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第38話:激突! 2大モンスター!




 ガラガラと凹凸の激しい街道を突っ走る鳥馬車キャラバン部隊。

 その後ろから砂煙を上げて走ってくるのは、10mにも及ぶ超巨大サーモン「ロウネリア」。

 サケが大地を駆けてくるというのも驚きだが、さらに驚くべきはその硬度だ。



「重ボウガンが通らねぇ!!」



 荷台に据え付けられた重ボウガンは、その名の通り、人間では使えないほどの重量と威力を持った据え置き型の武器である。

 直撃させれば熊でも一撃という高威力のそれを、巨大鮭の鱗は悉く弾いてしまうのだ。

 魔法もサッパリ効かないし、剣で斬りかかるなど出来るはずもない。



「ちょ……めっちゃ近づいて来てるっスよ! マズいっス! マズいっスってば!」


「なんでこんなにタフなのよこの魚!」



 最後尾で魔法を飛ばしながらミコトとサラナが叫んでいる。

 彼女の氷魔法は地面を僅かに凍らせ、サラナの泡魔法は足元を滑らせ、鮭の進行を妨げているが、それでもロウネリアは段々と迫ってくる。

 さながらチェイスされて食いつかれるルアー気分だ。

 いや、そんな冗談を飛ばせるような状況では全くない。


 何か……何か使えそうな鮭知識はなかったか……!?

 俺は効きもしない重ボウガンの射撃を取りやめ、追ってくるロウネリアを良く観察する。

 釣りの基本は対象魚の観察だ。

 魚体やヒレ、動き、それらはどれも、対象を釣り上げるヒントをくれる。


 魚体は銀色だが、背筋には濃緑色の帯が現れ、側面には赤い色が差している。

 見るからに婚姻色で、口先は鉤状に変化していた。

 ヒレは大地を掴む胸びれ、腹びれを除き、至って綺麗な状態だ。

 元の世界の鮭に当てはめるなら、この個体は繁殖期に入ったオスの可能性が高い。

 通常、川に遡上してこの状態に入ったオスの個体は絶食に近い状態になり、その大半がエサをあまり食べなくなる。


 釣りにおいても、威嚇や攻撃を誘発する「リアクションバイト」を狙う釣りが多い。

 一度狙いを定めたとはいえ、こんなにも長い時間追いかけてくるなど普通はあり得ないのだ。

 彼らが血眼になって追うのは自らの命を繋ぐエサではなく、子孫を繋ぐメスなのだから。



 ん?

 ……求愛行動?



 そういえば、鮭のオスって、メスのフェロモンに反応して激しく泳ぎ回ったり、追いかけたりする行動があるって聞いたような……。

 あんな速度で地上を走れるということは、間違いなくエラ呼吸に加えて、皮膚呼吸ないし肺呼吸で空気中の酸素を大量に取り込んでいるのは間違いない。

 つまり、空気中に漂うフェロモンをも強く感知し、反応する可能性があるということだ。

 この車内で鮭のメスのフェロモンを発していそうなもの……。



「俺とミコトか!!」


「うわっ!? いきなり叫ぶなよ!」



 驚いているエドワーズを捨て置き、俺は後尾で魔法を乱射しているミコトの元へ走る。

 最後尾から見れば、ロウネリアはもう目と鼻の先だ。

 実際には多少の距離はある。

 だが、その巨体を存在感が、正常な距離感を失わせるのだ。

 巨大な鉤状の口が、荷馬車を屋根から丸かじりしそうな勢いで迫ってきている。



「ミコト! あいつ俺達のフェロモンに反応してるっぽい! 飛んであいつを引き離すぞ!」


「ふぇ!? 私たちのフェロモンっスか!? そんな……鮭にモテる体質だったなんて……」


「ちげーわ! 鮭捌きすぎて体にフェロモンの成分が残ってるかもしれないんだよ! 飛ぶぞ!」



 飛行スキルで舞い上がる俺とミコト。

 キャラバンの車列を横に逸れ、ロウネリアを川へと誘導する作戦だ。



「おっ……食いつい……て来ないっスよ!?」



 だが、その目論見は早々に頓挫する。

 ロウネリアは一瞬俺達の方を向き、進路を変えかけたのだが、すぐにキャラバン車列の方へ向けて走り出してしまった。

 俺達じゃ……ない……?


 まずい。

 これが無意味となるともう打つ手がないぞ……!?



「ミコト! 作戦失敗だ! 早く戻らないと!」


「ちょっと待つっス!」



 テレポートで戻ろうとする俺の肩を、ミコトが掴んだ。



「私、ちょっと引っかかってたんスけど……ちょっと試してみてもいいっスか?」



 えらく真面目な表情。

 ミコトがこんな顔で提案してくるときは、大体名案が閃いた時だ。

 すぐにテレポートで車列まで戻り、俺達の荷物が積まれた最後尾の荷台を物色する。

 その中から取り出したのは、ハーマレットのカラスミがミッチリと入った大型タッパーであった。

 「フェロモンで思いついたんスよ」と言いながら、それを俺が召喚したオキアミ解凍袋に入れるミコト。



「ハーマレットが遡上するとロウネリアが遡上するって、団長さん言ってたじゃないっスか?」


「うん。確かに言ってたな」


「わざわざ危険を冒してまで、モーレイ川を遡上するハーマレット……トビバスのように飛ぶことも、シュモクナマズのような巨体も持ってないっス。しかも半端に太くて大きいから、身を隠すのにも一苦労っスよね」


「まあ、確かにそうだな。しかも頭には無駄にデカい皿みたいなの乗っけてるから、泳ぎも鈍重……」


「そうなんスよ。だから、ロウネリアのメスのフェロモンに似た物質を出してオスのロウネリアを呼び出し、護身させてるんじゃないかと思ったんス」


「そうか! それに、卵に同じ成分を含ませていれば、発情状態で飯も食わないロウネリアが、勝手に産卵場を守ってくれるってわけだな!」


「そういうことっス!」



 そう言って作りかけのカラスミをプラプラさせるミコト。

 塩に漬かっていたそれからは、含まれていた水気がポタポタと垂れている。



「行くっスよ!」


「よっしゃ!」



 再び舞い上がる俺達。

 今度は……よし! バッチリ食いついてきた!!

 エドワーズ達にサインを送り、俺達を置いて先に行くよう伝え、俺達は車列を大きく逸れて飛行する。

 



「このまま川まで誘導するっス」


「それを川に落とせばそのままそれを追って去って行くってわけだな」


「いや、捨てないっスよ?」


「いやでも川に誘導した後どうすんだ」


「テレポートで逃げればいいっス! 何にせよ、コレは絶対持って帰って冬のおつまみにするっスよ!」



 こ……この食いしん坊天使……。

 まあ、正直俺も捨てたくはない。

 しかし、指輪の魔力計を見ると、テレポートでキャラバンの元まで飛べるかはかなり怪しい……。

 シャウト先輩の魔力計指輪のおかげで滅多に魔力切れを起こさなくなったため、忘れがちだが、俺達はテレポートのような高位レア魔法を自由に使える程魔力はないのだ。

 心惜しいが……。



「えー! 勿体ないっス! こんなに……こんなに美味しそうなんスよ……?」



 指でカラスミをツンツンと突くミコト。

 まだ水分が抜けきっていないため、それはプニプニと適度な弾力をもって彼女の指を押し戻している。

 これが熟成を終えたらどれほど旨いだろう……。

 う……捨てたくない……。


 だが、ロウネリアはこのカラスミに凄まじい執着を見せ、眼下で激しく踊っている。

 ニセモノのフェロモンに騙されて狂わされるこいつも気の毒だな……。

 何か策は無いものか……そう思っていた矢先。

 ロウネリアの横合いから真っ赤な塊が突っ込んできた。

 うわ! 西チミドロヒグマ!


 その個体は10mを超える巨体で、ロウネリアに負けるとも劣らない体躯の持ち主であった。

 こんな奴が潜んでる地域を俺達は走ってたのか……!

 エドワーズが言っていた、「魚を食っている個体」なのだろう。

 もしかすると、ロウネリアを狙って潜んでいたのかもしれない。

 北海道のジョークグッズ、熊を噛む鮭の木彫り人形の如きバトルを繰り広げながら、ゴロゴロと河原へ滑り落ちていく2体のモンスター。



「化け物には化け物を……っスか……」



 ミコトがボソリと呟く。

 ロウネリアの大鉤顎が熊の肉を抉り、熊の爪が、歯が、ロウネリアの肉を引き裂いていく。

 どちらが勝つか……それが気になるのは俺達ばかりではない。

 ネムリトラの群れが一定の距離からそれを見守り、トビバスやハーマレット、シュモクナマズが飛び散る肉片に群がっている。


 およそ人間が介入することのできない、強大な自然がそこにはあった。

 釣りは釣り人と魚の勝負だが、元の世界においては、人間側が圧倒的有利な立場であった。

 だが、この世界では違う。

 今の俺達が束になって掛かっても敵わない強大な魚がいるのだ。

 そんな光景への畏怖は、やがて俺の中で一つの憧れに変わった。


 もっと強くなって、あんな魚をも釣り上げられる釣り人になりたい!

 2大生物の対決の行方を見守りたいところではあったが、夕暮れが近づいてきたので、俺達は残る魔力を節約しながら、キャラバンの後を空から追いかけた。


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