ……オラ! できたって言ってんだろ!」
「キュー!」
「ミー!!」
ベッドで船を漕いでいた俺とミコトは、先輩のペット2匹に叩き起こされた。
なんか……シラタマ以外にもう一匹いるな。
猫のような……小豚のような……。
ああ、この子が、先輩が随分前に言ってたミーちゃんか。
体を起こすと、テーブルの上には想像以上の御馳走が並んでいた。
小麦粉を伸ばして焼いたものにトマトソースを塗ったもの、キングウズラの丸焼き、彩りハーブサラダ、秋野菜のスープ etc……
「わぁ! 先輩コレ一人で作ったんスか!」
「おうよ。そりゃこの日のために料理教……。いやいや……アタシだってちょっとくらいは手の込んだ飯作れるんだよ」
今ちょっと可愛いとこ出たな……。
まあ、これに反応したらビリビリチョップが来るのでスルーしておこう。
ミコトは「先輩! こんな素敵なお料理……嬉しいっスー!」と思い切りハグしているが。
俺は我慢我慢……。
「ふぅ……お前ら、今年は色々とありがとな」
「いえいえ。むしろこっちがありがとうございます。熊に始まり、色んなところに連れて行ってもらって……」
「先輩の一党に入れて幸せっス!」
「へへへ……そうか。そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいぜ」
ワインをチビりチビりとやりながら、ほんのりと染まる3人の頬。
一年のクエストが実質終わったためか、先輩の表情は普段より柔らかい。
そのおかげか、いつも以上に会話も盛り上がる。
当然、スキンシップも盛り上がる。
盛り上がった。
それはそれは盛り上がっていった
俺が覚えているのは、すっかり空になったテーブルの周りで、抱っこし合ってグルングルン回るミコトと先輩。
「体術教えてやる体術!」などと言いながら、俺を投げたり抑え込んだり、押し倒したりする先輩。
そこにヒップダイブしてくるミコト……。
その後何があったのかは、はっきりと覚えていないが、俺達はその翌朝、仲良く一つのベッドで朝を迎えたということは事実として残っている。
どんな格好だったかは、俺達だけの秘密にさせていただこう。