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第8話:謎の木の実かじり魚 ブッコミ釣り




 翌日、俺はギルド本部へ向かっていた。

 村からの依頼料の支払い、そして紹介料の受け取りのためである。

 ミコトは今、この街の病院で診察してもらっていて、昼過ぎ頃には治療が終わるそうだ。

 相当深い傷を負っていたはずだが、この街の医療が凄いのか、ミコトの回復力が凄いのか、それともその両方なのか。

 まあ、何はともあれ助かってよかった。



「おっ! 勇者のお帰りだぞ!」



 ギルド本部の扉を開けるや否や、馬鹿でかい声と共にホッツ先輩が肩を組んできた。

 うおぉ……いつにも増して酒臭ぇ!



「お前なかなかやるじゃねぇか! 血みどろヒグマから数時間村を守った駆け出し冒険者なんか聞いたことねぇぞ!」


「い……いや。俺はもう全然で……。ミコトも大けがしちゃいましたし……」


「バ――カ野郎! お前の活躍が無かったら今頃あの村は全滅、村人はみんな熊の糞になってたぜ!? シャウトが駆け付けるまでの時間を稼げただけでも御の字だ! ほら! 祝い酒だ! 飲め!」



 そう言いながら、ホッツ先輩は酒を俺の顔面にグイグイと押し付けてくる。

 多分飲まないと放してくれないので、一杯飲ませていただく。

 う……すげえ量……。



「うっぷ……御馳走さまです……。あの金髪の人シャウトさんって言うんですか?」


「おうよ! あいつも異名持ちだぜ? “雷刃のシャウト”だ」



 異名とは、何か偉大な成果を上げたり、誰にも負けない極端な能力、技能を持つ者に授けられる称号のようなもので、それを付けられるようになると、ギルドの所属冒険者名鑑にカッコいいアイコンが描かれたり、その人限定の使命依頼が来たりする。

 さらに爵位を授かったり、領土を送られることさえあるという。

 多くの冒険者がそのクラスを目指し、日々鍛錬し、クエストに励んでいるのだ。

 ちなみに、毎日飲んだくれているこのホッツ先輩も「炎羅」という異名を持っており、ドラゴン、オーガ等の大型魔物退治とあらば真っ先にお呼びがかかる強豪中の強豪である。



「よっしゃ! 景気づけにもう一杯飲め!」



 特に何の脈絡もなく2杯目の木樽ジョッキが出てきた。

 いや、無理だろ!

 しかし周りの連中も一気だ何だと囃し立て、どうも逃れられそうな雰囲気でもない。

 アルハラとかいう概念無いもんなぁこの世界……。

 ここはひとつ覚悟を決めて……俺はジョッキに手をかけた。



「おうコラ! てめぇ昼間から若もん酔わせ潰す気か!」



 噂をすればなんとやら、雷刃のシャウト先輩が現れると、俺の手からジョッキを奪い取り、グイっと一気に飲み干した。

 わお、お見事。



「ったく……。お前コイツに渡すもんがあるんだろうが! さっさと渡して嫁のとこ返してやれ! あとオメーらも散れ!」



 持ち前のガラの悪さで、周りの野次馬冒険者たちを蹴散らしていくシャウト先輩。

 頼りになるなぁ……。

 ガラ悪いけど……。


 冒険者たちが散ると、ホッツ先輩は俺の隣から向かいの席に移動し、懐からハガキのようなものを取り出した。



「いや実はな、俺からフィッシャーマスター殿に指名依頼だ」


「え? 俺なんかにですか?」


「温泉地調査ってやつなんだが、受けてくれるな?」



 そう言いつつ、親指を立ててみせるホッツ先輩。

 差し出された紙には「カトラス温泉ペア宿泊チケット」という文字が書かれていた。




///////////////////////////




「うわぁ! 凄いっス! 本当に温泉地っスよ!」



 ミコトが感嘆の声を上げた。

 眼下に広がるのは巨大な山と、その周辺から噴き出す蒸気、間欠泉、そして湖のような大きさの温泉。

 ギルドの先輩達が俺達二人の健闘を称え、傷病に聞く温泉地への療養旅行を手配してくれたのだ。

 駄目だ、俺もう一生あの人たちに頭が上がる気がしない……。

 俺達を乗せた飛行クジラはゆっくりと降下し、街の入口にある飛行甲板へ接岸した。

 どことなく懐かしい硫黄の臭いが鼻をつく。

 ここは温泉の街、山岳都市「カトラス」である。

 白い石造りの店、宿が立ち並び、至る所で足湯、温泉噴水が湧いている。

 ザ・温泉地と言った感じで、こういう雰囲気は大好きだ。



「えっと……。先輩が取ってくれた宿は……」



 とりあえず、チェックインして荷物を置きたい。

 先輩が渡してくれた地図を片手に、温泉街を進んでいく。



「雄一さん! 温泉饅頭買いましょうよ!」


「ああ、後でな。えーっとこの道を右に折れて……」


「雄一さん! 岩盤浴出来るお風呂屋さんあるっスよ! 一休みしないっスか!?」


「後でな。えっと……」


「雄一さん!雄一さん!」


「……」



 数メートル進めばミコトが足を止め、祭りの屋台に食いつく子供の如く俺の袖を引っ張って来る。

 ああ、そんなミコトも愛おしい……。

 愛おしいが、今はさっさと宿に入りたいので無理やり引きずっていくことにする。

 「私の温泉せんべい~!!」等と叫ぶミコトの首に腕を回して連れまわすこと10分。

 大きな川に面した立派な宿が見えてきた。

 めっちゃいい宿取ってくれてんじゃん……。

 めっちゃいい先輩達じゃん……。



「2名で1泊のユウイチ様とミコト様ですね。107号室にご案内します」



 フロントも雰囲気が良く、いかにも人気のホテルと言った風格だ。

 目つきの悪い酔いどれ姉さんが不愛想に店番しているギルド本部横の宿屋とは大違いである。



「うわ―――――! 私達こんないいとこ泊っていいんスか!?」



 案内された部屋に入るや否や、ミコトが再び感嘆の声を上げた。

 ウチのリビングよりだいぶ広く、やたらデカいダブルベッド、無駄に豪華な装飾品、えらく香り高いフローリング。

 しかも、ベランダには銭湯の湯船かと思う程バカでかい露天風呂があり、眼下にはすぐ清らかな川が流れている。

 素晴らしい部屋の質感、客室露天風呂(特大)、風景良好。

 日本でネット予約したら割引クーポン使っても一人10万は下らなさそうな部屋である。

 星も多分平均4.78とかそういうレベルだろう。

 「他の宿泊客が煩かったので星2つにします!(`皿´)」

 とかそういうイチャモンみたいな低評価以外全部高評価なタイプの宿だ。

 ミコトは「雄一さんこのベッドめっちゃ柔らかいっスよ!」と、ベッドの上ではしゃいでいる。



「夕食のお時間になりましたらお呼びしますので、日が暮れるまではどうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」



 と言い、受けつけのお姉さんは去って行った。



「雄一さーん。まだしばらく時間あるみたいっスね~」



 ミコトが物欲しげな声で呼んでくる。

 「ああ、温泉饅頭買いに行くんだろ」と、俺が振り返ると、下着だけになった彼女がベッドの上で横たわっていた。

 ブッ! と思わず吹き出してしまう。



「ん」



 彼女はその姿勢のまま、ベッドの上をポンポンと叩いて見せる。

 ああ、こっちに来いと。

 俺は素直に従い、彼女の隣で横になる。

 待ってましたとばかりに彼女はぎゅっと抱き着いてきた。



「最近ご無沙汰だったと思わないっスか?」


「まあ忙しかったのは否定しないけど」


「こんなシチュエーション……しっぽりと行くしかないじゃないんスか?」


「お前仮にも重傷者だろ。傷口開いたらどうすんだ」


「大丈夫っス。私天使なんでもう殆ど塞がってるっス」



 「だから~」と、滑らかな肌を擦り付けてくるミコト。

 背中を見せてもらったが、確かに傷は殆ど治りかけていた。

 相変わらず恐るべき生命力だ。



「全くこの食いしん坊天使め」



 俺は彼女の方へ体を向け、抱きしめ返した。




///////////////////////////


天 人 合 体


///////////////////////////




「いや~……。いい運動したっすねぇ!」



 必殺の合体技を繰り出した俺たちは、ベランダの露天風呂に浸かっている。

 彼女がテッカテカになっているのは温泉の効能のおかげである。

 誰が何と言おうが温泉のツルツル美肌効果である。



「痛てて……。やっぱり染みるなぁ……」



 お湯が全身の傷に沁みる。

 ミコトも背中を湯船につけるときは、「んっ……」と苦し気な声を漏らしている。



「悪かったな……それ」



 傷は冒険者の勲章。

 庇い傷は勇気の証。

 先輩達からかけられた励ましの言葉に気持ちを切り替えたつもりの俺だが、やはりその痛々しい傷跡を見ると罪悪感が溢れてくる。



「なにクヨクヨしてんスか! この傷は私と雄一さんの愛と勇気の証っス! 私は何も気にしてないっスよ?」



 そう言って彼女はそっと口づけをしてきた。

 天使か……。

 天使だ……。



「でも今回は雄一さん命を粗末にしすぎたっスね。反省するっス」


「はい……」


「分かればよろしいっス!」




 そう言うと、彼女は俺の隣に座り、体を預けてきた。

 彼女と寄り添い、何をするでもなく景色を眺める。

 源泉温度40度と、温泉としてはヌルめなので、延々と浸かっていられそうだ。

 川べりには黄色い実を付けた木々が生い茂り、花は無くとも華やかに風景を彩っている。

 時折実が落ちる音が「トポン……トポン……」と響き、何とも風流だ。

 川のせせらぎと木の実の落水音が奏でる静かな調べに耳を澄まし、目を瞑っていると、不意にベランダの真下で「バシュ! ベキベキ!」と異質な音が響いた。



「うおぉ!?」


「なんスか!?」



 船を漕ぎかけていた意識が覚醒し、俺たちはベランダの縁から身を乗り出した。

 しかし下には川が流れているだけで、ベキベキと音を立てるようなものは何もない。

 気になるので、2人で目を皿のようにし、音の正体を探る。

 あんなことがあった直後なので、2人とも警戒心が昂っているのだろうか。



「あっ! あれ見るっス!」



 先に見つけたのはミコトだった。

 枝から落ち、プカプカと浮かぶ木の実目がけて赤い魚影が浮き上がり、バシュ!とそれを吸い込んだかと思うと、バキバキと音を立ててかみ砕いている。

 よく見ると至る所で巨大な魚の影が揺らめき、木の実が落ちてくるのを待ち構えている。



「釣具召喚!!」



 矢も楯もたまらず、釣り人の血が俺を突き動かした。

 手元に出現するのはイシダイ用のミディアムハード竿。

 そこに頑丈な大型両軸リールをセットし、ナツメ錘20号、伊勢尼針15号のブッコミ仕掛けを結ぶ。

 ミコトは「全くしょうがないっすねぇ……」と呆れ半分、期待半分で俺を見上げていた。

 おい、ちょくちょく目線を下半身に向けるな。


 手近にあった木から黄色い実を千切る。

 何だこれ!? めっちゃ堅い!

 固い果肉に無理やり針を刺し、仕掛けを川に投げ込んだ。

 ドボン!と着水した仕掛けの周りに巨大な魚影が次々と集まって来たかと思うと、突然竿がバットからひん曲がった。



「うおぉ!?」



 イシダイ竿がここまで曲がるとは想定外だ。

 固く締めたドラグ(一定の力に対して糸を送り出す機構)がジリジリと音を立て、PE15号のラインを送り出していく。

 ビイイイイイ……と糸鳴りが聞こえ、極太PEラインが伸長している。

 こんな引きはいつか五島列島で挑んだクエ釣り以来だ。

 あの時は引きに負けて竿をノされ、あえなくラインブレイクの憂き目にあったが、今回は負けねぇ!!

 両足に力を入れ、凄まじい引きを耐え……



「うわぁ!?」



 だがここは良質な源泉かけ流しの湯船の中。

 踏ん張るにはあまりにもヌルヌルツヤツヤ過ぎた。

魚の引きに耐えられず、一気にベランダの淵まで引きずられてしまった。



「雄一さん危ないっス!!」



 あわやベランダの柵を越えて落ちかけている俺の両足をミコトが掴み、間一髪持ちこたえる。



「おお! いいぞミコト! そのまま!そのまま!」


「雄一さん! いけそうっすか!? 凄いデカいっすよ!!」



 ミコトの声が股間越しに聞こえる。

 というかちょっと……声の振動がくすぐったいんだが……!



「いかん……もう駄目かも! あっ あぁ~! 行っちまった……」



 仕掛けを巻き取ると、ハリスのフロロカーボン20号が何かで擦られたような跡を残してぶち切られていた。

 残念ながら、木の実を食う怪魚との初戦は俺達の敗北に終わってたのだ。



「あー! 残念っス! もうちょっとだったんすけど……」


「ふぅ……。まあ何もここから釣る必要は無いさ……。とりあえず夕飯までに街散策しよう……ぜ……」



 振り返ると、騒ぎを聞いて駆け付けた受付のお姉さんが立ち尽くしていた。

 彼女は赤面し「申し訳ございません! ごゆっくり!」と言って走り去っていった。

 うわぁ……ロビー行きづれぇ……。


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