第35話:ランプレイ山脈の賊たち
一夜明け……るよりずっと早く、キャラバン車列は動き出す。
俺達はようよう白くなりゆく東の空を右手に見ながら、早足で北上を開始した。
山脈東側で野営することになるのを極力避けるためである。
行きはよいよい、帰りは恐い……ではないが、この街道はバーナクル方面からやって来る者たちに厳しい。
ランプレイ方面の盗賊団や山賊がキャラバンを狙う時は大体、バーナクルやデイスからの物資……特に酒、魚の塩漬け、そして鍬や鎌などの鉄製品が目当てなので、俺達は格好の標的というわけだ。
しかしこの賊連中、奪った品を横流しして儲ける商業的な組織ではなく、普段は農民や狩猟民族として田畑を耕し、そして時に盗みを働くタイプの、シンプルながらタチの悪い奴ららしい。
エドワーズ曰く、個々の力量は雑魚もいいところだが、その数と、複数チームによる連携技はなかなか侮れないそうだ。
対抗策は、とにかく見張りを厳にすることである。
「頼むぜユウイチ。お前の感知スキルをガッツリ活用してくれ」
「おう。任せろ」
責任重大だが、一晩ぐっすり寝て英気は十分。
ミコトと背中合わせで感覚を研ぎ澄ませる。
冷たい秋の朝風がピリリと頬を撫で、俺は妙な緊張感を覚えた。
事実、往路に比べてエドワーズも、団長も、コモモもサラナもやけに口数が少ない。
皆強い緊張感をもって任務にあたっているようだ。
右手に見えるモーレイ川では、何かが激しくライズし、水柱が至る所で立っている。
くっ……この地域に賊がいなければ今頃竿を出していたのに……!
おのれ盗賊、山賊ども……許すまじ……!!
怒りを力に変え、俺達を狙う敵の存在を強く意識する。
その集中力が高ければ高いほど、遠くの敵、または気配を消している敵をいち早く感知できるのだ。
「……いるな」
「いるっスね」
感あり。
俺達はそれを感知した方向目がけて座りなおした。
脳内に響くカン……カン……という独特のピーク音。
短く、鋭いピークからして、俺達にはっきりと狙いを定めている。
人数は少なく、5~8人程度だろう。
それに、まだだいぶ遠い。
俺は双剣の柄で屋根を叩き、エドワーズ達に合図を送った。
双剣の先で敵のいる方角を指し、警戒を呼び掛ける。
すると、同じように剣の柄や杖の先で屋根を鳴らす音が返って来た。
迎撃の準備は大丈夫だ。
感知のピーク音は徐々に高鳴って来る。
敵が迫っている証拠だ。
一体どんな輩だろうか……。
あの時みたいな奴らじゃなきゃいいが……。
俺が軽くトラウマを掘り起こし、ブルっと身震いが起きた時、カン……カン……キキン!! と、激しいピークが脳内に響いた。
「今だ! サラナ!」
「了~解!」
サラナが俺の差す方目がけ、照明魔法を3つ、4つと放った。
その光の下を横切る影が2つ……3つ……5つ!
「ヒャッハー! 魚の塩漬けをよこしな!!」
「「「ヒャッハー!」」」
「えぇぇぇぇ……!?」
照明魔法で自分たちの存在が悟られたと知った輩どもがキャラバンの前方から3人。左側面から2人襲い掛かってきた。
大型のオオカミに乗っての登場である。
あまりにもステレオタイプな敵に、こわばっていた肩の力がスッと抜けていくのを感じた。
「ウィンドビュート!」
エドワーズがすかさず応戦する。
先頭車を破壊されたら、このキャラバンは街道のど真ん中で立ち往生だ。
それ故に彼は必死である。
「ウギャッハー!!」
風の鞭に打たれた敵が一人、吹っ飛ばされた。
エドワーズは変幻自在の鞭を操り、さらにその両サイドを固めていた二人も同様に吹き飛ばす。
まるで風を指揮しているかのような、鮮やかな戦いだ。
俺は俺達が乗る荷馬車に迫っていた二組のオオカミ騎乗賊をフロロバインドですっ転ばして、氷手裏剣で攻撃する。
「ぎゃああああ!!」
轟く悪の悲鳴。
刺さった箇所の周辺が一瞬凍り付き、キズの深さ以上の激痛を与える。
それが俺のオリジナル技である氷手裏剣の恐ろしいところだ。
水魔法と氷魔法を、俺のジョブスキル持ち前の器用さで成型した十字刃なのだが、実はこれ、もともと武器として考案したものではない。
冷え冷えに保ったまま魚の刺身が作れないものかと、氷で包丁を作ろうとし、試行錯誤した末に生まれた副産物である。
ちなみに刀身を氷水で冷やして切ればいいという至極真っ当な回答を得たため、氷包丁は没になった。
「悪、即、ホームランっスよ―――!!」
手足に手裏剣を受け、倒れ込んだ賊めがけ、フルスイングされるミコトのステッキソード。
彼は突然テレポートしてきた天使の一撃に、全く反応出来ぬまま、派手に吹っ飛んでいった。
「安心するっス……剣の腹っス……」などと残心を決めるミコト。
天使は悪人には容赦しない種族らしいが、そんな中でも情けをかけるミコトはマジ天使といえよう。
迫っていたもう一人の敵は、俺達の反撃に驚き、踵を返して逃げて行った。
なんだ! 全然余裕じゃん!
そんな考えが脳裏をよぎった直後、再び頭の中が騒がしくなる。
しかも……ピークの出方が違う!?
「新手です! このピークの出方は……動物? かなりデカい……!」
「奴がくるが! 飛ばすど! みんなしっかり掴まっとれ!」
俺の報告に「ハッ」とした団長が、部隊に号令をかける。
直後、グン! と加速するキャラバン車列。
牽引する「ヒポストリ」は馬とダチョウを組み合わせたような特性を持つ生物。
全力を出せばかなりの速度になる。
だが、そのスピードで走る車列に追い縋る者たちがいた。
「うわぁぁ! 雄一さん! 熊っス! デカいっす!!」
「げぇー!! 西チミドロヒグマじゃねーか! しかもクソデカい奴!!」
往路で狩った個体とは別格に大きい熊が、車列の横合いから飛び出してきたのだ。
しかも、その口元には先ほどエドワーズが吹っ飛ばしたと見られる賊の亡骸が……。
ひいいいい!! ヤバい奴だよコイツ!
「血の匂いに狂ってる! 賊付きの人食い個体だ……!」
ぞ……賊付き?
いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない!
何とかしないと!
「ユウイチ! お前の荷台に付いてる重ボウガンを使え!」
「お……おう!」
頭は激しく混乱していたが、体はすんなり動いた。
荷台の屋根に設置された据え置き式のボウガンに矢を装填し、暗がりの中で目立つ真っ赤な巨体に狙いを定め……放つ!
「グォン!!」
短い熊の悲鳴が上がった。
その太い矢は熊の肩を掠め、暗い森の中へ飛んでいく。
外した!
だが、その攻撃に怯んだ熊は、踵を返して森の中に姿を消した。
同時にピークが消え、敵意を持つ者がいなくなったことを告げる。
た……助かった……。
「せ……説明しろぉ……このバカ野郎~」
俺は腰を震わせてボウガンにしがみ付きながら、パーティーリーダー殿の尻にミニマム氷手裏剣をシュートする。
登った太陽に照らされた山脈に「きゃうう!」というモーニングコールが響いた。