悪党襲来
今日の俺はいったいどうしたのだろう。
こんなかわいい子と二人っきりで街を歩いてる。
今までこんなことがあっただろうか。いや、ない。
そもそも前の世界では女子とっていうか人と話すことすらそこまでなかったのに。
眠気などとうの昔に吹き飛んでいる。心臓がバクバク言っているのがばれないだろうか。
なんかここまでいいことが続いていると雨が降りそうだな。
なんて思ってたら急に降ってきた。このタイミングかよ!そこは普通明日だろ!
「急ごう」
「はい」
あっ、そうだ。
「ノルン。家までどれくらいある?」
「このまま走っていけば五分で着きます」
「魔力に余裕はある?」
「まだ少しはありますけど、身体強化用ですか?」
「いや、濡れたくなかったら上に障壁張って」
「なるほど!」
自重しようと決めたばっかりだが今は問題ないだろう。この時間帯に人が歩いてることなんてめったにないし。
シールド系の魔法を傘代わりにした人ってたぶんいないだろうな。わざわざこんなことのために貴重な魔力を消費するって割と無駄な使い方だし。
「あれ?ワタルさんは使わないんですか?」
「これ以上使うと道端で気絶しかねない」
昨日は晴れていたからよかったが、今寝たら風邪引きそうだ。
ん?濡れてない?
頭上にはうっすらと黄色に光る長方形が浮かんでいた。
「魔法を教えてくれたお礼です」
「あ、ありがとう」
ちょっと待て。
これってまさかの…相合傘じゃねーか!傘じゃないけど。
やっべー。俺今日まで生きていてよかったかも。っていうか、異世界に来てよかったかも。
「あっ、そうだ。一つ頼みがあるんだが」
「何ですか?」
「今日教えたことは誰にも言わないでくれるか?さっきの話からするとスキルなしで魔法が使えることがばれたらえらい騒ぎになるなりそうだし」
「それは…少し困りますね」
「だろ?」
「わかりました。じゃあこのことは私たち二人っきりの秘密ということで」
ふ、二人っきりの秘密…。すっげえドキッと来るな。
「お、おう。あ、いや、あの二人にも教えたから正確には四人だな」
「その二人とも同じ約束をしたんですか?」
「あっ…」
やっべぇ、してねぇわ。明日あったらすぐ言わねーと。まさかもうほかの人に教えたりとかしてねーだろーな。だとしたらそいつとも約束しねーと。
失敗した。次からはもっと注意しよう。
「あの、ワタルさん」
「ん?」
「ちょっと気になっていたんですけど…」
え、何だ?何を言われるんだ?
「その…、無理して口調変えてませんか?」
「えっ?」
まさか…ばれた!?
動揺したその瞬間、バシャバシャと水たまりの上を走る音がいくつも聞こえた。右の曲がり角からだ。
「すまん。ほんの少しの間障壁を消してくれねーか?」
「あ、はい」
そう言い終わるや否やこちらに向かってきたのは_
「!?てめぇはあんときの!?」
_つい昨日遭遇した魔法使い三人だった。
「あのガキと箱はどこだ!答えろ」
「知らん」
「しらばっくれんな!」
いや、ほんとに知らんのだが。
「あの…この人たちは?」
ノルンが戸惑いながら訪ねてきた。障壁はすぐに消していたから、ギリギリ見られていないはずだ。
「さぁな。悪党だってことはわかるんだが」
油断なくナイフを構える。棍棒の方がリーチが長いが魔力伝導率がナイフよりかなり劣る。
「ふん、まぁいい。吐くまで拷問だ」
さてどうする?魔力がそこまで残ってないし、逃げるか?いや、疲れもたまっている状態じゃ追いつかれそうだ。
戦おうにも一気に片を付けないと俺がぶっ倒れてそれで終わり。ましてや誰かを守りながら戦うとなると…。
「ついでにそこの嬢ちゃんもかわいがってやるよ」
「きひひ、こんな上玉ひさしぶりだぜ」
「……」
あーあ、自重しようと思ってたのに…もう今日はいいや。
「おっと、前みたいに逃げんなよ?」
あぁ、逃げねーよ。
ってゆーか、崖まで跳躍したの覚えてんならもっと警戒しないのか?
そう思いつつ、俺は武器を腰のベルトに戻し両手をだらんと下げた。
「ん?どうした?急にナイフしまい込んだりしちまって。おとなしく話す気にでもなったか?」
…さぁ、お前ら。おとなしく…これでもくらいな。
左右の人差し指を両側の奴らに勢いよく向ける。指鉄砲の形で。
「あ?いったい何のま…ぐぁああああああああ!?」
「ぎゃああああああああ!?」
「お、お前ら!?」
くっ、一気にめまいに襲われる。だがそれをどうにかこらえ、真ん中の奴にも指を向ける。
「!?つぁあああああああ!!」
三人とも片足を抑え、悲鳴を上げながらうずくまっていた。赤い液体が皮膚や衣服を染め始めていく。
そしてこっちは路上に倒れこみながらも、必死に意識を保とうとしたがもう限界のようだった。
ギリギリいけると思っていたが、予想よりも多くの魔力を消費してしまったらしい。
「ノ…ル……、逃げ……」
口がうまく動かない。視界がぼやけていく。
「ワタルさん!?どうしました!?」
なんかずっと声が聞こえているような気がするが何を言っているのか耳に入らない。
あぁ、初めて女の子を守ったな。
そんなことを思いながら瞼を閉じた。
「てんめぇ…」
男の一人が憎々しげに前方を睨む。
何かしたであろう小柄な青年はなぜか気絶しているようで何度も少女に体をゆすられている。
再び自分の左足に視線を戻す。
足首のすぐ真上が貫通こそしていないものの、槍が刺さったかのように深くえぐれていた。
何が起こったのか到底見当がつかない。
先ほど青年が自分たちに指を向けたがそれ以外に怪しい動きはなかった。
もしこの悪天候でなければ指先からきわめて細い一筋の光が放たれたのが見えていたかもしれないが、彼にそんなことは知る由もない。
この妙な男のことは全く警戒していなかったわけではないが、明らかに格下だと考えていた。
あの跳躍力から察するに何らかのスキルを持っていることは予想できた。
詠唱はなかったので魔法関連ではなく、『跳躍』あたりだろうか。
スキル持ちは仲間にいれば心強いが、敵にいれば厄介だ。
しかし、枝から枝へと渡った回数や、飛び移った時のさほど余裕でもなさそうな様子、そして彼らの長年の勘から、スキルの練度も戦闘能力も低いと見た。
実はこの三人、魔法よりも剣による近距離戦闘を得意としていたため、もし彼が逃げずに挑みかかってきた場合、自分たちが有利であると確信していた。
ゆえに、初手からこのような痛手を負わされたことが許せなかった。
足をどうにか引きずりながら、武器を片手に前進する。
奴はすでに戦闘不能。無防備なその足をめった刺しにしてやる。
逃走を許さぬために。自分たちの痛みを倍以上で返すために。
『我は紡ぐ。汝のために_』
「!?」
少女が詠唱を始めた。
聞いたことのない詠唱。
しかし魔法が厄介であることに変わらない。
先にこちらを黙らせねば。この際殺しても構わない。無論そうすると楽しめなくなるが。
『_黄金の糸は輝きを放つ。汝を導くために_』
男が腕を振り上げたその瞬間_
_突如背後から殺気を感じた。
が、慌てて振り向いた時にはすでに彼の体は上下真っ二つに切り裂かれていた。
「ノルン様!ご無事_」
「クルス」
「あっ…ゴホン!大丈夫かノルン?」
クルスと呼ばれた女性は残り二人を切り伏せ、慌ててノルンのもとへ駆け寄ろうとしたが、彼女に言葉遣いを注意されてしまった。
今ではもう慣れたつもりだったが、いまにも斬られそうになっていたため、うっかりと戻ってしまった。
「どうしてここに?」
「もうとっくに帰ってきてもいいころなのにまだ姿が見えないから気になってな。探しに行こうとちょうどすぐそこまで来ていたんだ」
なるほど。いつもはかなり早歩きだったから少し遅れているだろうとは思っていたが、彼と話しているうちに想定以上に時間が進んでいたようだ。
やっぱり教えてもらうのは明日にしたほうがよかっただろうか。ノルンは少し反省した。
「ほかの二人は?」
「入れ違いになるかもしれないので家で待っている。……ところで、いったい何が?」
「それは後で話しますから彼を家に運ぶのを手伝ってください」
「……この男は?」
「私の友達です。多分魔力切れで倒れているみたいで…」
クルスはしばし逡巡した。
見知らぬものを入れたくはないし、ノルンと必要以上にかかわらせたくはなかった。
しかし、今自分が何か言ったところで彼女は引き下がらないだろう。
「わかった。死体は後でこっちが処分する。帰ったらすぐに休め」
「ありがとうございます」
男を背負い、来た道を戻り始める。ノルンが手伝うといってきたが、大した荷物ではないと断った。
「ところで……、なぜあの詠唱を?水魔法を使えば確実に殺せたぞ」
彼女はワタルに魔法は使えないと言っていたが、実は二種類使える。とはいえ_
「敵の注意を引き付けられればそれで充分です。あれぐらいなら無手でも対処できますから。それにこんな狭いところで魔法使ったら周りに被害が出るじゃないですか」
ちょうど周りが空き家で囲まれているのですぐにばれるわけではないのだが、だからといって壊してもいいわけではない。
自分が襲われそうになっている状況でこのあたりの気遣いができるのはさすがというべきだろうか。
少しは見習ってほしいものだな。
二人の仲間のうちの片方を思い浮かべながら嘆息するクルスであった。




