最凶覚醒
「ど、どういうことだ!なぜ俺の切り札がいきなり消えちまったんだ‼あいつはそんなやわな奴じゃねー‼」
粗野な男の声が響き渡る。勝手にこの男に伝令役を命じられた女は自分の不運を呪いながらも慌てて説明する。
「そ、それが、魔法陣がいきなり破壊されて……。二人ほどの男が地面から這い出てきた後すぐに調べさせたところ、その下に巨大な氷が詰め込まれた穴がありました。おそらく土属性魔法『トンネル』で安全圏から攻撃したのかと……」
『トンネル』は主に土木工事で利用される非戦闘系魔法だ。まさかこのような使い方があるとは思ってもいなかった。
あの上級悪魔のにおいは強烈すぎる。まともに行動できなくなるのはこちらも同じだ。そのため、かなり離れた位置で様子を見るしかなかったのだが……魔法陣の亀裂に対処することも男たちを殺すことも距離がありすぎてできなかった。
氷を破壊すれば奴らのところへ行けるだろうが、どのような構造になっているか不明なうえに、待ち伏せの可能性もある。利用するメリットはないだろう。
「はあぁ⁉下から?卑怯にもほどがあるだろ‼」
いや、召喚魔法を含む強力な魔法は魔法陣を破壊するなどして発動させないようにするのが定石だ。むしろ至極まっとうな手段なのだが。しかしそれを正直に言ってどうなるかがわからないほどここにいるものはバカではない。
「おっしゃる通りかと‼」
「クソッ!万が一のことがねーようにボッコボコに叩きのめしてから行くつもりだったってーのに‼大体なんでなんだよ!古代文字を解読できる奴は全員死ぬし、ガキに箱を取られたと思ったらあいつらの手元に戻ってたり‼なんでこうもうまくいかねーんだよ!俺の作戦は完璧なはずだろ‼」
どこがだよ。完璧じゃねーから死んだり、脱走されたりするんだよ。お前の計画は穴だらけだろ。大体なんでこいつが俺たちの上司なんかになっちまったんだ?
全員の頭に浮かび上がった思いはほぼ同じものだった。
ただ単に上に媚びるのがうまかっただけの召喚術師への敬意は一切なかった。上級悪魔を召喚できたのも彼の実力ではない。暇を持て余した悪魔たちの単なる気まぐれである。
「チッ。こうなりゃしかたねー。全員フィロソ族の集落まで行くぞ!こっちには人質がいる。箱さえ手に入ればこっちのもんだ‼」
知り合いでもないガキとジジイじゃ効果薄いだろ、人質が見捨てられたら俺たちは終わりだろ、といった心の声が口から出ることはなかった。
フィロソ族の尽力により悪魔は全滅した。こっちも俺の魔力をリオネに食わせ、それを氷の槍や鎖に変えることで援護したがもうお互いに魔力が枯渇する一歩手前だ。マナポーションもお腹がガバガバになりそうでこれ以上は飲めない。
フィロソ族もかなり疲弊している。けが人の数も多い。さすがにこれ以上の戦闘は難しい。死人が出ていないのは幸いか。
「はぁ、はぁ……。これで全部か?」
「悪魔はそうだな。あとはローブの奴らがどう出るかだが」
撤退してくれれば大助かりなんだが。
(すまん、リオネ。いったん俺の体から出てくれ)
(わかりました。ひとまず精神干渉の心配はなくなりましたし)
リオネにマナポーションを飲ませ、魔力を完全回復させた。
そうだ。今のうちにハイポーションで全員回復させよう。再使用と唯一無二さえあれば全員の負傷を取り除くことができる。思いつくと同時に行動し、10人ほど回復させたところで見張り台から声が響いた。
「報告!ローブの集団20!全員こちらに向かっています!」
撤退の意思はなし、か。早いことポーションを多くの人に飲ませなければ。
あと30人、というところで近くに来てしまった。銀ランク相当を優先したのでまだよかったのだが。
ローブの男たちは2つの大きな袋を抱えていた。なんだ?
袋の口が緩められ、中から現れたのは___ロル君⁉捕まっちまったのか⁉傷だらけじゃないか!まさか死んじゃいないよな?
隣にいた老人はロル君ほどではないがこちらもひどいありさまだった。ほとんど残っていない魔力を使って視力を強化すると、二人とも呼吸はしていることが分かった。よかった。最悪の展開にはなっていないようだ。だが早く治療しないとまずいかもしれない。
でもどうしてここに?いや、考えられる可能性は一つしかない。
「聞こえるかお前ら!こいつらは人質だ。殺されたくなければ早く大悪魔が封印された箱を持ってこい‼」
みんなの様子を見ると、多かれ少なかれ動揺の色が見て取れた。
「あいつら人質を取りやがったか!」
「でもあそこにいるのは誰だ?」
「誰かの知り合いか?」
あぁそうか。ロル君のことを知っているのは俺と約数名だけだ。おじいさんのほうは……俺も知らない人だな。
族長のワイズさんが前に進み出た。
「お前たちは新世界と言うそうだが、間違いないのか?」
「はあ⁉なんで俺たちのこと知ってんだよ⁉どこで知りやがった‼」
こいつらにリオネの裏切り行為はばれていないようだな。
「どうやら間違いないようだな」
「こっちの質問に答えろ!」
「さて、どうしてかな?」
「まさか、誰かが裏切ったのか?」
正解。
「大悪魔の力を狙っているようだが、そもそも開け方はわかっているのかね?封印を解除できなければただの箱だぞ」
「ふっ、問題ねぇ!この爺さんが全部解読してくれたからな!」
この人が?ひょっとしてあれか?解除方法を翻訳しなきゃ殺すぞ、とか言って拷問したとか。
考えるのは後だ。2人を助けるほうが先だ。
俺はそろりそろりと物陰のほうへと移動した。
スクロールで真下に1回、距離と方向を確認して横に1回、奥へ奥へと進んで魔力を頭上に……いや、これ以上魔力を消費すると気絶する。魔力での位置確認はリオネにやってもらおう。
念入りに調整し、『トンネル』で穴をあける。その瞬間、ロル君とおじいさんだけが勢いよく落ちてきた。待機していたリオネの氷の鎖がうまくキャッチする。冷たいけど我慢してほしい。触手だとドレインタッチが発動して死にかねない。
「な、何⁉」
「あっ‼」
中に入られると困るのですぐさま氷塊で入り口を塞いだ。あとはハイポーションを飲ませて戻るだけだ。
「な、な……」
男はあからさまに顔色が悪くなっていった。一方フィロソ族たちに動揺の色はない。また彼が機転を利かせてくれたのだとすぐに分かった。ちなみに男の仲間たちはすでにあきらめムードである。
「1人も残さず捕らえよ!」
「ハッ!」
「クッ、クソッ!」
悪魔との戦いで消耗しているとはいえ、数でも実力でも彼らは劣っていた。逃げることなど不可能。あっけなく無力化され、捕らわれたのだった。
ネオヘイムの奴らは全員縄でぐるぐる巻きにされていた。どうやらすべて終わっていたようである。
「おおワタル殿。今回は本当に助かった。もしあのままだったら確実に死者が出ていた。感謝しかない」
「いえ、私にできることと言ったらこれぐらいですから。できる限りのことをしただけですよ」
逆に言えばあれぐらいのことしかできなかったわけだ。こんなことでは勇者を倒せない。マジックアイテムでどれだけこの差を埋められるか。
幸いなのが王国から討伐を依頼された邪竜が逃げ回っているせいでいまだに戻ってこられない状況になっていることなのだが。せめて1年はかかってほしいところだ。いや、国からの依頼であることを考えると被害は大きいということだし、早く討伐されたほうがいいのか。複雑な気持ちだな。
「こいつらはどうします?殺してないってことはどこかに突き出すんですよね。それとも情報を吐かせてら殺すってところですか?」
「情報はこちらでもできるだけ引き出すつもりだが、すぐに王都に報告せねばなるまい。とはいえこいつらを連れて行くの困難だ。しばらくはここで監禁するしかあるまい」
「向こうに知り合いがいるんですか?」
「何人かな。それなりの地位についている奴がほとんどだから国王陛下も耳を傾けてくださる可能性が高いだろう」
「あの勇者が実際にやっていたことも信じてくれるといいんですけどね」
「精神支配さえされていなければ問題ないとは思うが……」
王都に行ったら悪魔がわんさかいました、とかじゃなきゃいいんだが。リオネが知っている限りそんなことにはなっていないようだが……。
はぁ……。あと数時間で朝か。今日はろくに眠れなかったな。しかし俺だけ休むわけにもいかない。
「じゃあ、ワイズさん。念のため私達も周辺の見回りに行ってきます」
「そうか、わかっ___」
その瞬間、空気が重くなった。思わず崩れ落ちそうになる。俺だけでなくフィロソ族やネオヘイムもその異常を感じ取った。リオネに至ってはさっきから身震いが止まっていない。
「だ、大丈夫か⁉」
「あ…あ……」
「しっかりしろ!お前、何か知ってるのか」
「こ…このプレッシャー……ラトゥンとは比べ物にならない……う、嘘……まさか……」
ドオォォォォォォン‼
爆音とともに、族長の家から漆黒の煙が噴出する。プレッシャーも尋常でないものになり、立っていたものは例外なく膝から崩れ落ちた。
集落全体が黒に覆われた。すぐ目の前すら視認できない。
あの位置はまさか……封印の木箱を隠してあった場所か⁉
数分前、ネオヘイムの女性団員がフィロソ族族長の家へとたどり着いた。誰も中へ入ろうとする彼女の姿に気づいていない。
(まったく、冗談じゃないわ。ホント使えないわねあの男。部下の話ぐらい耳を傾けなさい)
『物品探知』で目的のものへと近づきながらもあふれる不満はとどまることを知らない。
(大体、襲撃するなら悪魔に精神支配させた一般市民を囮に使うとか、いろいろやりようはあったでしょ。そうすりゃ幾分成功率は上がるっていうのに)
とはいえ、英雄の子孫の力を全員見誤っていたせいであえて言おうと思う者がいなかったのも今回の敗因でもあるのだが。
今回襲撃に参加したのは21人。しかし敵意を持つ相手からは視認されないマジックアイテムをこっそりと使っていたため、だれもが20だと思っていた。
ようやく反応が最も強い部屋に来た。誰もいないことを確認し、慎重に床板を外すと古ぼけた木箱が隠されていた。
(確かあの爺さんが解読した通りなら……)
懐中時計の秒針を見ながら、箱の底に4秒、蝶番が設置された部分に19秒、右に7秒、蓋に15秒、左に16秒、そして最後に鍵穴に向かって8秒魔力を注ぎ込む。
ガチャリと鍵が開いた。中にあったのは少し小さな鉄製の箱だった。同様に20秒、10秒と順番通りに魔力を注いでいく。
最後の箱はミスリル製だった。これだけでどれだけの価値があるだろうか。
ごくりとつばを飲み込み、左側面を下方向、上を左方向、右側面も下方向にわずかにずらし、蓋を右方向にスライドする。今までよりもはるかに魔力が持っていかれる。念のためにマナポーションを飲み干す。
それは光を一切反射せず、あたかも吸い込んでいるかのように黒かった。恐る恐ると取り出すとズシリと重みを感じる。
(これが、大悪魔を閉じ込めた宝玉。これさえあれば……)
突き動かされるようにその女は宝玉を力いっぱい床にたたきつけた。
ガンッ、という音が響かせた宝玉は……。
(……ん?)
10秒、20秒……いくら待っても何も起きない。
もっと強く叩き付けなければならないのかと手を伸ばそうとしたその瞬間。
ピキッ。
玉に亀裂が生じる。亀裂はゆっくりとゆっくりと広がっていく。
そしてついに。
宝玉が爆ぜた。
至近距離にいた彼女が大けがを負ったのは言うまでもない。そして運悪く、致命傷だった。すぐに何も起きなかったのは安全のためであったのだがそこまでの情報は木箱に記されてはいなかった。
もし室内が薄暗くなければ、もっと注意を向ける気があれば、古代文字に詳しければ。ミスリルの箱の注意書きに気づいていただろう。否、何かが彫られていたことに気づいてはいたが、模様か何かだと気にも留めていなかった。
闇が収束し、やがて消えた。人々はみなある一点にくぎ付けとなった。
端的に言えばそれは影だ。人の形をとった影が空中に浮かんでいた。
子供の落書きのような単純な『それ』。しかし放たれる威圧感は規格外。すでに半数が意識を手放した。
勝てない。動けない。逃げられない。恐怖が脳を支配する。
かつて世界を震え上がらせた恐るべき大悪魔、『最凶』。
長き眠りから、ついに復活した。




