第33話:ハーマレットのカラスミを作ろう
「見えたぞー! バーナクルだ!」
先頭車両のエドワーズが嬉しそうに叫ぶ。
もう何十回もこのルートのキャラバン護衛を行ったが、目的地が見えた時の喜びはいつでも新鮮らしい。
俺も目を凝らし、地平線を見据える。
傾き始めた太陽に照らされて、街の大灯台がキラキラと反射していた。
ちょっと懐かしい、2度目のバーナクルである。
結局西チミドロヒグマを除いて、大した危険生物にも、賊の類にも遭わずに済んだので、かなり運が良かったと言えよう。
しかも熊の肉と毛皮は手に入るわ、新鮮なボラと、その卵巣を獲得出来たのもラッキーだ。
これで今晩の食事と、今年の冬の食事は豪勢なものになるだろう。
バーナクルの西大門をくぐれば、レンガ造りの港が目に入って来る。
横浜とか函館みたいで好きなんだよねこの景色。
「よし! これで往路は終了だが。復路の荷物積み込みは明日になるから、今日はこのまま休むといいが」
キャラバンの団長はそう言うと、バーナクル商会の事務所へ入っていった。
積んできた荷物の集計や品質の検査、新商品の商談をするとのこと。
「んじゃ、俺達はいい宿泊まって良いもの食うとするか」
ボラと熊を売ったお金が入っている小袋をポンポンと手で弄びつつ、エドワーズが笑った。
「「「「イェーイ!」」」っス!」
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「うわー! 雄一さん凄いっスよ! 前泊まったカトラスのお宿と同じくらいゴージャスっス!」
ミコトが笑いながらベッドにダイブする。
熊の肉と毛皮は想像以上に高く売れたらしく、エドワーズがとった宿はなかなかのグレードだ。
飯も旨かったなぁ……。
刺身も、焼き魚も、煮魚もしこたま食った。
いいレストランだけあって、食材の質は抜群。
タチマンボウの塩焼きは、祭りの屋台のそれとは比べ物にならないほど味が濃く、ジューシー。
ゲッショウガイの汁物は、上品でありながらコクがある。
沖合で水揚げされたあのハート頭のボラ(ハーマレットと呼ばれているらしい)は、しゃぶしゃぶのように昆布だしに軽くくぐらせていただくのだが、これまた無茶苦茶旨い!
あとは「エビデン」かな。
新鮮で旨い油が安く流通ようになったおかげで、遥か昔に廃れ、レシピだけ残っていた「エビデン」なる幻の料理が復活したらしい。
エビ、白身魚、野菜等に水溶き小麦粉を絡めて揚げる調理法で、見た目も味も完全に天ぷらである。
恐らくエビ天が訛ったのだろう。
この街の起こりを考えれば、恐らく流れ着いた日本人転生者が口伝したものに違いない。
「ま、あんな怖い思いしたんだから、このくらいの贅沢は許してもらわないとな」
そう言いながら、俺もベッドに腰かけ、ミコトの顔をそっと撫でる。
彼女は子猫のようにヘニャっと笑い、気持ちよさそうに身を委ねている。
「さて……」
「ふふふ……雄一さん。やるんスね?」
「ああ、やるぜ。今からなら明日に疲れも残らないだろうしな」
俺は徐にベッドから立ち上がり、クーラーボックスを開ける。
取り出したるは、今日釣ったハーマレットの卵巣。
それ即ち、カラスミの原料である。
「立派な卵巣してるっスねぇ! 一房で1週間分のおつまみにはなるっスよコレ!」
召喚したアウトドア用テーブルにまな板を敷き、そこに卵巣を置く。
俺達は小さな針を使い、縦に走る赤い血管に穴をあけていく。
カラスミづくりの下ごしらえPart1:血抜きである。
血管にまんべんなく穴を開けた後、今度はタッパーを召喚。
そこに薄い塩水を張り、卵巣を漬けて一晩置く。
これにより、卵巣内部の血と共に、臭みが抜けていく。
丁寧に血を抜くことで、出来上がりの味わいはより洗練されていくのである。
コレを一晩寝かせ、その後はしっかりと水けをきり、たっぷりの塩を揉みこんでおく。
あとは水気を取りつつこのタッパーを自宅まで護送すればいいだけだ。
遠足は帰るまでが遠足、キャラバンも往復しきってからの任務完了。
そして、旅先で漬けたボラのカラスミも、持って帰るまでがカラスミである。