寝顔天使
ノルンさんが魔王の孫娘だった。
これには正直驚いた___
「なるほど、そうだったんですね」
「あ、あれ?」
___りはしなかった。
「あ、あの驚かないんですか?」
「いや、いきなり角が生えたときは少しびっくりしたんですけど……そういえばここって異世界だから何でもありだなって思いだしたのでとくには…」
「いえ、別に何でもありってわけではないと思いますけど…」
そりゃあ本当の意味で何でもはないだろうけど、ファンタジーな世界じゃ別に魔王の親族と知り合いになってもおかしくないというか。ラノベではむしろ何らかの形でかかわるのはよくあることだし。
「今思えばクルスさんたちの態度って自分が仕えている人を守ろうとしているようなものでしたね。やっぱり家臣とかですか?」
「えぇ。私が幼い時からずっとそばにいてくれて、よく遊び相手にもなってくれたんです」
「そうだったんですか」
どうして街で暮らしているのかとかいろいろ聞きたいことはあるけど…。
「時間大丈夫ですか?」
「えっ?あっ!」
ダッシュでギルドに向かったノルンさんはギリギリ始業時間に間に合った。
……全然疲れたそぶりを見せないけど、この人僕よりスタミナあるんじゃないか?流石魔王の一族ってところかな。
普通の町娘が出せるぐらいのスピードだったけど、全速力じゃなかったと思う。魔力による身体強化も使ったらどうなるんだろう?
「おや珍しいね、ノルンがこんな遅くに来るなんて。どうかしたのかい?」
「すみません。ワタルさんと一緒に話している間にいつの間にか足が止まってしまっていて」
「ほーう?朝から二人きり……、ひょっとしてあんたたち、これかい?」
「ち、違います!小指立てください!」
真っ赤になってあたふたするノルンさんを見て女将さんがけらけらと笑い始めた。
「おはようございます。女将さん」
「おう、昨日はずいぶんと働いてくれたね、坊や」
「迷惑かけたお詫びですからあれぐらい当然です。後、坊やはやめてください」
「いいじゃないかかわいいんだし」
ぐ、ここでもかわいいか。だれかかっこいいって言ってくれる人いないかな?
「まだ依頼は張り出されないし、飯でも食ってゆっくりしていくかい?」
「あ、いえ。朝食はすでに済ませてあるので大丈夫です」
そういって僕は食堂の端の席へと向かい、もう少し眠ることにした。
もともとフィアさんたちと会うのは正午より少し前の予定だったし問題ない。さっさと疲れをとって魔力を全回復させよう。
僕は生まれながらのスキル(もちろん本当のスキルではない)『どこでもすぐ寝られる』を発動させた。
かわいい。
何度見てもそう思う。
ノルンは空いている机をふきながら何度もワタルの寝顔を盗み見る。
ギルドの酒場兼食堂は朝早くから利用できるが冒険者たちがやってくるのはいつももう少し後になる。
なので厨房にいる同僚と女将さんを除けば今この職場内では二人っきりである。
だから遠慮なくもっと近くで覗こうと思えば覗けるのだがさすがに仕事を放りだすわけにはいかない。
いつの間にかほぼすべての席をきれいにし終わっていた。……時間がたつのは早すぎるのではないのだろうか。
最後に彼がいる席の半分ほどを拭き、数秒間だけ至近距離で眺めた後、名残惜しそうに厨房へと向かっていった。
(まあ、昨日からずっと近くで眺めていられたのでいいんですけどね)
彼の看病を付きっ切りでおこなっていたのは、別に彼の様態が心配だったからではない。
状況的にも体の様子からしても魔法使いがたまに引き起こす魔力切れであったことはすぐにわかったのでクルスたちにも言った通り一晩寝ていればすぐに良くなることはわかっていた。
それでもせずにはいられなかったのは彼の寝顔、より正確に言えば彼のかわいい顔をもう一度見たかったからである。
野菜を洗い始めながら彼と初めて出会った時のことを思い返した。
「お爺様、本当に勇者召喚の儀式を行うつもりですか?」
「……うむ、そういうことになった」
城のある一室で祖父を問い詰める。
現在このグリングルド領は勇者との苛烈な戦いによっていつ滅びてもおかしくない状況にあった。
自分は戦地に行かせてもらえず、また誰も詳しい話を語ろうとはしなかったが、とうの昔から、否最初から劣勢にあることは周りの雰囲気から十分すぎるほど感じることができた。
そんな気遣いはしないでほしい。現魔王を除けば最後の血筋である己の立ち位置は理解しているつもりだ。しかし、ただ守られるだけの姫になどなりたくない。もっと皆の役に立ちたい。
けれど冷静に考えれば自分一人が戦いに参加したところで形勢が逆転できるわけではない。
無駄に命を散らすべきではない。しかし、そう納得できてしまう自分が許せずにもいた。
もっと力があればこの戦いを終わらせられるのに。
皆を救えるというのに。
己の非力さに悔しさともどかしさを募らせていたある日、勇者をこの世界に呼び出す計画が進められていることを偶然知った。
「なぜですか!?なぜ無関係な人間を巻き込ませようとしているのですか!?これはれっきとした誘拐です!犯罪ですよ!?どこか適当な場所から強いという理由だけで攫って行くのと同じです!」
別世界の人間が王国の手により召喚され、勇者として世界の危機を救う物語はとても有名であり、知らないものはめったにいないとまで言われている。それはグリングルド領でも同じであり、ノルンも何度か読んだことがある。
ワタルの世界で異世界ものが人気であるように、この世界に住む者からもまたこの手のストーリーは古くから好かれている。
しかし彼女は幼いころから疑問に思っていた。
勇者は無理やり連れてこられて嫌じゃなかったのか、と。
勇者はこの世界で幸せに暮らした。物語はいつもそんな感じで締めくくられている。
本当に?
いきなり家族や友達、ほかにも大切な人たちといきなり離れ離れになって、もう二度と会えなくなって、寂しくなかったのだろうか。つらくなかったのだろうか。
本来自分とは全く関係のない争いや悲劇をどうにかしてくれと言われて困惑したのではないのだろうか。
無理やり戦わせられたのだろうか。それ以外の選択肢を選ばせてもらえなかったのだろうか。
はたから見れば幸せそうに見えても、本当は真逆だったかもしれない。
世界に救う英雄になるよりもただみんなと同じように普通の生活がしたかったのかもしれない。
召喚した者たちは勇者のことをどう思っていたのだろう。
罪悪感はなかったのだろうか。
ただの都合の良い道具としか見ていなかったのだろうか。
そもそもなぜ、何かあったら誰かを呼ぼう、たいていのことは誰かに任せよう、という話が人気なのだろうか。
異世界の勇者にだけではない。この世界で生まれた勇者に対してもほとんどの人はまかせっきりに思える。物語でも、そして現実でも。
自分がやらなくても誰かがやってくれることを望んでいるからこそ好かれているのではないのだろうか。
強いものにすがりたくなる気持ちはわかる。そもそも自分たちだけではどうにもならないから勇者を頼るのだ。
しかしそれが、誰かに頼ってばかりで自分が何もしなくていい理由にはならない。
たとえ弱くても自分にできることはないか探して実行するべきなのだ。
だからノルンは勇者が出る物語が好きではなかった。
「我も正直乗り気ではない。しかしこれ以外助かる道が残っていないのも事実だ」
「本当に他に方法はないといえるんですか!?もっと皆さんと話し合えば何かいい知恵が思い浮かびます!考え直してください!」
「……なにも浮かばないことぐらいはおまえにもわかっているはずだ」
「っ!……仮になかったとしても私は認められません!それにもしそれが人々に知られたらもう私たちが悪人だという認識は覆せなくなるかもしれませんよ!実際に悪事に手を染めたことになるのですから!」
結局、召喚の儀式は行われることになった。彼女の意見が通ることはなかった。
もしかすると、彼女自身も知らず知らずのうちに勇者に救いを求めていたのかもしれない。
そう自覚して以来ノルンの心から罪悪感が消えることはなかった。
準備が着々と進められようとしている中、祖父からこの城から逃げるよう言い渡された。
なにしろ誰もやったことがなく、手掛かりが古い文献の記述しかないため、実際に成功するかどうかがわからず、また、成功したとしても勇者同士が激しい戦闘を繰り広げればその余波がどの程度になるかは計り知れない。
そのため、魔王の後継者であるノルンだけでも安全地帯まで避難させる必要があった。さすがに戦闘に参加しない民まで安全圏に移動させることは現実的に不可能だった。
ちょうどつい先日に勇者一行が国王からの命令で王都に向かっていることが判明したため、今ならだれからも攻撃されず安全にこの領から出られる。
当然ノルンは自分だけそんな場所に行くことに猛反対したが、周囲の必死な説得によりやむなくそれに応じた。
彼らは心のどこかでこの計画は失敗すると思っていたのかもしれない。
そしてノルンは伝書鳩で定期的に連絡するよう魔王と約束を取り付け、アレスへと向かった。来た道を振り返ることはなかった。足が止まりそうだったから。戻ってしまいそうだったから。
クルス、エルザ、ルゥは冒険者、ノルンは冒険者ギルドの酒場の店員として数か月を過ごした。全員が見た目を変えられるマジックアイテムを装備していたため、正体がばれることはなかった。
あくる日、ノルンはいつものように注文された料理を運んでいた。
「お待たせしました。ご注文の…あれ?」
角の席までミートスパゲティを届けに来たが、注文をした当の本人は寝ているようだ。
「お客様、お客……」
起こそうとして顔を覗き込んだその時、ノルンの時間は止まったように感じた。
そこにいたのは冒険者の少年だった。しかし、その寝顔はとても荒事を好む者のものではなかった。
むしろ、絵になるほどのかわいらしい表情だった。
今までこのような顔を見たことがあっただろうか。
天使が眠った時の姿はちょうどこんな風なのではないだろうか。そう思わずにはいられなかった。
それからしばらくの間、ほかの冒険者から声を掛けられるまで彼の寝顔を微動だにせず見つめていた。
慌てて起こすとその少年は寝惚け眼をこすり、やがて無言でうつらうつらしながら食べるという見ていて危なっかしいことをし始めた。
そんなところにも思わず胸がきゅんとなってしまう。
これが彼女とワタルの出会いだった。
最も彼はこの時のことを何一つ覚えていないが。
恋のキュンか小動物を見た時のキュンかその両方か。




