第25話:晩秋来たりて
大収穫祭が終われば、冬ごもりの準備。
都やそれに準ずる大都市でもなければ、誰もが心得ている常識である。
去年はそれを知らず、極寒の中でクエストを漁る羽目になってしまった。
デイス取水塔の見張りと雪下ろし……辛かったなぁ……。
まだ俺達はフィッシングウェアがある分、「クソ寒い」程度で済んだが、冬のクエストで凍死する冒険者は少なくない。
仮にクエストを達成できたとて、薪も、食料も入手可能数は限られており、金があっても物が買えず、そのまま街角で眠るように……という者もいる。
ギルド本部は年末の1週間以外は薪が焚かれて温かいし、デイスの街は物資不足に陥りにくいとはいえ、それでも尚冬に戦死以外で命を落とす者は出るのだ。
そして去年、あわやその名簿に名前を載せかけたのが俺だ。
「おい、分かってんだろうな」
去年の冬、薪と食糧不足と金欠を起こし、年末のギルド本部前で凍死しかけていた俺達になけなしの薪と食料を恵んでくれた男が、ランプレイ方面のキャラバン護衛依頼書をピラつかせている。
「くっ……! 好きにしろ!」
「でも心までは屈しないっス!」
「何の真似だよ……」
エドワーズに恩を売られてしまった俺達は、「来年は俺達を助けてくれよ」と約束を取り付けられてしまったのだ。
いや、ホント感謝してますですハイ……。
「オレたちもマービー抜けて大変なんだ。前衛不在だからな」
「洞穴ゴブリン討伐であんな怖い思いする羽目になるとは思わなかったわ……」
「マービーさんの存在の大きさ痛感しましたねぇ……」
3人とも体のどこかしらに傷を負い、包帯や氷嚢で体を労わっている。
ちょっとした肩慣らしのはずが、あわや全滅の危機に陥るのだからこの世界は恐ろしい。
そんな危機を迎えたエドワーズパーティーを助けるべく、俺達は冬までの間、彼らの長期クエストの手伝いをすることになった。
手伝いと言うか、バリバリの戦闘要員というか。
「ランプレイ方面って何が美味しいんスか!?」
「そうねぇ……。野菜……かな?」
「スクエアコーン、バレットニンジン、バクダンメロン……まあ野菜ですよねぇ……。食べ物よりは可愛い服が安く買える地域ですよ」
「そういえば、最近三人ともオシャレな服着てたっスね。アレもランプレイで買ったんスか?」
「そうそう! デイスじゃ値段が3倍くらいになるのよこれ! 普段着も、クエストの装備も装飾品も、殆どランプレイ産のもので揃えたの!」
「性能に対して驚くほど安いですからね。何よりオシャレで可愛いですし」
早くも女子トークを始めた3人を横目に、俺は最大の懸案事項をエドワーズに尋ねる。
「なあ、ヤバい敵とかいるの?」
「いや? 稀にニシチミドロヒグマが出るくらいで、大体はゴブリンやらネムリトラ程度さ。あ、時々盗賊も出る」
「俺もう既に心折れそうなんだけど」
ニシチミドロヒグマ……。
大陸西方の魔物を除く生物では陸上最強格と言われており、初心者が出会えば幸運でも死は覚悟する必要があると言われている。
ちなみに最悪は「巣穴で生きたままゆっくり食われる」である。
そんな奴にレアスキルを頼みに挑んで死にかけた馬鹿がいるわけだが……。
「大丈夫だって! お前あの時からずっと強くなったろ? それに、オレでも一体仕留めてるんだぞ」
「それお前が凄いだけじゃねぇの!?」
「んなわけあるか! とんでもないレアジョブの癖して弱気になるなよな……」
エドワーズによれば、ニシチミドロヒグマは一定以上の腕前になった冒険者からすれば肉と賞金を運んできてくれる神様のような存在らしい。
攻撃力と俊敏性は並々ならないものがあるが、遠距離戦が出来ないことと、氷魔法や閃光に弱いこと、そして何より、耐久力が同危険度の生物、モンスター比でかなり低いため、強固な表皮を撃ち抜ける魔法や武器を備えてさえいれば、案外余裕で倒せるらしい。
……本当か?
「本当だっての! あと、お前が戦ったヤツって特異個体だからな?」
「あれ? そうなの?」
「そうだろ! 先輩の報告書読んでないのかよ! クエストボードにしばらく張り出されてただろ! はぁ~……。頼んどいてアレだが、段々オレも不安になってきたよ……」
エドワーズが分かりやすく頭を抱えた。
す……すまん……。
俺クエスト募集以外たまにしか見ないんだ……。
「楽しみっスね!」
女子トークで盛り上がったミコトが振り向いてきたが、俺とエドワーズはどちらも苦悩の表情を浮かべていた。
/////////////////
「さーて! キャラバン護衛ミッションとなれば早速装備揃えるっスよ!」
やる気満々のミコトに手を引かれ、武器商店街を練り歩く。
ホッツ先輩が買ってくれた武器は、値段相応に頑丈で、未だに刃零れ一つ起こさないが、俺達の鎧は度重なる戦闘で所々にガタが来ている。
特に、俺の前面で戦ってくれているミコトの鎧は、所々に窪みができ、どうにもみすぼらしい。
ミコトは「この窪み一つ一つが、雄一さんをお守りした愛の深さなんスよ」と、笑ってはいたが、流石にこんな状態の鎧を着させ続けるのも申し訳ないので、修理するなり、買い替えるなりする必要はあるだろう。
「あ! 雄一さんコレ見るっス!」
武具屋の軒先に置かれた鎧を指さすミコト。
その首元には「インフィート」という金属プレートが付いていた。
お? インフィート産……?
「おっ! ミコトちゃんお目が高いな!」
武具屋のおっちゃんが上機嫌で現れる。
「最近インフィートから良質な鉱石が入るようになってな! その鎧はインフィートの鉱石から作られた鋼板で作られてるんだ。 軽くて頑丈、しかも錆びにくいって好評さ」
試しに持ってみると、確かに軽い。
それでいて強度は並みの鋼鉄よりもずっと高いらしい。
金属は鉄、アルミ、錫、鉛、タングステンくらいしか分からないが、多分鉱物の純度が云々、配合比が云々みたいな話だろう。
ほらあの……鉄より硬いブリキだの、超超ジュラルミンだの……。
「うっ!」
試着していたミコトが突然青くなり、目を白黒させる。
何かあったのかと彼女の目線の先を見ると、俺も同じ状況に陥った。
「はっはっは! 流石にまだ二人には高いか!」と笑う店主。
高いもクソも、今の鎧の5倍の値段て……。
まあ、それでも需要はあるんだろうなぁ……。
インフィートにブランドが生まれたのはいいが、俺達の手が届きづらい存在になっちまったな……。
なんか知り合いがアイドルにでもなった気分……。
とりあえず、今着ている鎧と軽量鎧を下取りに出し、それよりもちょっと上のランクの鎧を買って俺達は帰路についた。