第32話:モーレイ川河口のトップウォーターゲーム
夜が明けると、キャラバンの車列は再び動き出し、俺はしばらく仮眠を取った。
「やったじゃないっスか雄一さん! こんな大きいの凄いっスよ!」
騒がしい声に目を覚ますと、あのけたたましいホイッスルの中、高イビキで寝ていたミコトが、荷台にぶら下がる巨大な獲物を見てキャッキャとはしゃいでいる。
仕留めた熊は一晩川に沈めておいたので、血抜きも虫取りもバッチリだ。
肉や胆嚢もさることながら、赤い毛皮は高く売れる。
若く、毛並みの美しい個体とあれば猶更だ。
「いや~……。実力を疑って悪かったが。こんなデカいの倒せるなら、狩猟依頼も上乗せしておくべきだったがな?」
そう言って笑うキャラバンの団長。
今回は護衛のみの契約につき、この熊を売った金は俺達の懐に入って来る。
なかなかに美味しい臨時収入だ。
女の子たちは気が早いことに、バーナクルで美味しいものを食べようとはしゃいでいる。
「おいユウイチ。大丈夫か?」
「なんとか」
体鍛えたり、結構な場数踏んだり、武器新調したり、ジョブスキルは定期的に強化してるし。
春先に比べてずっと強くなれたのは間違いないんだろうが、やっぱりデカい奴相手に立ち回るのは苦手だな……。
腰が抜けちゃってもう……。
「まったく……本当に強いんだか、弱いんだかよく分からねぇなお前は」
「悪かったな。戦いは専門外なんでね……。痛ててて……」
「まあ、モーレイ川の河口までくればヤバい敵はまず出ない。バーナクルまでは横になってるといい。潮が引くまでまだ数時間はあるだろうし、ゆっくりできるだろ」
エドワーズの声にハッとして荷台の外を見る。
川が……海に注いでる……。
キャラバンは俺が仮眠を取っている間に随分進んでいたようだ。
「海の上に道ができる」とされる河口は、未だ波が立っており、しばらくは渡ることができなさそうである。
ていうかエドワーズのやつ、今数時間はあるって言ってたよな!?
「寝てる場合じゃねぇ!!」
俺は荷台から飛び降り、河口めがけて文字通りすっ飛んだ。
「お前どんな体の作りしてんだよ!」とエドワーズが叫んでいた。
釣りバカの肉体はそういうものである。
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俺が河口の波打ち際に着地すると、黒い魚影がバシャバシャと逃げ散っていった。
ぱっと見イワシの類に見える。
ベイトはたっぷりといるようだ。
それと……なんだろう?
ところどころでモワモワと波紋が広がっている。
ボラが水面付近で泳いでいる時に出るそれに似ているが、なんか妙に幅が大きい気がする。
とりあえず離岸流を探し、サーフ用の長いシーバスロッド+PE2号を巻いた3000番のレバーブレーキ付きスピニングリールに、12㎝のペンシルベイトをセットしてキャストした。
水面をジグザグとダートさせ、弱ったイワシが最期の力でのたうち回る様をイミテートしてみる。
確率は低いが、釣れると楽しいトップウォータープラグ。
初手シャロ―ランナーでもいいのだが、俺はついついトップを投げてしまう。
何度かキャスト&リトリーブを繰り返していると、俺の操るルアーの後方に「モワッ」という波紋が出た。
お? あの波紋の主は魚食性なのかな?
ダートの速度を緩め、ルアーのアクションを細かい首振りに変える。
いよいよ死期が迫ったイワシが水面で痙攣を始めたイメージだ。
すると、黒く、平たい物体が現れ、ルアーに襲い掛かった。
「バシャッ! ゴボッ!」という音と共に、その直下の海面が盛り上がる。
「平たい何か」に持ち上げられたルアーは、若干角度がついたその上をコロコロと転がり、水面に落ちた。
直後、竿にドスン!という衝撃が来る。
うおっ!? 何かかかった!!
そのままビューン!と突っ走っていく獲物。
レバーブレーキを操作し、スプールの逆転速度を調整しながら、糸の張りを保ちつつ魚の引きをいなす。
引きは大したことはないが、重い。
とにかく重い!
昔、ポリバケツを引っかけた時があるが、それを彷彿させる重さだ。
PEの高切れを防ぐため、ゆっくりと慎重に巻き上げる。
やがて水面に、不思議なハート型の物体が現れた。
寄せる波に合わせて砂浜にずり上げると、平たい頭をした80㎝ほどの魚体がバシバシと跳ねる。
可愛らしいへの字口に、どこか間抜けた真ん丸の目……なんかボラっぽい!
特徴的なのは、平たい頭部から伸びるハート形の器官である。
シュモクザメの頭部のように、中に骨があるようで、持っても形が崩れることはない。
かなり頑丈な器官だ。
それはよくみるとV字に窪んでいて、水を注ぐとボラの口の前に流れる構造になっている。
口も心なしか上向きについていて、その水を受けることができる形状だ。
ははーん……なるほど。
この頭で小魚やプランクトンを掬い上げて、口元まで流して丸呑みにするための構造だな?
少し沖合を見ると、小魚の群れの周りにモワモワと波紋が立ち、所々で水面が盛り上がっている。
多分だが、この頭部には音なり、振動なり、または臭いなどを感知する機能が備わっている。
目の上に覆いかぶさっているので、目視で海面を見ることができない構造をしているからだ。
まだ潮は引いていないし、ちょっと実験してみよう。
俺はペンシルベイトをポッパーに付け替えてキャストしてみる。
音や振動を感知するのなら、反応は変わるはずだ。
予感は的中。
小魚の群れについていたボラの群れは、狂ったように俺の投げたポッパーにアタックを始めた。
だが、3匹……4匹と釣り上げると、流石に警戒を始めたのか、反応が鈍くなってくる。
そこで今度はシャローランナーに付け替えてみた。
すると、また食いが立ち、2匹、3匹と食いついてくる。
ここで試しにバイブレーションプラグに交換してみると、今度はサッパリ反応が無くなる。
フローティングミノー、シンキングミノーにも反応なし。
彼らは水面、または水面直下の振動、波動にしか反応しないらしい。
となると、やはりあの器官は上方向の振動を感知するためのものなのだろう。
しかしまあ、なんでそんなに奇妙な進化を遂げたんだろうか……?
まあ、今はそれは捨て置き。
潮がだいぶ引いてきたので、停車しているキャラバン元へ飛んで帰る。
もう2~3時間もすれば干潮になって、対岸まで渡れるようになるだろう。
それまでにやっておくべきことがあるのだ。