第31話:リベンジ! VS西血みどろヒグマ!
ピィィィィィ!!
俺は見敵のホイッスルを思い切り吹く。
それと同時に、サラナが光源魔法を上空へ放つ。
ピシピシという特徴的なピーク音の先を見据えると……いた!
川岸からこちらを見つめる、妖しげな双眼。
ずんぐりとした体に、周辺の紅葉した低木に紛れる真っ赤な体毛……。
「西……血みどろヒグマ……」
体を猛烈な寒気が襲う。
一晩にして村を一つ壊滅させかけ、俺とミコトを絶体絶命に追い込んだ狂暴な巨獣だ。
ダメだ完全にトラウマになってる。
「おいユウイチ! どうした!」
先ほどまで寝ていたとは思えないはっきりとした口調で、俺の横に上ってくるエドワーズ。
「西血みどろヒグマだ……! どどどどどうする? 逃げるか!? 逃げるんだな!?」
「だー! 落ち着け! このビビり! よく見ろ! 大した大きさじゃねぇ!」
目を凝らして見てみると、大きさはあの時の半分くらいだ。
まだ若い個体らしい。
ただ、5mでもキャラバンの車列には十分すぎるほどの脅威だ。
俺にとっても十分すぎる恐怖だ。
「行くぞユウイチ!」
「え!? 俺もか!?」
「当たり前だ! あいつの上まで運べ!」
「……分かったよもう!! リベンジしてやるわ!!」
俺はエドワーズを抱えて宙に舞い上がる。
その間にも、サラナは光源魔法の光球を熊の周りに次々と浮かべてくれている。
熊を取り囲んだ光の輪が、まるでプロレスのリングのようだ。
むぅ……血みどろデスマッチ……。
「ヴオオオオオオオ!!」
空から迫る俺達を威嚇する熊。
やっぱデカさがおかしいって!
怖いって!
「いいかユウイチ。俺が合図したら俺を下に落とせ。後は攻撃しまくるだけでいい」
「そんなザックリでいいのか!?」
「だからお前はビビりすぎなんだよ! 今の強さに自信持て! いくぞ! せーの!!」
もう知らねぇ! なるようになれ! と、俺は半ば自暴自棄にエドワーズを放した。
そして、熊の真後ろにテレポートする。
「フロロバインド!」
渾身の魔力を込めた釣具召喚で、熊の前足を束ねるように拘束する。
すると、恐ろしい巨獣が、「ギャン!」と情けない声を上げて倒れた。
……あれ?
「ウィンドビュート!」
風魔法で空中を滑るように横跳びしたエドワーズが放った風の鞭が文字通り風を斬る。
激しい竜巻を鞭状に形成したエドワーズの必殺魔法だ。
ドリルのような風の刃が熊の顔面に直撃した。
「ギャン!!」
顔に深い傷を負い、熊が横に転がる。
前足を縛られているので、逃げようにも逃げられない様子だ。
あまりにも弱々しい姿に、思わず拘束を解いてやりたくなるが、それは禁物。
一度でも人を襲おうとし、かつ、人に傷つけられた熊は、人間を意図的に狙って殺す熊となる。
マタギ業界でいうところの「手負い熊」というやつだ。
一度でも戦いを挑んだのなら、絶対に殺しきらなければならないのだ。
残酷な話だが、仕方がないのだ。
俺も双剣を構え、熊にテレポートで接近する。
テレポート特有の気色の悪い景色の乱れの先に、巨大な獣の顔が迫ってきた。
「て……てやああああああ!!!」
トラウマに震える腕を制し、剣を振り下ろした。
ガン! という衝撃が腕を襲ったが、そのまま体をひねり、力ずくで剣を振り抜く。
「ヴオオオオ!!」
突然自分の急所を斬りつけられ、熊がひときわ激しく吠えた。
その首筋には、深く刻まれた二筋の斬痕。
瞬間、ある感覚が俺の手首にフッと沸いてきた。
手ごたえ……というやつだろうか。
剣の達人が、または銃の達人が、標的を仕留めた時に感じるという特異な感触。
言葉や理屈では説明できない第六感とでも言おうか。
この世界では、魔力やら、マナやらの関係で、それを強く感じやすいようだ。
子供のころ見たヒーローの残心のごとく、双剣をホルダーにゆっくりと戻す。
「ギッ……」という柄の感触と同時に、背後で熊の荒い息が止まった。
「はぁ……はぁ……やった……」
小型の個体とはいえ、数か月前には手も足も出なかったあの恐ろしい猛獣を打ち倒した……。
猛烈な喜びが全身を駆け巡る。
強くなった……俺……かなり強くなった!
「な? 言ったろ?」
エドワーズがポンと肩を叩く。
あまりの喜びと興奮に我を忘れたのか、俺は思わず彼に抱きついた。
「おわー!! やめろっ!」
「やったぜ! やったぜエドワーズーーー!!」
「放せって! この野郎!」
「ごめん! 腰が抜けて放せない! 今放したら俺ぶっ倒れる!」
「最後の最後で情けねぇな! ったく……」
エドワーズは興奮の反動で腰が抜けてしまった俺を背負い、そのままキャラバンの荷馬車に放り込んでくれた。
どこからともなく、聞きなれたイビキと、「ハァ……ハァ……尊い……尊い……!!」という声が聞こえていたが、とりあえずスルーした。