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第28話:サンプーニャン




「あら、卵がお安いっスね」


「この辺は野菜と畜産物が安いんだよ。デイスに比べて半額以下のものもあるくらいだ」


「生きていくだけなら一番楽な地域かもね」



 朝になると、屋台を引いた農家の人が行商にやって来る。

 中身の殆どは保存の効く干し野菜や穀物油、でんぷん粉などだが、その他に卵がひと籠、肉が5枚、固パンが5本、生野菜がひと籠、牛乳が10瓶……。

 コレ完全に俺達専用セットですよね……?


 ははーん……。

 夕方にちびっ子達を派遣して様子を探らせ、滞在してる人の情報を得て、翌日的確な物資を売りに来るって寸法だな……?


 この田舎にありながら、なかなかのマーケティングだ……。

 まあ、実際今日は一日この砦で過ごさないといけないので、これを買わざるを得ない。

 安くて新鮮なのでむしろありがたいくらいだ。



「卵と牛乳がちょっと多いっスから、ちょっと変わった朝ごはんでも作ってみるっスよ」



 そう言いながら、リュックの中から丸底の鉄鍋とお玉を取り出すミコト。

 荷物がえらく重いと思ったらそれかい!

 「いや~、このタイプは雄一さん召喚出来ないっスからねぇ」とのことだ。

 まあ、確かに丸底は出せないが、それ絶対必要な物なの?



「えへへ……今からお見せするっスよ」



 砦の隅に設置されたかまどに薪を詰め、手際よく着火するミコト。

 火が大きくなるまでの間に、ボウルで卵、とうもろこしでんぷん粉、牛乳、砂糖を混ぜ合わせる。

 すげぇ……。

 ミコトのリュック調理器具と調味料しか入ってない……。


 薪に火が入り、ゴウゴウと燃え始めると、ミコトは鉄鍋をかまどの口に置き、とうもろこし油を注ぐ。

 この時点で俺はミコトの作りたいものが全く分からない。

 チャーハンかとも思ったが、飯もないし、砂糖と牛乳入りのチャーハンなんて想像もつかない。



「当てたらチューしてあげるっスよ」


「外したら?」


「うーんと……ほっぺにチューっス」



 そう言って振り向いてきたミコトの唇に自分のそれを合わせてから、「全然わからん」と返す。

 「もう! 雄一さんってば!」とふくれっ面を見せた後、彼女は俺の頬にチュッとキスをしてから「サンプーチャンっス」と答えた。

 ……ほへ?



「だから、サンプーチャンって料理っス」


「聞いたこともないんだけど」


「あ、やっぱりっスか。コレ出すお店って雄一さんの世界でもあんまり無いらしいっス」



 そう言いながら、ミコトは熱く加熱された鍋に溶いた液体を流し込む。

 ジュウッといういい音と共に、卵と砂糖の甘い香りがフッと香る。

 ミコトは固まり始めた液体をお玉でグシャグシャとかき混ぜ、同時にかまどの薪を何本か抜き、火力を調整する。


 お玉でトウモロコシ油を少量加えながら、トントンカンカンと卵を叩くミコト。

 でんぷん粉の効果か、お玉で叩かれるたびに卵がブニブニモチモチと跳ねる。

 黄色い餅つきみたいだ。



「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」



 額に汗を滲ませながら、一心不乱にお玉を鍋に打ち付けるミコト。

 ブニブニのスクランブルエッグのような見た目だった卵が、段々とツルツルとした見た目に変わっていき、やがてモッチリとふくらんだ円盤状になり、鍋の底でツルツルと滑るようになった。



「か……完成っス……。ひー……コレ思ったよりハードっスね……」



 腕をプルプル振るわせながら、ミコトはなんとかそのサンプーニャン……だっけか? を皿に盛る。



「ニャンじゃなくてサンプーチャンっス! 漢字で書いたら三不粘って字なんスよ。箸にも皿にも歯にもつかない料理って意味らしいっスよ」


「ほー。確かにモチモチネバっとしてるのにお箸につかないな」



 皿から箸で持ち上げてみると、モチっと伸び上がるが、放せばすぐにテロンと元の形に戻る。

 なにこれ面白い!



「私も天界のレシピ本で読んでから作ってみたかったんスよね~。なんかカスタード系の味らしいっスよ。お先に一口……」



 俺が伸ばして楽しんでいる隙に、ミコトが隅っこを千切り、口に運んだ。



「むっ! 美味しいっスよ! 卵の風味がする甘めのクルミ餅って感じっスね」



 俺もモチっと一片を千切り、食べてみる。

 おお。

 確かに歯にもつかない。

 ムニムニと噛めば、トウモロコシの香ばしい香りと、オムレツのような卵の風味、砂糖の甘みが優しく広がる。


 カスタードというには甘さが控えめで、確かに卵風味のクルミ餅みたいだ。

 なんとも優しい味わい……。

 朝から食べても喉や胃がモッタリしなさそうだ。

 腹持ちも良さそうだし、案外冒険に出る前の軽食には丁度いいかも。



「痛ってーっス……」



 そう言いながら、ミコトがお玉を持っていた手をプルプルと振っていた。

 うん……。

 やっぱ冒険前には食えないわコレ。


 甘い香りに誘われたのか、砦の広場で遊んでいたちびっ子たちが寄ってきた。

 昨日トウモロコシの販売兼諜報活動を行っていたやり手のスパイキッズ達だ。

 当の本人たちは市場調査役だとは思ってもいないだろうけどね。


 昨日のお返しということで、皆に一口ずつ食べさせてあげると、たいそう喜んでいた。

 ミコトが気分を良くしてレシピメモなどを持たせていたが、コレを作ったお母さんの仕事に悪影響が出ないか心配だ……。




////////////////




 その後は、とりあえず体力温存を兼ねて二度寝し、起きて昼飯を食い、また昼寝し……と寝に寝た。

 そして気が付いたらもう夕暮れ前。

 本当に某動物観察小屋のような状態である。


 夕食のポークステーキと生野菜プレートを皆で食べ終えた頃、薬草などを満載にした行商屋台がやって来た。

 ほんとうにこの地域の人はしっかりしてるな……。

 まあ、例によって激安だったので大助かりである。

 エドワーズはちょっと多すぎでは……と思うような量を買い込んでいたが、その量がこのキャラバン護衛のハードさを伺わせ、俺は今更緊張に見舞われたのだった。


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