第37話:出現! ロウネリア!
日が山脈の陰に落ちていく。
薄暮の街道を、複数の影が舞う。
ウルフライダーの賊。
サルライダーの賊。
ヤギライダーの賊。
もう、賊、賊、賊……。
賊が続々と……。
いかん、寒いこと考えた。
「何なんスかこの地域! 賊まみれじゃないっスか!!」
「だから言ったじゃない! 帰りは凄い出るって!」
「それにしても今日は多い日ですよ!」
ミコトとサラナ、コモモがキレ気味に魔法を放つ。
多い日だから仕方ない。
ライダー系の賊たちは、ミコトの氷魔法や、サラナの刺激薬バブル攻撃、コモモの電撃魔法で次々に落馬(?)する。
案外パートナーとの絆は強いようで、乗っていたオオカミやサルは、相棒が落ちたと知るや、慌てて取って返し、彼らを咥えたり、掴んだりして共に逃げ去って行く。
ヤギは……パートナーの隣で草食ってる……。
「ユウイチ! 右舷が追い払いきれない! 手を貸してくれ!」
「おう! 食らえ! アイスバルーンボム!」
小さな水風船が、車列右側に迫っていた4人組の正面で「パン!」と弾けた。
悲鳴を上げて転げる賊ライダー達。
低級水魔法を形質変化させ、球状に圧縮した中に、同じく低級の氷魔法で生成した粒氷を封じ込め、シャボンのように飛ばす新技である。
威力は低いが、当たると無茶苦茶痛く、目くらましにも牽制にも使えるのだ。
連中もまさか複合、かつ形質変化させた魔法を使える奴が護衛にいるなど想像もつかなかっただろう。
形質変化など本来は二つ名持ち、またはギルドナイトクラスや、貴族のお抱え用心棒くらいにならないと、普通はお目にかかれない高等技である。
戦いの才能も、攻撃の威力も、魔力の絶対量も上述の猛者たちには遠く及ばないが、レアジョブスキル様様である。
とまあ、こんな具合に、ライダー達は低級魔法でも追い払えるのだが、厄介なのは彼らや俺達を狙っている「賊付き」の獣たちだ。
動物の生態や本能に詳しいミコトの提案で、極力血を流さない方法での撃退に切り替え、潜んでいる獣を刺激しないよう努めているのだが、それでも、どこからともなく獣たちは現れる。
特に気にかかるのが、先ほどからずっと中州の畔にいる大型のネムリトラである。
サイズは3mほどか。
かなり早足で進んでいるキャラバンにぴったりと随伴し、まさに虎視眈々とこちらを睨んでいる。
少しでも隙を見せれば、すぐにでも襲い掛かって来そうだ。
このトラ、名前に「眠り」と入っているが、これは発見者が日中の暑い時間、洞穴で眠っているこの動物を見て、「いつも寝ている、怠け者の眠りトラ」などと報告したためで、その実態は獰猛な捕食動物である。
暑い時間は洞穴や木陰、水辺で眠り、気温が下がってきたところで獲物を狩る。
西チミドロヒグマほどではないにせよ、危険な動物だ。
しかし、賊を探し、倒し、河原の監視をするとなると、なかなかの疲労感。
そりゃ、集中力もちょっとは切れる。
だが、その「ちょっと」に足元を掬われる冒険者も数多くいるのだ。
あまりにも多い賊に、俺はそれに混じっている奇妙な感知音に気付くことができなかった。
「きゃあ!!」
突然、後ろから聞こえたサラナの悲鳴。
驚いて振り返ると、数体の小さな人影が彼女に纏わりついている。
げ! ゴブリン!
いつの間にか、荷馬車に飛びついていたらしい。
彼女は調薬ステッキソードを振り、2体、3体と振り払うが、新たに現れた2体に足と背中を取られ、バランスを崩し……。
「危ない!」っス!!」
咄嗟に、荷台の屋根から振り落とされた彼女めがけてテレポートする。
どうやら、ミコトも同じことを考えたらしい。
「ゴッ!」という音と共に、空中でぶつかる俺とミコト。
「キャッ!」
「うぐっ!」
「うぎゃーーーーっス!!」
そのまま、ミコトを一番下にしてトーテムポールのように落車した。
うわ! ごめんミコト!
忌々しいゴブリンは「ゲゲゲゲ!」と笑って走り去っていった。
こんの悪戯ゴブリンども!!
「みんな! 早く! 早く!!」
コモモの声が聞こえる。
見れば、停止した車列に、賊が群がっていた。
やべぇ!
俺は急いで双剣を抜き、車列の方へテレポート、荷台に登ろうとしていた不届きものを蹴り落とした。
すこし遅れてミコトもサラナを抱えて復帰し、エドワーズの合図で再び車列は動き出した。
だが、その動きは鈍く、整っていない。
牽引するヒポストリは、スロースターターらしい。
その間にも、次々と襲い来る賊たち。
少し遅れているコモモの車両が集中攻撃を受け始めた。
魔法も強力な武器も持たぬ生活盗賊団のこと、大それた攻撃ではないが、ライダー達が荷台に体当たりを仕掛けるたび、それは大きく揺れ、あわや横転しそうになる。
もはや手段を選んでいられない。
俺は登ってきた連中や、ヒポストリを狙う者目がけ、氷手裏剣を乱れ撃ちする。
荷台に登った仲間が、氷の十字刀を滅多刺しにされて落ちてきたとなれば、彼らは一気に及び腰になった。
そこに電撃や劇薬の泡が飛んできたとなれば、攻撃の手は一気に引いていく。
よかった……危機は脱した……。
そう思っていた俺の脳に、感知スキルのピークがカン!と突き刺さった。
まさか!
見下ろした河原、中州から飛び出したネムリトラが、川を突っ切り、こちらに向けて疾走している。
それだけではない、中州の至る所から中小入り混じったネムリトラが次々飛び出し、その大型個体に追従していた。
うわー! トラ軍団!!
賊の血の匂いに誘われてきちゃった!!
俺やらかした!!
慌てて撤退を始める賊と、戦闘態勢を取る俺達。
だが、そのトラがキャラバン車列に到達することはなかった。
川から飛び出した超巨大魚が、その群れを蹴散らし、ひと際大きなトラを一飲みにしたからである。
クモの子を散らすように逃げていく中小のトラたち。
「ろ……ロウネリアだが!!」
団長の声が聞こえた。
20mはあろうかという銀色の巨体。
あれが……ロウネリア……。
……ボニートサーモン?
その見た目は、俺がクエスト前に釣り荒したボニートサーモンにそっくりであった。
あれ~……?
なんかこう……もっと神秘的な姿のさぁ……。
そんな拍子抜けする俺とは裏腹に、慌ただしく重ボウガンに取りつくエドワーズ達。
「なにボーっとしてんだ! 来るぞ!」
エドワーズが血相を変えて叫ぶ。
団長も凄い剣幕でヒポストリを走らせ始めた。
え? 来るって……何が?
そう思って魚の方に向き直ると、発達した胸鰭と腹びれで大地を蹴り、こちら目がけて驀進するロウネリアの姿があった。
ああ……「海から上がる」って二重の意味だったのね……。
俺は慌ててボウガンを構えた。